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死にたがりと春雷  作者: 黑野羊
青空に白壁
10/21

4−1

 鮮やかな青色を背景にしてそびえ立つ壁の色は、眩しくて、白々しいほどに白い。




 中学2年になった、4月の半ば。

 教室もそれまでの3階から2階へと変わった、昼休みのことだった。

 昼食が終わってすぐのタイミングで、教室に3年生のガタイのいい男子生徒が数名やってきて、相模(さがみ)和都(かずと)を取り囲み、裏庭へ来るように命じたのだ。最初は面倒くさいと断るが、先輩たちの圧力に負けて、渋々付いていく。

 裏庭は教室棟の裏門側にあるエリアで、連れて行かれた場所が中央階段のすぐ近くと言うこともあり、2年4組の教室のベランダからその様子がよく見える。

 連行先で和都を待っていたのは、3年生の女子生徒だった。

 この状況はどこからどう見ても、いわゆる『愛の告白』のシチュエーションである。


「お。なんだよ、夢乃先輩じゃーん」


 こっそり後をつけてきて、階段近くから覗き見る日野(ひの)翔馬(しょうま)がそう言った。


「……だれだ?」


 一緒に様子を窺っていた春日(かすが)祐介(ゆうすけ)が問う。


「お前は本当にそういうのに頓着ないよなぁ」


 彼女は3年生の中で1番可愛いと噂される女子生徒で、各学年に親衛隊のように付き従う男子生徒がいるらしい。和都を教室まで迎えにきたのも、そういう生徒たちだろう。


「来てくれてありがとうね、相模くん♡」


 にこりと笑う彼女の顔は、テレビで見かけるアイドルや芸能人のように可愛らしく、肩の辺りまで伸びたふわふわで柔らかい栗色の髪が、色白な肌によく似合う。華奢な身体を恥ずかしそうに揺らすせいで、紺地に白チェックのプリーツスカートの裾が、膝の上で揺れていた。


「来たって言うか、連れてこられた、ですけどね……」


 和都は呆れるように、息を吐きながら答える。

 しかし先輩は相変わらず笑ったままだ。


「アタシ、去年からずっと相模くんのこと気になっててぇ。よかったらお付き合いして欲しいなぁって思っててぇ」


 顔を真っ赤にしながら、先輩は「言っちゃったぁ」と恥ずかしそうに両手で可愛らしく口元を覆う。


 ──……ほんと無理。


 各階のベランダからは、物珍しそうに見物する生徒たちが集まっているのが分かる。裏庭と言いつつ公然に近いこんな場所で、こんなことが出来るなんて、よほど自分に自信があるようだ。

 自分を連れ出してきた男子生徒たちに視線を向ければ、目の前にいるふわふわでぽやんとした女子生徒をだらしない目つきで見ており、和都はやはり呆れるしかない。


「相模くん、どうかなぁ?」


 困ったように笑いながらも、こんなに可愛い自分が否定されるはずがないと、確信に満ちた顔がこちらを見ている。


「……先輩は、女王アリみたいですね」

「女王アリ?」


 先輩が小首を傾げると、和都は彼女と目を合わせることなく、口を開いた。


「はい。特にイエシロアリみたいだなって思いました。女王アリは巣から1歩も出ることなく、働きアリ達がせっせと運ぶ餌をもらい、巣穴の奥の1番安全な場所でただただずっと卵を産み続けるんです。自分たちの巣、コミュニティを存続させるために。働きアリはみんな女王アリが大好きなので、自分の命すらも投げ打って、必死に女王のために餌を探し巣穴を広げて働くんですよ。気になる人に告白するためだけに、同級生を使っておれを教室から連れださせるとか、普通の人ならそんなお願いしないし、お願いを聞いてくれる人間なんていません。でも、先輩は女王だから出来るんでしょうね」


 普段そこまで喋ることのない和都がつらつらと語る様子に、物陰から見ていた祐介と翔馬も呆気にとられる。


「……何言ってんの? アイツ」

「知らん」


 和都の言葉に1番困惑していたのは当の先輩だが、うんうん唸りつつもなんとか言われたことを理解したようで。


「ええっと、みんなはアタシが困ってるから協力してくれてるだけでぇ。あ、じゃあ相模くんも、アタシのアリさんになってくれるってこと?」


 かなり好意的な解釈でそう返したが、和都は冷ややかに笑ったままだった。


「知ってますか? 働きアリのうち2パーセントは女王のために働くことなくサボったりするんですよ」

「へ? そ、そうなの?」

「はい。そしておれはその、2パーセント側なので。……それじゃ」


 和都はそう言うとくるりと先輩に背を向けて、中央階段の方へ足を向ける。

 しかし、彼女はそんなことで諦めることはなく。


「え、そんな! ちょっと待ってよぉ!」


 慌てて和都を追いかけ、ジャケットの袖に縋るように掴まる。和都と対して変わらない身長だが、上目遣いになるように少しだけ身を屈めて訴える。


「相模くん、色んな人からの告白断ってるって聞いてて。でもどんな子が好きかって言うのも聞いたことないし。でもでも、ユメ、頑張っておしゃれしてきたんだよ?」

「はぁ……」


 学校の制服で何をどう頑張るのか、というのを聞かなかっただけ褒められたい、と和都は内心思った。


「相模くんはどんな子が好きなの? 今のユメが好みじゃないなら、頑張って相模くん好みの女の子になるから!」


 必死に訴える彼女を面倒臭そうに見ながら、和都は少しだけ考えて、少しだけ口角を上げる。


「『自分より可愛いヒト』かな。……それじゃ」


 翔馬曰く『今までで1番、意地の悪そうな笑顔』でそう言って、中央階段を駆け上っていった。

 残された先輩がどんな顔で和都を見送ったのか、彼は知らない。




 屋上出入り口をぐるり回った裏側。

 ちょうど日陰になる部分に誰もいないことを確認すると、和都はその場によいしょと座り込む。それからジャケットの内ポケットにしまっていた文庫本を取り出し、栞を挟んでいたページを開いて読み始めた。

