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第87話 鉱山主任シーラ・ワイヤ

 先日のアルとの鉱山採掘で、岩食竜(ディプロクス)が出現。

 ここ数ヶ月、鉱山で希少鉱石が採れなかった理由が判明した。


 アルに撃退を依頼したけど、一晩かけて討伐してしまった。

 しかもそのディプロクスは、まさかの固有名保有特異種(ネームドモンスター)、ウォール・エレ・シャットと判明。


 あまりにも非現実的な出来事で、正直未だに信じられない気持ちでいっぱいだ。

 本当に凄い戦いだった。

 と、思い出に浸っていても仕方がない。


 現実を見ないと!

 仕事が襲ってくる!


「シーラ主任、ちゃんとやってくださいよ!」

「わ、分かってるよ!」

「主任がアル・パートさんについて行ったせいで、仕事が溜まってるんですから!」

「わ、分かってるよ!」


 僕は冒険者ギルドの開発機関(シグ・ナイン)が保有しているウグマ鉱山の責任者だ。

 責任者として、滞ってしまった業務を処理しないといけない。


 超高速で書類を片付けていく。

 書類を確認して、片っ端から承認していく。

 もちろん、不備がある書類は突き返す。

 書類仕事は得意だ。


 それにしても、あの時の怒ったレイ・ステラーは怖かったな……。

 ウォール・エレ・シャットと知らなかったとはいえ、僕は確かにアルを危険な目に合わせた。

 そのことでメチャクチャ怒られた。


 僕よりも年下なのに、レイの迫力たるや。

 あんなに美人なのに。

 いや、美しいからこそ、怒った顔がより恐ろしかった。

 綺麗すぎるんだよ、あの子は。


 そもそも、ウォール・エレ・シャットを討伐してしまうアルが悪いんだ。

 普通は少し戦って無理だと感じたら退却する。


 一晩中戦うアルが悪い!

 僕が悪いんじゃない!


 と、自分に言い訳をしたものの、やっぱり僕が悪い。

 レイが正しい。

 僕が止めなければいけなかった。

 アルもきっとレイに怒られたんだろうな……。

 アル、ごめんなさい。


 もちろん僕は親父にも怒られた。

 怒られたことは全面的に僕が悪い。


 しかし、夢を否定されたことを思い出すと、悔しさが込み上げてくる。


 ◇◇◇


 ウォール・エレ・シャットの討伐が完了し、鉱山から下りてきた。

 アルは大丈夫と言っているが、頭を打っているから心配だ。

 親父が手配した馬車で、アルとレイはウグマへ戻った。


 僕はここの責任者だから鉱山に残る。

 親父も一緒だ。


「シーラ! 何度も言うが、勝手に話を進めるな! 相談しろ!」

「だって、岩食竜(ディプロクス)がいたら鉱山が危険じゃん。それにネームドだなんて思わないじゃん」

「危険だと思ったら立ち止まれ! アルだから良かったものの、ネームドなんて相手にしたら普通は死ぬんだぞ」

「分かってるよ、親父。今回は本当に悪かったと思ってる」

「まったく。お前はすぐ暴走するからな」

「親父に言われたくないよ!」

「なんだと!」


 ヤバい!

