第89話 噂の冒険者
リマの表情が真剣になった。
「騎士の責務と交換条件の内容は三つあるんだ。一つ目は隊長会議が決まった。今回はレイも参加必須だ」
クロトエ騎士団は一番隊から十二番隊まであり、さらに王室を守る近衛隊がある。
各番隊は広大なイーセ王国の各地方を守護しているため、全隊長が一箇所に集まることは滅多にない。
前回集まったのは前国王陛下の国葬の時だった。
その時は俺も王都にいたので知っている。
「もしかして、新団長決定? リマ? それともジル・ダズ?」
「アタシは一応団長代理だが、アタシの団長は絶対にない。それに、今回は女王陛下が決定権を持つことになった」
「女王陛下が? 隊長による投票じゃないの?」
「ああ、理由があるんだ。それが二つ目に関連する。王の一撃が行方不明になった」
「え! ちょ、ちょっと! 王の一撃って国宝よ!」
「そうだ。謁見室からなくなっていた」
「ど、どうやって? 王城の警備は厳重よ?」
「それが分かったら苦労しませんよ。前団長様」
「ふうう、そうね。で、三つ目は?」
「三つ目はね、女王陛下が本当にお茶会もするってさ。フハハハ」
「もう、ヴィクトリアったら」
ヴィクトリア女王陛下とレイは、昔からのお茶仲間だった。
騎士団で女王陛下を呼び捨てにできるのはレイだけだ。
しかし、話に出てきた王の一撃とは何のことだろう?
国宝とのことだが……。
「ねえ、レイ。王の一撃って何かな?」
「アルも知ってるわよ。前国王、ジョンアー・イーセ陛下が使っていた長剣よ」
「あ! あの、隕鉄石の剣か!」
「よく隕鉄石って分かるわね。さすが凄腕の鉱夫だっただけあるわ」
「ああ、あの剣は凄かった。俺の片刃の大剣と互角以上だったからね」
リマが哀しげな表情で俺の顔を見た。
「そうだったな。アル君は国王陛下と戦って知ってるか……」
これまで戦った剣士の中で、最も強かったジョンアー陛下。
そして王の一撃も凄まじい性能を誇る剣だった。
「アタシは王室を守る近衛隊の隊長だから、これはアタシの責任問題になる。恐らく、アタシの団長代理は剥奪となるだろう。近衛隊隊長は……分からない。でも、女王陛下の決定に従うまでだ」
「……そうね。責任の所在を追求すると、あなたになってしまうわね。でも、わざとじゃないわよね?」
「当たり前だろ! いくら団長代理を辞めたいからといって、そんなことはしない」
「そうね。ごめんなさい」
「ヴァリクスが紛失して二日後にアタシは出発した。ここへ来るのに一ヶ月かかってる。道中では暗部から情報をもらっていたが、特に進展はない様子だ」
レイは指先を口につけながら、何かを考えている様子だ。
「王都へ戻るのも一ヶ月。帰国したら約二ヶ月分の進展ということね」
「そうだ。だから一刻も早く帰りたい。明日にはアンタを連れて帰国するよ」
「仕方ないわね。それにしても、団長代理のあなたがわざわざ来たのはどうして? 暇なの?」
「なわけないだろ!」
「ふふふ、分かってるわよ」
「ちっ。帝国で騎士の活動はできないからな。国際問題になる。だから、Aランクの冒険者カードを持ってるアタシが冒険者として来たんだよ。それにアタシとアンタなら、道中何があっても大抵のことは切り抜けられるからな。フォルド帝国で冒険者の経験があるから地理にも詳しい」
「まあそうね」
「おっと、そうだ」
最後にリマは俺の顔を見た。
「アル君、この内容は国家機密だから内密にな」
「わ、分かった」
騎士の責務と交換条件の用件は以上のようだ。
ひとまずリマを客室へ案内。
その日の夕食は、リマを交えて自宅で取ることにした。
メイドの二人が腕を振るう。
メニューはウグマの郷土料理フルコースだ。
