天使の春と癒やしの聖女
今作は勢いで書きましたことをご了承ください。
正直、最初の場面入れるか入れないか迷いました………。
「シェルナ、シェルナ……。」
こんこんと雪が降り積もる冬の日。
シェルク公爵家の館の一室。暖炉のおかげで暖かく、質素だが、確かな気品をもったアンティーク調の家具でまとめられた部屋。
その部屋で、一人の男性が、病気なのだろうか、寝台に寝そべっている女性の名を呼ぶ。
「………ディー…。もう…お仕事は大丈夫なの…?」
「ああ。ああ。大丈夫だ。ここに居る。」
男性は泣きながら女性の手を握る。
「…ディー…。わかっているでしょう?
……私は、もう長くないわ。この身を蝕む呪いのせいでね。」
諦めたかのように体を弛緩させる女性。
だから―――と言おうとして、男性に止められる。
「…だめだ。お願いだ。いなくならないでくれ、シェルナ…!」
ディーと呼ばれた男性は、シェルク公爵家当主、ディユーク・シェルク。
シェルナ、と呼ばれている女性は、シェルク公爵夫人であるシェルナ・シェルクだった。
シェルク公爵夫人であるシェルナは、誰かから呪いをかけられていた。
『紫陽花の呪い』―――紫陽花の花言葉、『無情』にちなんで名をつけられたこの呪いは常時体を蝕んでゆき、やがて死に至る。
この呪いは現状、何も救う手立てがなく、かけられたら最後。どのようなことをしたとしても、無情にも死に至ってしまう。
「…………ああ…もう、そんなことを言わないで頂戴…? 未練ができてしまうでしょう…?」
「ああ、あああああ…!」
握っていた手の力が抜けていくのを感じ、ディユークは掠れている声で嗚咽を漏らす。
「シェルク……シェルク……!」
「…ディー。」
「ぁ………あ……。」
「…?」
公爵夫妻がお互いの名前を呼び合っている時、そこに乱入者が現れた。
乱入者はボロボロの服を身にまとった5〜7歳くらいの少女だった。
乱雑に伸ばされ、ぼさぼさな髪は、汚れていて灰色になっているし、その手足は細く、体も痩せてガリガリ。典型的な浮浪児の格好だった。
「なぜここに…浮浪児が?」
公爵家の屋敷、それも厳重に守られているシェルクの部屋に入るなど、並大抵のものではない。
己の命を狙いに来た者かと、ディユークは警戒し、身構える。
「あ、あー……。だ、じょうぶ?」
そんなディユークに興味がないのか、少女はじいっとシェルクを見ていた。
「……あな、たは? …なぜ、ここ…に?」
わけがわからない、というふうに、シェルクは少女に聞き返す。
「わか、ない。きづいたら、ここ、いた。でも、たぶん……あなたが、いた、から…?」
こてん、と少女は首を傾げる。
「おね、さんは……生き、たい?」
唐突に、そう問いかけるシェルク。
その問いかけに、顔を険しくしたディユークが帯剣している剣に手をのばすが、それをシェルクが手で制する。
「……生きたいか、どうかで言ったら、生き、たいわ。
……無理、だと。わか、ってはいる…けれどね……。」
「そぅ……な…だ。いい、ね。」
長く伸ばされた髪によって顔は上手く見えないが、笑っているのが雰囲気でわかる。
そして、少女は胸の前で手を組み、目をつむると、口を開く。
「……『天に…召します…我らの父よ……。燃ゆる、憎悪を…掬い上げま、する…よう、□□□□が、願い、申し上げます…。』」
まるで聖職者のように少女が告げた瞬間、まばゆい光が弾けた。
「「!?」」
公爵夫婦は驚き、目を見開く。
「……おわ、り。からだ…どう…?」
組んでいた手をほどき、目を開いた少女がシェルナに問いかける。
そして、夫人はなにかに気づいたかのように、はくはくと、何かを言おうとして口を開閉する。
「…だいじょ、ぶ…みたい、だね……。じゃ…ば、いばい……。」
「っま―――」
まって、と言おうとした夫人の前から、少女は瞬き一つで消えた。
―――その数年後、とある少女がシェルク公爵家の幼女となった。その理由を夫人に聞くと、恩人だから、と答えるそうだ。
***
―――天に召します、我らの父よ
…。なんだ?
―――『ニンゲン』とは、こうも面白いものなのですね。
ほう? 気難しいそなたがそんな事を言うとはな。
―――少し、ニンゲンに力を貸し与えたのですよ。
……それで、どうなった?
―――与えたニンゲンは、自分のために使うのではなく、この力を一番必要としている人のところに送ってくれ、と言っていた。
…そうか。それで、そなたはどうしたのだ?
―――まぁ、送ってはおいた。それからは知らん。
おいおい…。そんな無責任な…。どれ、私の方で見てみよう。
***
「アルヴィス!」
上司の声が聞こえる。
「はーい!」
昼食を食べていた手を止め、慌てて返事をして、教会の方へ向かう。
私は、アルヴィス・シェルク。
今では教会で働く『癒やし』の聖女だが、昔は孤児だった。まぁ、生まれがわかっていたのが不幸中の幸いだが。
路地裏で突然、天使様に声をかけられたのだ。
わけが分からなかったが、天使様は私に力を授けてくれると言った。
そして力を与えられた私は天使様の計らいでシェルク公爵家に引き取られた。
「ちょっと! もう、どんだけ待たせるのよ。婚約者といえども、相手は王族なんだからね?」
気をつけなさいよ、と言ってくれる上司…というか気のいい友人のような感じで接してくれるエーシルにごめん、と軽く謝り、私は婚約者が待っているという正門の方に移動した。
「アルヴィス。久しぶり。」
輝くような金の髪に、どこまでも青く澄んだ碧眼。その口元には柔らかな微笑。
この国の第三王子、アーサー・モルト。
そんな高貴な方が、元孤児で、侯爵のご落胤であり、今は聖女をやっている私の婚約者だ。
「お久しぶりです。アーサー様。」
アーサー様は、領地への視察へ行っており、しばらくあっていなかった。
そのためか、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
「より一層美しくなったね、ヴィー。」
愛称で呼ばれて心臓がどくり、と大きくはねた。
「…アル…。不意打ちでその呼び方やめてください…。」
「あははは。」
誰かが仲睦まじい二人を祝福するように、花びらが舞った。
***
―――どうでしたか、我らが父よ。
ふむ、元気にやっているようだな
―――そうですね。
ところで、お主、アーサーとかいう器を持っていなかったか?
―――な、なんのことでしょう、我らが父よ。
人間の世界に降りるときには、そのアーサーという器を使っていると話していたじゃないか。しかも、最近こちらでそなたの姿を見かけないしな。
―――……。なにか悪いですか?
開き直ったか。
そなた、最初からこうするつもりであのアルヴィスという少女に近づいたな?
―――別に、私達天使は恋愛は禁止されてないですし。
ほっほっほ。
あの堅物がなぁ…。そうか。春がきたか。
―――っっ〜〜〜////////