 火に油を注いでしまった。

 話題を変えないと。


「でもさ、親父。やっぱりクリスおじさんが作った片刃の大剣(ファラゴン)は凄かったよ」

「ああ? 黒紅石の剣な。クリスは本当に腕を上げたよ。今ではイーセ王国でも有数の鍛冶師だからな」

「黒紅石なんて初めて見たよ」

「そりゃそうだ。レア八だぞ。それにしても、黒紅石をあそこまで凄まじい性能の剣に仕上げるのは至難の業だ」

「さすが、クリスおじさんだね」

「黒紅石はアルが採ったけどな」

「そういえばそんなこと言ってたかも。アルって鉱夫としても一流だよね」

「そうだな。標高五千メデルト以上でも採掘できる身体を持っているし、鉱石を見つける感覚も持っている。本当に化け物だ」


 僕はアルの戦いと、その剣である片刃の大剣(ファラゴン)を見てから、自分の気持ちが押えられなくなっていた。


 僕の夢。

 鍛冶師になる夢を諦められない。


「やっぱり……。やっぱり僕はクリスおじさんの元で勉強したい!」

「ダメだ! お前に鍛冶師の才能はない!」

「やってみなければ分らないじゃないか!」

「鍛冶師は大変なんだ。重労働だし、怪我や火傷なんて日常茶飯事だ。女には向いてない」

「でも、ローザ・モーグ局長だって女で鍛冶師じゃないか!」

「あのな、局長は本当に天才なんだぞ? 皇帝から称号を授かるほどだ」

「僕だってやってみなきゃ分らないじゃないか! やらせてよ! お願いだよ!」

「ダメだ!」

「親父のバカ!」


 僕は部屋を飛び出た。

 親父があんなに頭が固いとは思わなかった。


 こうなったら裏工作してやる!


