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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白銀の雪女【AI生成挿絵付】

作者: 松葉


 雪女の伝説。

 どこの国にでも、似たような伝承があるという。


 それは、ホラーであったり、ラブコメであったりテイストは様々なのが、これまた面白い。

 

 登山家の谷村は、そんなガイドたちが話す雪女の話を片耳で聞きながら、雪山を登っていた。


「谷村くん、もうすぐチェックポイントだ。天気が荒れるまで時間もありそうだし、ここらで一旦休憩にしようか」

 同じ登山隊の松森は立ち止まり、谷村に話しかける。


 歩きながら話さなかったのには、訳がある。


 谷村は、手話で『了解』と伝えた。

 そう、谷村は話すことが出来ない。


 幼い頃に声帯に障害があった谷村は、『話す』という行為を行ったことがない。


『天は二物を与えず』

 

 その代わりではないのだろうが、谷村は登山家として卓越した才能を発揮した。


 若干25歳にして、世界最高峰へ登頂を目指すトップチームへの参加が許されているのは、紛れもなく高い才能の証である。

 さらに、谷村の置かれた境遇は登山家には必須のパトロン集めに一役買っていた。


 卓越した才能と話すことが出来ないという濃淡のあるストーリーが、多くの人の心を動かし、谷村を支援した。


 だが、谷村にとってパンダになっているという状況は苦痛でしかなかった。


 話すことが出来ない谷村は、その類まれなる観察眼で人の大体の感情を読み取ることが出来た。


 谷村の意志と関係ないところで、色々なものが進んでいく。

 その歩みが決して同意していないものだとしても、文字という媒体でしかコミュニケーションが出来ない谷村には、拒否することは難しかった。


 難解な文字がミミズの様に書かれている契約書など、読解できるわけがないのだ。


「よーし、休憩」

 山に登るこの時は、あらゆる物事を忘れられる瞬間。

 谷村にとって、これ以上の天国はなかった。


 さらにここは、世界最難関と言われる『モルテムモンティス』。

 決して生きては帰れないと言われている死の山だ。


 モルテムモンティスの標高は、世界トップ10にも入らない。

 だが、今まで登頂を達成したものはいない。


 急変する天候と複雑怪奇な地形。

 同じ山なのに、最高地点と最低地点の高低差が1,000mもあるのだ。


この特殊な環境下であるがゆえに生息している特殊な植物や動物も、難関している理由の一つでもある。


 といっても、実はこれらの理由は科学が発達した現代では、そう問題ではない。


 衛星写真で地形は十分に把握できているし、地図まである。

 天候も今では完璧に把握できるから、荒れる前にビバークすることは容易だ。

 

 では、何故未だに登頂者がいないのか。


 それは、わからない。


 何故か、標高7,200mの山であるが、5,000mを超えた地点から全登山家が行方不明になるのだ。

 現地のガイドは、これを『雪女の仕業』と言い、畏怖している。

 基本的にガイドは、5,000m手前までしか案内を行わない。

 だが、今回は谷村の我がままと金の力で、登頂に付いてくることになっている。


 5,000mの先にいったい何があるのか?

 谷村の頭は、今はこのことで一杯だった。

 

 この先、少し行けば、問題の地点だ。


「よーし、出発だ」

 登山チームリーダーの松森が、号令をかける。


 5,000m地点を通過し、一行はさらに登る。


「へー、ここから下るのか」

 ある程度進んだ先に、まるで帰り道であるかのように山道は下り始めていた。


 その先には、高度5,000mでも生息可能な木々が群生し、森を成していた。


「ここから先は、目印を付けていこう」

 松森は、木の幹に大きく切り傷を入れていく。

 

 その様子を見て、現地のガイドたちは急に立ち止まり、騒ぎ始めた。


「松森さん、彼らもう帰ると行っています」

「おいおい、一体どうしたんだ」


 通訳役のメンバーが、理由を尋ねる。


「木の幹に傷をつけるのを見て、思い出したんだそうです。村に伝わる伝承で、魔の森には決して近づくなと。モルテムモンティスの神に祟られると」

「何を馬鹿な……、そんなもの……」


 松森の耳にも、ガイドの耳にも、そして谷村の耳にも、確かに聞こえた。


 唸り声でも、話し声でもない。

 なんと表現していいか分からない『低周波の音』。


 ガイドたちはブルブルと震え、祈りの言葉を唱え始めた。

「お、おい!」


 ガイドの一人がその『声』に耐えらず、一目散に走り始める。


 ガンッ!


