土曜日の恋愛相談
土曜日の授業は午前と午後、任意で受講したいものをひとつずつ選べるようになっている。受ける受けないも自由なので、校内でのんびりしているような生徒もたくさんいた。
昼食をすませたわたしはしばらく図書館棟で調べ物をしながら書き物をして、そこから出た。
外の休憩所で知った顔を発見する。
同級生のマテオだ。彼の悪いところは無神経なところで、良いところも無神経なところだ。
彼はわたしが、女子の群れからはぐれようとも、ぜんぜん気にしないし気づいてもいないだろう。
そういう意味で、こいつは決して悪い奴ではない。
しかし、ノンデリだし、女子と見れば誰にでも鼻息荒いのでわざわざ話したい奴でもない。
そのまま行こうとしてると、向こうが気づいて声をかけてきた。
「お、ジュゼじゃないか。ひとりか? ちょうどいい。俺、チップス買いすぎたから、少し食ってけよ!」
「…………いらない」
「まぁまぁ座れって! 友達みんなデートに行っちゃって寂しいんだよ! どうせジュゼは暇だろ?」
いや、わたしもこう見えて呪われてるし、そこまで暇じゃないんだけど。ていうかたとえ暇だったとしても、残り少ない時間をこいつと過ごす意味が……いやでも、待てよ。こいつはわたしが話せる数少ない男子だ。
目の前に座って、興味本位で聞いてみる。
「マテオってさ……惚れっぽいよね」
「ん? なんだよ急に……軽いみたいに言うなよ! 俺は毎回本気なんだからな!」
「いや、いつもどんな時に、どんなとこ見て女の子を好きになってんのかなと思って」
「え? ジュゼ、もしかして遠まわしに、俺にどうやったら好かれるか探りを入れて……」
「好きなわけじゃないから。それだけはないから。ちょっと気になっただけで……」
「いやいや、興味がないならそんなこと言わないだろ! でーも、もうちょい素直に言ってくんないとこっちもさぁ……」
なんて鬱陶しいんだ。
「わたしが好きなのは先輩だから! ほんとうにあんたじゃないの! 信じて!」
「お、おお? なんだよ! なら先にそう言えっての〜! 俺恥ずいじゃんよ!」
なんだろう。わたしは以前はこいつにも気を遣って、なるべく気を悪くさせない対応をしていた。
けれど、もしかしたら気を遣わずに普通に話しても何も気にしない奴かもしれない。以前のわたし、ほんとうに無駄に自意識過剰で、無意味な気遣い屋さんだった。
「んで、なんだっけ? 女の子を好きになる瞬間? まかせろまかせろ。俺は経験豊富だからな」
マテオは鼻息を吐いて少しだけ考えた。
「俺はだいたい女の子に向こうからおはようとかって声かけてもらえると……結構好きになるな」
うわあチョロ……。
びっくりするくらいチョロい。
「にこって笑ってもらったり、落としたペン拾ってもらえたりするのにも弱いな……」
「う、うん……」
こいつに好きと言われないと死ぬ呪いなら、すごい簡単だったろうなぁ……。
「そっか。ありがとう」
席を立とうとした矢先、マテオが「あっ!」と思い出したように声を上げてわたしを引き止める。
「……そういえばお前、レアンドロ・アルドナートと噂になってたな。まさかとは思うが、先輩ってあのお方じゃないよな?」
「あのお方だよ」
「えええっ、特攻かましたって、あれマジだったのか! さすがに命知らずすぎるから、デマかと思ってたぞ!」
「ほんとう」
「そうか、よく生きてたなあ……!」
先輩に告白したという噂の女子にかける言葉じゃない。
「マジで告ったのか。なんて言ったんだ?」
「え?」
「女子のマジ告白……知りたい聞きたい」
「そんなん……本人以外に言えるわけないじゃん」
「いや、後学のため、なんて言ったか俺にも聞かせてくれ!」
マテオがずずいと身を乗り出してくるのでのけぞった。
「や、やだ……!」
なんとかこじつけて卑猥な文言を言わせようとしてくる変態と近い何かを感じる。
「なんでだよ! 俺は自慢じゃねえが女子に告られたことないんだからな! ちょっとくらいいいだろ!」
「いやだ! やだやだ! 絶対嫌だ! 目がやらしい! チョロ男に聞かせる好きはない!」
喧嘩していると、背後から肩を掴まれる。
「ひぇ!」
振り返ると先輩がいた。
