第78話 執事ステム・ソーガン
ギルドから私に連絡が入った。
ギルド保有の邸宅に、男女二人の冒険者と、狼牙一頭が入居するとのこと。
執事は私、ステム・ソーガンが担当する。
ギルド所属の執事の中では四十歳と若い部類だ。
今回は滞在期間が決まっていない長期のため、使用人は私が選択していいとのことだった。
メイドは二十二歳のエルザ・ルーイと、二十歳のマリン・バイスキンの二人。
そして、庭師兼馬の世話係として、四十五歳のミック・ケイドを指名。
メイドのエルザとマリンは明るい性格をしており、気が利く上に料理の腕も一流だ。
ミックは馬の世話に長けており、いつも誠実で確実な仕事をしてくれる。
私はここ最近、使用人としてこの者たちを指名することが多い。
今回はAランクとBランクという凄腕の冒険者が来る。
気心知れたチームで、少しでも冒険者の負担を減らし、快適に過ごして欲しいと考えていた。
使用人全員が屋敷に揃い、さっそく準備に取り掛かる。
そこへギルドから再度連絡が入り、今回の冒険者の氏名が判明した。
「皆、聞いてくれ。今回のご主人様は、レイ・ステラー様とアル・パート様だ。夕方頃おいでになるそうだ」
メイドのエルザが驚いた表情を浮かべている。
「レ、レイ・ステラー様って、あの……ですか?」
「そうだ。私は一度、レイ様の執事についたことがある。非常に聡明な方だ。主人を選ぶわけではないが、今回はギルドに感謝したい気持ちでいっぱいだよ」
もう一人のメイド、マリンが質問してきた。
「ステムさん。アル・パート様って、噂になってるダーク・ゼム・イクリプスを撃退したという方では?」
「その噂の御仁だ。私はお会いしたことがない。しかし、ネームドを撃退するほどの方だ。凄腕の冒険者で間違いないだろう」
そして、庭師と馬の世話係を兼務するミックが意気込みを語る。
「馬二頭と狼牙の世話なら任せてくだせえ」
「ああ、ミック期待してるよ」
夕方になり、馬にまたがった二人の冒険者と狼牙が来た。
使用人総出で出迎える。
「アル様、ようこそおいでくださいました。レイ様、ご無沙汰しております」
「ステム・ソーガン! 久しぶりね。あなたが執事をしてくれるの?」
「左様でございます」
「嬉しいわ、ステム。お世話になるわね」
レイ様の横にいる優しそうな青年が、少し照れた表情でお辞儀をしてきた。
「アル・パートです。よろしくお願いします」
「執事のステム・ソーガンと申します。アル様とレイ様の雑務はもちろん、この家のことは全て私が取り仕切るのでご安心ください」
「あ、ありがとうございます」
冷静を装ってるが、私は大変驚いていた。
まさかネームドを撃退したという冒険者が、どう見ても十代の青年だとは。
見た目も冒険者という感じではない。
品の良い好青年で、貴族の子息と言われれば信じるだろう。
それに加え、レイ様が大変美しくなられていた。
当時はまだ十五歳で絶世の美少女と呼ばれていたが、今は絶世の美女だ。
出迎えも終わり、お二人を部屋に案内。
レイ様は以前この家に滞在したことがある。
お二人の部屋は二階で、それぞれ一部屋ずつ用意した。
本日の夕食を確認するためキッチンへ向かうと、一番若いメイドのマリンが若干興奮していた。
「ステムさん。アル様って、あんなにお若いんですね。私より年下の方は初めてです」
「うむ、私も驚いてるよ。まさかあれほど若く、品の良いお方だとは思わなかった。もっとこう、恐ろしい冒険者様を想像していたよ」
エルザも頷いている。
「それに、レイ様も驚くほど美人になられていて驚きました」
「ああ、七年前も絶世の美少女と言われていたが、まさに絶世の美女になられていらっしゃった」
メイドたちが驚く気持ちは良く分かる。
「さあ、そんなお二人の最初の夕食だ。腕によりをかけておもてなしするのだ」