 皆の目の前で、ガイドの首が吹き飛んだ。


 辺り一面に、鮮血が飛び散る。


「わあああああああ……!」

 もう一人のガイドが恐怖の声をあげるが、それは直ぐに断末魔へ変わった。


 グニャリと気味の悪い音を立てて潰れるガイド。


 そのガイドを踏み潰したそれは、漆黒の大きな狼だった。


挿絵(By みてみん)


「に、逃げろおお!!」

 

 チーム全員は、散り散りになって逃げだした。

 ただ、一人谷村を除いて……。


 勇敢な姿とか、そういう話ではない。

 ただ単に、恐怖で動けなかった。


 話すことが出来ない谷村は、声で体を奮い立たせることが出来ない。

 ヒュッ、ヒュッと涙交じりの息を吸い、呼吸困難になることを抑えるだけで精一杯だった。

 

 漆黒の狼は、声のする方へ向かって走り出した。

 

 ……。


 ほんの数秒の内、谷村の背後で響いていた声は、何も聞こえなくなった。


 脳髄から恐怖を感じさせる形容できない低周波音が、頭上で聞こえる。

 


「グル……」

 背後の狼が、今度ははっきりと唸り声をあげた。



 対象は谷村ではなく、谷村にもはっきりと見えている目の前の狼。

 その毛は白く、まさにスノーホワイトと形容するにふさわしい。

 雪と同化している白銀の毛並みはキラキラと美しく、洗練されていた。


 そして、その横に並び立つ人の姿。


 谷村の呼吸が、いよいよ機能しなくなる程に美しいその少女もまた白銀の髪をしていた。


 真紅のマントと彼女の背丈と同じくらいの長さがある長槍。

 

挿絵(By みてみん)


 現代では何かのコスプレとしか考えられない恰好をした彼女は白銀の狼と共に、一目散に黒の狼へと向かっていった。





 その後、谷村が目を覚ましたのは、暖かい洞窟の中だった。


 慌てて飛び起きると、目の前には焚火があり暖かく、その火を囲むようにあの白銀の狼と美少女が座っていた。


(お礼を言わなきゃ……)

 谷村は、まず両手を上げ、降参のポーズを取った。


 その少女はゆっくりと立ち上がると、谷村にスープの入った器を差し出した。

(え……)


 困惑する谷村に、少女は飲んでいいとジェスチャーをした。

『頂きます』

 伝わっているか不明だが、手話を使い伝える。


『おいしい』

 本当にスープは美味しかった。


『お前、話せないのか?』

 谷村は、驚いた。

 その少女は、手話を使ったのだ。

『手話、分かるの?』

『ああ、私も話せない』

『君は、村の人?』

『ちがう。ここに住んでいる』

『え? どういうこと?』


 その少女、フリシアは、7歳の時に山に捨てられたそうだ。

 奇怪な難病にかかり、それが原因で長くは生きられない。

 

 この山に不定期に出現する漆黒の魔狼、その血は万病に効果があり、それを飲むことで生きながらえているという。


『明日になれば、麓まで送る。魔狼の吐息は、人間の命を縮める。今はゆっくり休んだ方がいい』


 スープでホッとしたのか、谷村は猛烈な眠気に襲われていた。


『また、会えるかな?』

 谷村は重たい瞼を必死に開けながら、彼女の手話を見た。


『生きていたら、そのうち』






 次の日、谷村の身体は麓の村にあった。


 突如として登山チームからの連絡が途絶えたことで、多くの報道陣が集まっていた。

 生存者である谷村には、記者が殺到していた。


(何か特ダネに食いつければ良い)

 人の生死の事は微塵も感じ取れない記者たちの事よりも、谷村の後はフリシアの事で一杯だった。


 死の山に住む少女の話など、誰も信じないだろう。

 そう、まるであれは……。


『雪女に会いました』


(いつか、また会いに行こう)

 

 生きていたら、そのうち。

 その言葉を胸に秘めて……。


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