土曜日の公開試験
土曜日の午前。
学院内大聖堂にて、魔術師の公開資格試験の見学。
レアンドロ・アルドナート先輩を見た。
魔術師には第一級から第六級まで位があり、それぞれできることの制限や、能力の目安となっている。
資格試験は普通は五年生が受けるもので、学院で行われるものは下級生の勉強のために公開されている。
先輩は四年生だけれど、特級魔術師の枠の受験だった。
特級魔術師は、一番高難易度とされていて、まあなんでもできないとなれない。
筆記試験もいくつかあるし、危険な魔物の召喚と退治もあるため、公開されるのは一部のみだが、受験者がめったにいないため、見学者は多かった。学外の国のお偉いさんまで来ていた。
そんな中、先輩は軽々とすべての魔術式を展開させていき、さながらそれは試験というより演舞のようであった。
「すごくない?」
「かっこよすぎ」
きゃあきゃあとはしゃいだヒソヒソ声が聞こえてきた。
普段は怖いとか柄が悪くて下品とか言って彼を忌避している子たちも、今日の姿には見惚れていた。
試験のための正装をした彼は黙ってさえいれば、とびきり美しい。
わたしは、卒業までになんとか六級が取れればいいなと思っていたけれど、それすらも難しいという状況だった。
わたしが半べそで脂汗をかいて数日かけてやっと展開させられるようになった式を、彼は小指を動かすくらいの感覚で展開させ、さらに上位の式を次々にやってのける。
あんなの、わたしがものすごく努力したところで足元にも及ばないだろう。
言動がはみ出し者のそれだったから、なんとなく優等生の感じがしなかった。でも、先輩は実際にはかなり優秀な人だったのだ。いや、アレはできるなんてもんじゃないだろう。稀有な天才だ。
端的にいうと、わたしは先輩に引いていた。
思っていたのと次元が違うレベルの能力差だったのだ。
先輩はなんか、ずいぶん遠い人だった。
あまりに美しくこなしていくのを見ていたら感動したし、先輩と話をしたことなんかが全部嘘に思えてきた。
なんとなくその日は、お昼休みに先輩を探して訪ねることはしなかった。
心の一部はずっと、会いたいな、とムズムズしていた。
でも、会いにいこうとすると、ついさっきの先輩が浮かぶ。ついでに先生たちからかけられる期待のことも思い出したりして。そこに死にかけの劣等生が付き纏う姿が俯瞰で目に入るような感覚になってしまう。
……まぁ、やたらと付き纏っていたからって好きになってもらえるもんでもないし。
さすがに連日だと迷惑かもしれないし。
ここのところわりと毎日付き纏っていたし、先輩にも休息日が必要かもしれない。
そんな理由がいくつも浮かんでくる。
呪われてからすっかりメンタルお化けとなっていたはずのわたしに、久々に臆病な遠慮とためらいが生まれている。それくらい先輩がすごかったってことで。
ついでに、明日の休日、先輩にデートを申し込むかも迷い始めていた。
わたしの人生はいよいよ終わりに近づいてきている。ちゃんと使えるのはもう明日の一日だけだし、元々は誘うつもりだった。
もしかして、最終日なら好きって言ってくれるかもだし。あの棒読みのやる気のないスキ、また聞きたい。そんなふうに浮かれていた。
でも、あんな有望な生徒をお休みの日までわたしなんかに付き合わせるのもなあ。わたしのやってることって、先生方から見たらきっと、劣等生が足を引っ張る邪魔でしかない。
一日もらったら、わたしは嬉しいけど、先輩の時間を取って付き合わせてるだけだし。
正直、呪いが解けるようになるとは思ってない。
どうしようかな。もういいかな。
終わりが一日早まったってことで。
わたしは学院裏のベンチでコソコソと昼食をすませた。まるで、隠れるみたいに。