「はい!」
メイドの二人の力もあり、アル様もレイ様も大満足といったご様子で料理をお褒めくださった。
そして、何事もなく数日が経過。
私はレイ様に呼ばれた。
リビングへ行くと、アル様もいらっしゃった。
「ステム、仕事をお願いしたいのだけど」
「もちろん、何なりとお申し付けください」
「資産管理よ」
「資産管理と?」
「ええ、しばらくはこの家を拠点とするし、私たちはクエストにも出る。資産全てを持ち歩くわけには行かないから、この家に置くことになる」
「ええ、そうでございますね」
「ギルド保有のこの家に盗賊が入るとは思わないけど、あなたに管理してもらいたいのよ」
「かしこまりました」
「元Cランクのあなたなら安心よ」
その言葉を聞いたアル様が、口を空けて驚いていらっしゃる。
「ええ! ステムさんって冒険者だったんですか?」
「左様でございます」
「凄いですね! それなら安心です」
ネームドを撃退するほどの方に凄いと言われてしまった。
気恥ずかしい。
「お二人の資産管理、お任せください」
さっそく、革袋を渡された。
確認すると金貨が千枚ほど。
そして、噂で聞いたことがある古金貨が三十枚。
約四千枚分の金貨だった。
これほどの金貨は見たことがない。
何より、古金貨を見るのは初めてだった
「レ、レイ様、こ、これほどの金貨を?」
「まあ驚くわよね」
「失礼いたしました。この館には金庫がありますので、厳重に保管いたします」
「ええ、よろしく頼むわ」
高ランクの冒険者は非常に収入が高い。
私も冒険者だったから知っている。
その分、支出も大きいといえよう。
しかし、これほどの金額は見たことも聞いたこともない。
まさに桁違いだ。
「あとステム、帳簿もお願いできるかしら? クエスト報酬に関しては、ギルドがすでに源泉徴収してるから問題ないけど、装備などの経費は申請したいのよ。あなた確か税務も詳しいわよね」
「かしこまりました。お任せください」
さすがレイ様だ。
イーセ王国とフォルド帝国では税金の形態が少し違うが、しっかりと把握されていた。
こうして信頼いただけるのは、とても嬉しくやりがいがある。
お二人がクエスト以外で頭を悩ませたり、余計な心配がないように精一杯尽くそうと誓った。
――
この家で生活を始めてから一週間が経過。
お二人は警護のクエストへ出られるとのことだった。
明日の早朝に出発されるそうだ。
フォルド帝国の国境の街モアまでの警護だから、往復で約一ヶ月のクエストになるだろう。
忙しいお方たちだ。
出発当日は使用人全員でお見送りし、お二人とエルウッドの無事を心から願った。
屋敷の主人がいなくとも、使用人はやることがたくさんある。
私たちは全員住み込みだ。
一階に使用人の部屋が四部屋あり、各自個室を利用させていただいている。
これはなかなか珍しい。
使用人同士で相部屋は当たり前だからだ。
そういった点も、アル様とレイ様の配慮が行き届いている。
一階は使用人の四部屋、リビング、応接室、倉庫、キッチン、風呂、トイレ。
二階はアル様とレイ様のそれぞれの部屋、書斎、客室二部屋、空室二部屋、風呂、トイレだ。
私とメイドの三人で、毎日屋敷の掃除を行っている。
もちろん、私もメイドも休日はあるので、誰かが休みの日は二人で掃除を行う。
庭師のミックは、常に庭の手入れをしてくれている。
馬も一緒にクエストへ行っているので、空となった馬小屋の掃除もしっかりと行っていた。
お二人がクエストに出てから約三週間が経った頃、突然ギルドから連絡が入る。
アル様がダーク・ゼム・イクリプスを討伐したというものだった。
現地で調査や手続きがあるため、帰還は遅れるそうだ。
私は帝国出身で、これでも元冒険者である。
ことの大きさに驚いていた。