「アタシはウグマ料理にはうるさいが、ここの料理は美味いぞ」
「メイド二人の料理は完璧だもの」
リマは喜んで食べていた。
「そうそうレイ。そういえばさ、ここへ来る途中に信じられない噂を聞いたんだ」
「どんな噂?」
「出現するたびに帝国を地獄に突き落とした、あのダーク・ゼム・イクリプスが討伐されたんだって。しかも、鬼のような冒険者が一人で討伐したって聞いたよ。本当かい?」
「鬼ねえ。ふふふ」
「な、笑っちゃうだろ。鬼なんかいるわけないんだよ。だから眉唾ものだと思ってる」
「鬼はね、リマの前にいるわよ?」
「はっ? 何言って……。ん?」
リマの正面にいる俺。
目が合った瞬間、リマは何かに気付いたような表情を浮かべた。
「え? ま、まさか?」
「そのまさかよ」
「はあ? アル君が討伐したってのか? だってアル君って冒険者になってからまだ日が浅いだろ!」
「そうなのよね。鬼じゃないけど怪物よ」
二人が俺を見て鬼だ怪物だと言っている。
「おいおい、人を化け物扱いしないでくれよ。確かにダーク・ゼム・イクリプスは討伐したけどさ」
「アル君一人で?」
「厳密にはエルウッドとね」
俺はエルウッドと共闘してダーク・ゼム・イクリプスを討伐した。
すると、レイが首を左右に振っている。
「確かに共闘してたけど、エルウッドは途中で怪我をしてしまったのよ。だから、結果的にアル一人の力で討伐したわ」
「し、信じられん。レイは戦わなかったのか?」
「私は何もしてないわよ。私がダーク・ゼム・イクリプスに敵うわけないもの」
「そ、そうか。まあ、アル君は昨年の時点でアタシと互角以上だったしな」
「実際に戦いを見ていた私も信じられなかったわ。アルは私をもう遥かに超えてるのよ」
「ウソだろ?」
「ウソじゃないわ。だって、ダーク・ゼム・イクリプスを討伐した二週間後に、一人でウォール・エレ・シャットを討伐したもの」
「ウォール・エレ・シャット? ウォール・エレ・シャットって確か……岩食竜のネームド?」
「そうよ」
「はああ! 何言ってるんだよ! 人間がたった一人でネームドを討伐できるわけないだろ! それにネームドを二週間で二頭討伐なんてギルドの歴史にもないぞ!」
「だから、帝国史やギルドの歴史資料に載るらしいわよ」
「ほ、本当なのか?」
「ええ、本当よ。アル、仕方ないからリマに討伐スコアを見せたら?」
「ああ、いいよ」
俺は冒険者カードをリマに渡した。
◇◇◇
<討伐スコア>
冒険者ランク A
ネームド
ダーク・ゼム・イクリプス(槍豹獣)
ウォール・エレ・シャット(岩食竜)
Bランク
霧大蝮
大牙猛象
Cランク
腐食獣竜 十頭
◇◇◇
「ほ、本当だ……。ってか、何だよこれ! 討伐したモンスター五種類の内、二種類がネームドって。え? アル君ってAランクなの?」
リマは混乱しているようだ。
「ねえリマ。私達もネームドを討伐したじゃない。でもあれは専用パーティーを組んだでしょ? アルはたった一人で二頭のネームドを討伐したのよ」
「し、信じられない。あの時だって犠牲が……」
リマが麦酒を一気に飲み干した。
「レイ……」
「何、どうしたの?」
「やりたい」
「え?」
「アタシも冒険者やりたい! メッチャ楽しそう!」
「わがまま言わないの!」
「アタシはいつでもレイの後をついて行くだけでいいんだ! レイとまた一緒にいたい!」
「ダメよ。しっかりしなさい」
「レイがいない騎士団なんて、金を賭けないカードみたいなものだ! つまらん! 辞表出す! レイと冒険したい!」
「ダメよ。明日一緒に帰るから。落ち着きなさい」
「アル君が羨ましい!」
子供のように駄々をこね始めたリマ。
その後も葡萄酒を三本も空け、リマのわがままは続いた。