なぜか汗だくだった。息も切れている。
「てめ……こんなとこで何してんだよ。あと二日しかねえってのに……」
「先輩!」
会いにいくのを自重していたというのに、相変わらずの不機嫌で殺気立った、一年中手負いの獣みたいな顔を見たら一気に嬉しくなってしまう。好き。好きです。お慕い申し上げます。
先輩がわたしの向かいにいるマテオを見て舌打ちする。マテオはギョッとした顔をした。
「誰だよテメーは」
先輩の不機嫌な顔と低い声に、マテオが怯えた顔をした。試験後のせいなのか先輩はとにかく魔力漏れがすごかった。バチバチ音も大きいし、稲妻みたいな光もいつもより大きい。
「ひぃッ! 失礼しやした!」
マテオは震え上がって脱兎のごとく退場した。
「先輩、わたしに何か用だったんですか?」
「ここんとこいつも来るのに来ねえから……なんかあったのかと思うじゃねえかよ!」
「え、あ、いやあ……先輩、試験のあとで色々手続きとか先生と話したりとか、大変かなって思って……」
「…………ああ、もうあらかた済んだ」
そのわりにはまだ着替えてもいない。
「えっと……おつかれさまです」
結果はまだ出てないので、おめでとうは言えない。わたしが結果を知ることはない。言いたかったな。
「ていうか、試験前だったんですね……」
「そう言ったろが」
「言ってましたけど……」
こんなでかいやつとは思ってなかった。
わたしなら一週間前からお腹痛くなってそうなレベルの試験だけど、この人はわけのわからない後輩の頼みに付き合い、平然と人の勉強まで見ていたのか。
「大きな試験前でめちゃくちゃ忙しい時期だったのに……変なことに巻き込んで……スミマセン」
「俺はべつに……無理なら来年また受ければいいだけだからな」
確かに。普通は五年生が受けるものだ。受験をするための試験もあるので、四年生で受講資格があるほうが異端なのだ。
「そういやお前、俺の試験の時、端のほうにいただろ」
先輩が言うので、一瞬ぽかんとしてしまった。
あんな遠くで、たくさんいたのに、気づいてたのか。すごい。目がいい。かっこいい。
「で、ジュゼム。てめーはこんなとこであんな奴と呑気に何やってんだよ」
「え? えーと……どうしたら好きになってもらえるか、男性の意見をもらい、研究してました」
先輩はぶすったれた顔でまた体の周りにバチバチ魔力を漏らす。そうしてボソッとこぼした。
「…………ほかの男の意見なんて……意味ねえだろ」
「でも、先輩は教えてくれないし……」
「……クソ。なら考えりゃいいんだろ!」
先輩がふてくされた。可愛い。
「……うん。やっぱ会いにいけばよかったです」
「ん?」
わたしの命は尽きる寸前なわけで、だったら遠慮してしょうもない男のクソバイスなんてもらうより、少しでも好きな人と一緒にいたほうが断然有意義だ。
「そうだ。先輩、わたし、明日の夜になったら教員のところに相談に行きます」
わたしの声に先輩がぱっと顔を上げた。
「ちゃんと相談すんのか? てめぇフカシこいたら承知しねえからな」
「はい」
「散々巻き込んだんだから、解けたらキッチリ報告もしろよ」
「はい」
「つうかよ……マジで決めたなら、もう今行けばいいだろ……ああ、そうか……お前もしかしてそのまま退学前提で考えてるのか。なぁ、相談に行くならバルトロマーニのとこにしろよ」
「そうですねぇ……」
バルトロマーニ先生は確かに優しいけど、処分を決めるのは実力主義で拝金主義の副校長だから、誰に言うかは関係ない。
「と、ところで、先輩、休みの日は何をしてますか?」
「あ? 昼過ぎまで寝てる」
「寝る以外だと?」
「勉強」
「はー……」
「あんだよ?」
「や、そのう……わたしは明後日には学院を出ることになると思うので……明日、朝から夕方までわたしと一緒に過ごしてくれませんか?」
「べつにかまわねえぞ」
「……んへぇ?! いいの?」
「俺の試験も一通り終わったしな。お前も明日一日、最後に悪あがきしてえんだろ?」
「はい! 夕方までで諦めてすぐ相談に行きますから! やったー!」
硬く握りしめた拳をブンブン振った。
ほんとうは、がんばるつもりは、あまりない。
明日はただ、人生の終わりに初恋を謳歌するつもり満々だ。