第8話 鎧の集団
セレナと別れて、俺はまず商人ギルドのラバウト支部へ向かった。
ラバウトの市場は商人ギルドが運営している。
そのため出店料が必要だ。
出店料は一日の売上の十パーセント。
安くはないが、ギルドが仕切ってるこの市場はトラブルがなく、集客力も高いので売り上げが期待できる。
窓口で手続きをしていると、ギルドの顔馴染みが俺の肩に手を置いた。
「よっ、アル! こんなに早くどうした? 今日はもう営業終了か?」
「そうなんだよ。今日はすぐ売り切れたからさ」
「それは凄いな!」
売り上げが記載された書類を手渡した。
「うん、売り上げも出てるじゃないか。この金額だと今日の売上十位に入るぞ」
「嬉しいけどさ。売れると出店料が上がるじゃん」
「それは仕方がないことだ。ハハハ」
今日は金貨十枚の売上だったので、出店料として金貨一枚を支払う。
「毎度ありー。次回は来週かな?」
「採掘次第だけどね。またよろしく」
ギルドを出ようとしたところで、俺はトニーの詐欺被害を思い出した。
「あ、そうそう、今日トニーが詐欺にあったんだよ」
「それって、もしかして鉱石のやつか?」
「よく知ってるね」
「別の支部の話だけど、ギルドの市場でも被害が出たんだ。だから調査中だ」
トニーは欲に目がくらみ、裏通りの露天販売で詐欺にあった。
商人ギルドが仕切るこの市場での購入なら、補償の対象になるはずだ。
そうなると、犯人は恐ろしいまでの調査と追跡にさらされる。
商人ギルドの追跡調査は、冒険者ギルドの調査機関と同じくらい優秀と聞く。
いずれにせよ、鉱石関連は俺も他人事ではない。
巻き込まれないように気をつけようと思った。
商人ギルドの建物を出ると、太陽は頭上から少し過ぎたくらいだ。
午後になったばかりで時間的にはまだ早いが、今夜の宿屋へ向かう。
商人ギルドがあるこの区域は、ラバウトで最も栄えており高級宿が多い。
俺は緊張しながらも、ひときわ豪華な高級宿へ入った。
この宿は初めて泊まる。
宿泊料金は一泊銀貨五枚の部屋。
安宿だと半銀貨二、三枚もあれば一泊できるので、十倍以上の宿泊料だ。
今日は売り上げがいつも以上に良かったから、自分へのご褒美と大奮発。
たまの贅沢は俺の楽しみでもあるし、採掘のモチベーション維持に必要と自分に言い訳していた。
なお、銀貨五枚ともなると、低賃金労働者が一ヶ月で稼ぐ金額と同じレベルだ。
どれほど贅沢かよく分かる。
受付でエルウッドと一緒に泊まりたいことを伝えると、快く受け入れてくれた。
さすが高級宿だ。
しかし、受付を済ますとエルウッドはどこかへ行ってしまった。
放浪癖のあるエルウッドだが、人語を理解するので放っておいても問題ない。
仕方がないのでロビーでくつろいでいると、揃いの白い軽鎧を着た十人ほどの団体が入ってきた。
先頭の人物は一人だけ鎧の色が違う。
紺青色の美しい軽鎧を着た女性だ。
恐らく青鉄石を使用しているのだろう。
すぐに素材のことを考えるのは俺の悪い癖だ。
その先頭の女性が、俺の顔を見て驚いた表情を浮かべていた。
もちろん俺も驚いている。
「アルじゃないか!」
「レ、レイさん?」
俺が声を上げると、鎧の団体がざわついた。
特にレイさんの後ろにいた若い男は、見るからに怒っている様子だ。
「レ、レイさんだと? 貴様、ステラーたい」
「よい! 下がれ」
男性の言葉を遮るレイさん。
言葉遣いも声質も、先ほど一緒に食事をした時の優しさはどこにもない。
むしろハリー・ゴードンを退けた時の、厳しい口調と同じトーンだった。
迫力があり少し怖い。
「ザイン。先に行って受付を済ませよ」
「ハッ!」
レイさんに声をかけられた男は、鎧の団体を率いて受付へ進んで行った。
その場に残るレイさん。
「さっき別れたばかりなのに、まさかこんなところで再会するとは驚いたわ」
レイさんの口調が普通に戻った。
「こちらこそ驚きました。えっと……その鎧は?」
「さっきも隠してたわけじゃないのだけど……。私はクロトエ騎士団所属なのよ」
「クロトエ騎士団……。クロ……。え? え! この国の騎士団じゃないですか!」
レイさんの発言は、俺にとってここ数年で最も驚く内容だった。
クロトエ騎士団といえば、イーセ王国の王立騎士団だ。
周辺国で最強と名高く、屈強な騎士が揃っているエリート集団として有名である。
その騎士団に、まさかこれほど美くしい女性が所属してるとは驚いた。
「アルはどうしてこの宿に?」
「今日は希少鉱石が高値で売れたので、自分へのご褒美として、たまの贅沢です」
「なるほど。それはいいわね。たまの贅沢は必要よ。ふふふ」
そこへちょうどザインと呼ばれた団員が戻ってきた。
「隊長、受付が完了しました」
「た、隊長!」
俺はまた驚いてしまった。