 が、すぐに屋上ドアの開く音がして、2人分の足音が聞こえてくる。先ほどまで自分が呼び出されていた時の様子を、陰で見物していた奴らだ。


「おーい、和都ー!」

「……うるさいのが来た。なーに、ショーマ」

「あ、いたいた」


 2年生の冬に暴行未遂という嫌な事件はあったものの、それをきっかけに和都の母から「2人が一緒なら遊びに行ってもよい」と出掛ける許可が出るようになった。そのため、3人は学校外でもよく遊ぶようになり、今では下の名前で呼び合うような間柄だ。


「お前ぇ、夢乃先輩でもダメなのぉ?」

「夢乃? あぁ、さっきの女王アリ先輩か」


 翔馬と祐介は近くまでやってくると、和都のすぐ側で腰を下ろす。

 和都は答えながら仰向けに寝転ぶと、隣に座った祐介の胡座をかいた膝に自分の頭を乗せ、読書の続きを始めた。


「しかも、好きなタイプは『自分より可愛いヒト』って……。それ、先輩がお前より可愛くないって暗に言ってるようなもんじゃねぇかよ」

「なんか自分の見た目に自信あるみたいだったから、そう言った方が嫌だろうなって思って言っただけ。おれより可愛いヒトなんて、いくらでもいるでしょ?」

「……いやでもお前、残された先輩の顔、凄かったぞ」

「見てないから知らない」


 和都はどこまでも涼しい顔をしていて、翔馬は呆れるばかりだ。

 女子が『苦手』というより『嫌い』らしく、和都の女子生徒への風当たりはときどき吃驚するほどに強い。ただ、男子には割合普通に接するようになっており、負けず嫌いな性分に起因する妙な衝突を稀に起こす程度になった。

 転校してきた1年前に比べればまだマシといえばマシになったが、相変わらず原因不明の発作で倒れることは多く、翔馬と祐介はトラブルの多い彼をすぐ近くで手助けしている。


「あの先輩は、イエシロアリというより、わりとシュッとしててキレイだったから、オオクロアリとかじゃないか?」


 ずっと考えた顔をしていた祐介が、上からこちらを見下ろしながらそう言うので、和都は視線を本からそちらへ向ける。


「そうかなぁ? ユースケ、あーいう女の人が好みなの?」

「いや、そうではないが」

「ねー、お前ら当たり前に知ってる感じで話すの辞めてもらっていい? さっき祐介に画像見せてもらったけど、マジでビックリしたんだからな!」

「え、なに検索したの? バカじゃん」


 スマホを持っていない翔馬は、屋上に上がってくるまでに祐介のスマホで画像を検索して見たらしい。検索結果は翔馬には衝撃的な画像ばかりだったらしく、憤る様子に和都は笑って答える。

 それから、何かを思い出したように声を上げた。


「あ、調べるといえばさ」


 和都は開いていた文庫本を閉じ、身体を起こす。


「この辺の地図見てたら、少しいったとこに川あるんだね」

「ああ。桜崎(さくらざき)川だな」

「夏場は河川敷のほうまで降りて、遊んだりしてるぞ」

「下流に向かう途中で高速道路が通ってるとこあるんだけど、あそこって道路の下、通れるの?」


 和都の質問に、祐介と翔馬が顔を見合わせた。

 生まれた時からこの地域に住んでいる2人だが、その辺まで行く機会はそうそうなく、何気に未知の場所だった。


「えー? ……あれ、どうだったかな?」

「言われてみると、その辺りまでは行ったことがないな」

「ね、高速道路の橋の下、どんな風になってるか、見てみたいんだけど」


 考え込む2人に、和都がそう言い出した。

 するとすぐに翔馬が楽しそうな顔で反応する。


「お、なんだ? いつもの『ひまつぶし』か?」


 3人で遊びに行けるようになってから、和都は『ひまつぶし』と称し、気になるものを見つけては実際に捜索したり、見に行ったりすることを提案するようになった。塾や習い事に行けないので、本人なりに見つけた遊びのようなものらしい。

 ここ最近は図書室で地元の郷土資料などを読んでいるらしく、地元周辺の史跡や建物を見に行く提案が多くなっていた。


「そう! 行ってみたいけど、おれ自転車持ってないからさ」

「はーん、なるほど。つまり移動の足になれ、と」

「別に嫌ならいいけど……」


 翔馬の意地の悪い言い方に、和都が負けじと口を尖らせる。


「うそうそ、一緒に行こうぜ」

「まぁ、お前は重さに入らんから、問題ない」

「それはそれで、なんかムカつく……」


 祐介の返答に和都はムッとしたが、言われた当人は涼しい顔で口角を上げるだけだった。


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