百年もの間、帝国を苦しめてきたダーク・ゼム・イクリプスを討伐するなんて信じられるものではない。
それもアル様お一人で討伐された、と。
あんなに若くて品の良い好青年が、今まで誰もなし得なかったダーク・ゼム・イクリプスを討伐するとは。
人は見かけによらないというが、そんなレベルを超えていた。
「ステムさん! アル様がダーク・ゼム・イクリプスを討伐したって本当ですか!」
「え? 本当なのエルザ? そんなことができるの?」
メイドたちは驚いているが、帝国民であれば驚かない人間はいない。
誰もが一度はダーク・ゼム・イクリプスの影響を受けているからだ。
ダーク・ゼム・イクリプスの襲撃で住む場所や故郷をなくした者。
親族、友人知人が殺された者。
それだけではなく、ダーク・ゼム・イクリプスが出現するだけで、その地方の流通は滞り、穀物や食品、物の値段が上がるのだ。
「私、もうアル様のファンよ。本当にかっこよくて優しくて強い。憧れるわ」
「ちょっと! マリン! 私が先にアル様のファンになったのよ!」
「私の方がアル様に年齢が近いのよ、エルザ。ああ、冒険者様との恋もいいわね」
「バカね、マリン。アル様には絶世の美女と謳われるレイ様がいるでしょ?」
「た、確かに。ねえエルザ。実際お二人はどういう関係なのかしら?」
メイドが盛り上がっている。
「そこまでだよ」
「ステムさん、ごめんなさい!」
私はこういった話を厳しく制限するつもりはない。
中には私語をするだけで、使用人に罰を与える主人もいる。
だが、アル様やレイ様は、楽しく働いて欲しいと仰っていた。
私も同じ考えだ。
「君たちも相当な美人だが、残念ながらレイ様には敵わないよ。ハハハハ」
「もう! ステムさん! 分かってますよ! ねー、エルザ」
この家は和やかだ。
今の私はギルド所属の執事だが、まだお会いして日の浅いアル様、そしてレイ様へ個人的にお仕えしたいと思い始めていた。
「あら? ステムさんの考えてることが分かりますよ。私もアル様とレイ様にお仕えしたいと思いますもの」
「なにそれエルザ!? 私もよ!」
エルザはマリンよりも少し年上で、たまに鋭いことを言う。
見事に私の気持ちを見抜いていた。
恐らくこの屋敷の使用人は、全員その気持ちになっているだろう。
そして、お二人が帰還される日となった。
自宅の前で、お二人を出迎える。
「レイ様、アル様、おかえりなさいませ。ダーク・ゼム・イクリプス討伐の話は伺っております。よくぞご無事で」
「ステムさん、無事に戻りました! エルザさんとマリンさんの食事を楽しみにしてました。ミックさん、今回は馬を酷使したのでケアをお願いします」
アル様はとても優しく謙虚なお方だ。
「アル様、私たち使用人のことは呼び捨てにしてください。示しがつきません。丁寧語も不要です」
「わ、分かりました。じゃなくて、分かったよステム」
「ありがとうございます」
アル様の顔つきが変わっていたことに驚く。
もちろん今も品の良い好青年なのだが、なんというか、歴戦の勇者というべき貫禄が見え始めていた。
その夜は、エルザとマリンが豪勢な食事を作り、お二人の無事とネームド討伐を祝う。
翌日、私はアル様に呼ばれた。
今回の討伐で、金貨二千枚の報酬を得たそうだ。
その報酬を預かる。
以前の撃退と合わせると、ダーク・ゼム・イクリプスの討伐報酬は金貨二千三百枚にもなる。
たった一人でこの金額を稼ぎ出すとは、信じられないことだった。
もしかしたら、一人で受け取る報酬としては過去最高額かもしれない。
私はアル様のクエストを遡り、獲得報酬を記録することにした。
恐らくアル様は冒険者として頂点に立ち、数々の伝説を残すだろう。
その伝説の一つとして、獲得報酬の記録を残そうと思ったのだった。