 僕は帝都にいるローザ・モーグ局長へ手紙を出すことにした。

 きっと局長なら味方になってくれるはずだ。


 ◇◇◇


「シーラめ、上手く逃げやがったな。説教はまだ終わってないというのに」


 しかし、シーラが鍛冶師になりたがっている気持ちは本物だ。


 夢を持つことは悪くない。

 むしろ最愛の娘の夢だ。

 応援したい。


 だが、女の鍛冶師は大変なんだ。

 力仕事で持久力も忍耐力も必要だし、怪我や火傷は当たり前。

 そして徒弟制度の鍛冶師世界。

 何をされるか分かりゃしない。


 あいつは自分が得意の分野で、幸せに生きて欲しい。


 ――


 数日後、局長がウグマにいらっしゃった。

 今後の打ち合わせと新装備の件だ。

 支部長室で綿密な計画を立てる。

 新装備の図面を出し、素材を確認。


 特に鎧は新技術を導入するので、特許申請についても検証した。

 恐らく特許は取れるだろう。

 これでまた開発機関(シグ・ナイン)は増収する。

 アル様様だ。


 打ち合わせが終わると、局長がソファーの背もたれに大きく背中を預けた。

 そして腕を組む。


「ウォルター、聞いたぞ」

「何をですか?」

「シーラが鍛冶師になりたがってる話だ」

「局長の耳にも入りましたか」

「いや、シーラが手紙をよこした」

「あいつめ。そういうところは遠慮しないし、抜け目ないんだよな」

「ククク。だからあの若さで鉱山主任に任命したんだ。あの根回しの早さは素晴らしい」

「仰る通りですな。あいつは交渉事に強い。ですが鍛冶師は無理です」

「そうだな。確かに鍛冶師は大変だ。それに弟子入りする工房を間違えると地獄を見る。女は特にな……」

「俺もそういう女を見てきましたよ。しかも、あいつの大雑把な性格は鍛冶師に向いてない」

「だが、希望してるのは弟のクリス・ワイヤ氏の工房だろ? 氏はイーセ王国でも有数の鍛冶師だ。それにシーラは姪だぞ?」

「クリスの工房なら安心ですが……。クリスも姪っ子が弟子なんて扱いづらいはず。シーラをお客様扱いすると思います」

「まあ私は家庭の事情まで首は突っ込まないがな。もし鉱山主任の座が空いたら、すぐに対応する。その点は安心するがいい」

「ありがとうございます」


 打ち合わせも終わり業務終了。

 俺は行きつけのバーへ行き、琥珀色のキツい火酒を飲む。

 すると、馴染みのバーテンダーが俺の正面に立った。


「ウォルター、どうした?」

「ああ、娘のことでちょっとな」

「シーラちゃんのことか。あの年で鉱山主任なんて本当に凄いじゃねーか」

「そうなんだが、他にやりたいことがあるんだ」

「夢があるっていいことだろ?」

「しかしだな、厳しい道なんだよ。あいつにはその道の才能もないしな」

「そりゃ酷いぞ。お前が勝手に決めるな。可能性を潰すなって。それに、もう子供じゃねーんだから好きにさせてみたらどうだ?」


 バーテンの言ってることも……分かる。

 俺はグラスの火酒を空けた。


「あの娘はどこへ行っても上手くやるぞ! このバーで何千人も何万人も対応してきた俺が言うんだから間違いない」

「……そうだな」

「お前は意外と子離れできてねーな。わははは」

「うるせーな。愛娘だぞ?」

「気持ちは分かる。俺も昨年娘を嫁に出したからな。寂しいもんだ。わははは」

「そうか、寂しいか……」

「まあ飲め! 一杯奢る!」


 バーテンダーがショットグラスに酒を注ぐ。

 透明な液体は、強烈なアルコールの香りを放っている。

 俺はそれを一気に煽る。


「くううう、キツい酒だな!」

「そうだろ! 北部の酒だからな。火が付くほどだぞ。わははは」

「俺の心に火を付けるってか! ガハハハハ」

「お! それだよそれ! ウォルターらしさが戻ってきたじゃねーか! わははは」

「うるせーな。もう一杯よこせ! ガハハハハ」


 翌日見事な二日酔い。

 だが、俺は決断できた。


 ◇◇◇


 今日はシグ・ナインの定例ミーティング。

 あれから親父に会ってない。

 少し気まずい。


 支部長室へ入ると、驚くことにローザ・モーグ局長がいらっしゃる。

 親父はまだ来てないようだ。


「ローザ局長! お久しぶりです!」

「おお、シーラか。お前、また可愛くなったな」

「さすが、局長! 僕も最近そう思うんですよ!」

「ククク、やっぱりお前は面白いな」

「あははは、ありがとうございます! それにしても、局長がウグマに来るなんて珍しいですね」

「うむ、アルの新装備の件で来てるんだ」

「え! 局長まで開発に参加するんですか? す、凄い……」


 帝国で最も優れた鍛冶師に送られる称号を持つ局長まで巻き込むとは。

 アルは本当に信じられない。


「そうだ、シーラ。お前の手紙を読んだぞ」

「あ! ありがとうございます!」

「私もウォルターには伝えたよ」

「どうでしたか?」

「うーむ、五分五分といったところか。まあ鉱山のことは任せろ。あとはお前の気持ちをぶつけるといい」

「わ、分かりました!」

「私が局長じゃなかったら、お前を弟子に取ってもいいんだがな。ククク」

「うわー、局長にそう言ってもらえるだけで幸せです!」


 そこで親父が支部長室に入ってきた。


 ――


 ミーティングが終わると、局長はすぐに退室。 

 気を利かせてくれたのだろう。

 僕は意を決して親父に思いを伝える。


「お、親父。鍛冶師のことだけど……、やっぱり僕は鍛冶師になりたい!」


 親父は黙っている。

 とにかく気持ちをぶつけるだけだ。


「お願いだ! 僕の夢なんだ! やらせて欲しい!」


 少しの沈黙。

 親父は目をつぶって何かを考えているようだ。

 そして、親父は一回うなずいた。


「そこまで言うのなら仕方がないか……。お前も子供じゃないしな」

「い、いいの!?」

「ああ。うちの一族はみんな物作りが好きだ。血は争えないな。お前の好きにしろ」

「親父! ありがとう!」


 僕は親父に抱きついた。

 親父に抱きつくなんて子供の時以来だ。


 親父の胸板は子供の頃と変わっていない。

 厚くガッチリしていた。

 親父はいつまでも親父だった。


「ありがとう! やったよ!」

「お前な、大変なのはこれからだぞ?」

「分かってるよ! でも絶対頑張る! 夢を叶えるよ!」

「ああ、お前ならできると信じてるぞ」


 親父の言葉が心に響く。

 信頼ほど嬉しいことはない。


「ただし、条件がある。ラバウトまでは必ず護衛を依頼しろ。そして月に一回は近況報告をよこせ」

「分かったよ!」

「クリスには手紙を送っておこう。まあ、あいつなら嫌とは言うまい」


 帝国内の一人旅は危険極まりない。

 それが僕のような、か弱い女性ならなおさらだ。

 護衛はアルに依頼しよう。

 アルなら絶対に安全だ。


「護衛はアルに頼もうかな」

「アルはダメだぞ。ギルドから三ヶ月間のクエスト禁止を言い渡されている」

「そうなの!」

「ネームドを討伐しすぎてクエスト禁止になった奴なんて初めてだぞ。ガハハハハ」


 アルが手の届かない人になっていた。

 確かに凄い子なんだけど……。


「そうか。アルはダメか」

「しかも、あいつは今人気がありすぎて、指名の依頼は高額になっているんだ」

「そ、そんなに人気なの?」

「当たり前だろ。たった一人でダーク・ゼム・イクリプスとウォール・エレ・シャットを討伐してるんだぞ」

「ちぇっ、アルに護衛してもらえれば安心だったのにな……」


 アルとの旅は楽しそうだったのに、ちょっと残念だ。


「お前、まさかのアルのことを好きになってないだろうな?」

「なななな、何をバカなこと言ってるんだよ!」

「アルはやめとけ。あいつは正真正銘の化け物だ。あれをコントロールできるのはレイだけだぞ」

「レイ・ステラー……。あの子、本当に美人だったね」

「そうだな。絶世の美女という言葉はレイのためにあるようなもんだ。しかしだな、レイは見た目だけじゃないんだよ。世界でも数少ないAランクの冒険者だし、何よりクロトエ騎士団の元団長だ。強さも知能も政治力も、そして人間性も全てを持ち合わせてる女だぞ。ある意味、アルより化け物だ」

「怒られた時、メチャクチャ怖かったよ……」

「そりゃそうだろ。クロトエ騎士団の団長といえば、イーセ王国の実務ナンバー3だ。国家の、それも大国のトップだぞ? あの若さで色んな人間を従えてきたんだ。そりゃ迫力もあるだろう」

「そうなんだ……。あんなに若いのにレイ・ステラーは凄いな」


 僕よりも年下で国家の重要職に就いていたレイ・ステラー。

 少し話しただけだったけど、全てにおいて非の打ち所がないと思った。


「って! 親父! 僕は別にアルを好きになってないよ!」

「本当か?」

「う、そ、そりゃ正直かっこいいと思ったよ。あの子真面目でいい子だし。たまに失礼だけど」

「ガハハハハ。男女問わず、みんなアルのことが好きになるからな。レイも惚れるほどだぞ。まさに人たらしだ」

「やっぱりレイ・ステラーはアルのこと好きなのかな?」

「見てりゃ分かるだろ。鍛冶師になりたいなら、そういう人の機微な感情も気付かんと無理だぞ」

「むぐぐ」


 アルに依頼できないのは残念だけど、親父との約束通り冒険者ギルドに護衛依頼を出した。


 そして数日後、僕はシグ・ナインを退職した。

 通常は一ヶ月前に退職の連絡をして、引き継ぎを行わなければいけないのだが、ローザ・モーグ局長が認めてくれた。

 さらに局長のはからいで、シグ・ナインの管理職だった僕を要人用の護衛クエストに指定してくれた。

 それによりAランク一人、Bランク二人の合計三人の冒険者が僕を護衛する。

 これで護衛は万全だ。


 ギルドに支払う依頼料は金貨三十枚。

 僕の貯金をかなり使った。


 ウグマからイーセ王国のラバウトまで、一ヶ月以上は余裕でかかる。

 移動中の経費で残りの貯金も使い果たすだろう。

 そんな僕を気遣ったのか、親父が餞別として金貨十枚という大金をくれた。

 本当にありがたい。


 諸々の準備をして出発日を迎えた。


「クリスに迷惑かけるなよ!」

「分かってる! 大丈夫だよ!」

「その軽さが心配なんだよ……」


 なんだかんだいって、快く送り出してくれる親父に感謝。


「じゃあ行ってくるね!」

「ああ、身体には気を付けろよ。ちゃんと手紙をよこせ」

「分かってる! 親父、ありがとう!」


 冒険者が声をかけてきた。


「それではシーラさん。出発しますよ」

「はい、ラバウトまで護衛をお願いします!」


 ラバウトはアルの故郷というし、アルが採掘していたフラル山もある。

 アルがどうやって育ってきたのか見るのも楽しみだ。


 そして、いつかアルに僕の剣を見てもらえるように頑張ろう。


 僕は長年住んだウグマをついに出た。

 夢の鍛冶師に向けて第一歩だ。

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