アル様に伺うと、現在は五つのクエストで金貨二千三百三十一枚と銀貨五枚の報酬とのこと。
もうこの時点で、通常の冒険者の生涯獲得報酬を遥かに上回っていた。
腕の良い冒険者の生涯獲得報酬で金貨五百枚から千枚と言われている。
一生かけてその金貨だ。
Cランク止まりだった私は、その金額すら足元にも及ばない。
それをアル様は、たった五回のクエストで上回っているのだ。
元冒険者として尊敬を通り越して、畏怖の念を抱いてしまう。
「ああ、そうだ、ステム」
「何でしょうか?」
「一ヶ月以上も不在にしてすまなかったね。そして、その間も家のことをしてくれてありがとう」
「とんでもないことでございます」
こういうお心遣いが本当に嬉しい。
「ステム、これは俺から皆に感謝の気持ちだよ」
アル様から小さな革袋を四つ渡された。
「開けてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
革袋を一つ開けると、金貨が三枚入っていた。
「こ、これは?」
「今回はみんなのおかげで、ダーク・ゼム・イクリプスを討伐できたんだ。だからお礼だ」
「な、何もしてません! それに、こんな大金受け取ることはできません!」
金貨三枚ともなると、Cランク冒険者が命がけで得る一回のクエスト報酬よりも多い。
「いいんだ、ステムが家のことを全部やってくれて、エルザとマリンが美味しくて栄養を考えた食事を作ってくれて、ミックがしっかり馬の手入れをしてくれたおかげで討伐できたんだ。誰か一人でも欠けてたら、ダーク・ゼム・イクリプスの討伐なんてできなかったよ」
私は目に涙が溜まっているのを感じた。
必死に涙が溢れ出るのを堪える。
「ふふふ。ステム、いいのよ。もらいなさい」
レイ様が部屋に入ってきた。
「アルがね、皆のおかげだってずっと言ってたのよ」
「し、しかし、私たちはギルドから給与をいただいております」
「別にいいじゃない。それに、主人からのボーナスよ。断れないでしょ?」
執事をとなってかなりの年月が経つが、主人からボーナスなんて初めてのことだった。
「は、はい。それでは、ありがたく頂戴いたします。心から感謝いたします」
「ふふふ、ステムは大げさね」
アル様もレイ様も、心が温かくなるほどお優しい。
「アル様、一つお願いがあるのですが?」
「ん? どうしたの?」
「恐れ入りますが、このボーナスはアル様から皆に直接渡していただけませんか?」
「そうか、そうだね。そのほうがいいね。分かったよステム。ありがとう。皆喜んでくれるといいな」
その日の夜、ボーナスを受け取ったエリザとマリンは大喜びしていた。
彼女たちも主人からのボーナスなんて初めてだったようだ。
「キャー! アル様! 私、アル様に一生ついていきます!」
「アル様、感謝いたします」
マリンは喜び、年上のエルザはしっかりとお礼を述べた。
そして、ミックの元へ行く。
「え? い、いいのですか? こ、こんなことは初めてでせえ」
どうやらミックも初めてのようだ。
革袋を握りしめ、喜んでいた。
アル様が笑顔で私の肩に手を置く。
「ステム。これからもよろしく頼むよ」
「もちろんでございます。これからも私にお任せください」
「ステムがいると心強い! ありがとう」
「こちらこそ、アル様には感謝しかございません」
これはもう本心からの言葉だ。
そして私は心の中で、もう一つのお願いをした。
もし今後もお仕えできるのであれば、ずっとお供させてください、と。
私はアル様の活躍を見ることが楽しみになっていた。
そして、これから始まるアル様の伝説を、一冊の本に記していこうと思った。
幕間二回目は、執事のステム・ソーガンの視点で見たアルの印象です。
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