第73話 出現
エレモスが襲われた場所から移動して二日が経過。
俺たちは村に到着した。
ここまで急いで来たので、太陽はまだ登りきってない。
正面の目線に近い位置から浴びる日光。
いつもなら気持ち良さを感じる陽の光に、若干の鬱陶しさを感じていた。
村長の元へ行くため、村の門をくぐり村道を進む。
だが、どうも様子がおかしい。
「ねえ、レイ。静かすぎないか?」
「ええ、少し様子が変ね」
以前来た時は、小さいが活気がある村という印象だった。
しかし今日は村人が誰もいない。
「ウォウウォウ!」
突然エルウッドが吠え、走り始めた。
俺たちも馬を走らせ追う。
エルウッドは村の中心地へ走る。
エルウッドを追いながら、村の異変が尋常ではないことに気付く。
家は倒れ、道は崩れ、畑は荒らされ、家畜たちが死んでいた。
「レ、レイ!」
「急ぎましょう!」
俺たちは馬の速度を上げ、村の中心にある集会場へ向かう。
途中で村人の死体も見かける。
集会場に到着。
入り口のドアが壁ごと破壊されていた。
剣を抜き集会場へ入ると、猛然と襲ってくる血なまぐささと死臭。
俺は思わず目を背けた。
これほどまでの人の死体を見たことがなかったからだ。
「グッ。ゴホッゴホッ。レ、レイ……これは……」
「ひ、酷い……」
集会場の中で百人、いや二百人か、人数も分からないほどの村人が死んでいた。
血を流し、内蔵を抉られ、体がちぎれ、腕も、足も、頭もバラバラだ。
正確な人数なんて分からない。
まだ血は乾いておらず、集会場の壁についた肉片からは血が滴り落ちている。
「こ、これってダーク・ゼム・イクリプスの仕業?」
レイに問いかけると、何かを思い出したかのような表情を浮かべた。
「アル! メドの街が危ない!」
俺たちはすぐ馬に乗り、全速力でメドの街へ向かう。
馬はよく走ってくれた。
村からメドは通常一日かかるが、たった半日で走破。
太陽はまだ高く、夕焼けは始まっていない。
市街地に入り、そのままギルドがある区画へ馬を走らせる。
建物が破壊され、村と同じように家畜や人が殺されていた。
しかし、メドの街には冒険者ギルドがある。
冒険者がいるはずだ。
馬の口から泡が出始めている。
俺は馬を飛び降りた。
「ごめん! ここまでありがとう! お前たちは逃げろ!」
馬に声をかけ、俺はギルドの建物へ走る。
数百メデルト走ると、ギルドの建物が見えてきた。
その前にいるのは、漆黒の大きな物体。
「ダーク・ゼム・イクリプス!」
ダーク・ゼム・イクリプスも俺に気付いたようだ。
心なしか笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。
しなやかな身体をこちらに向け、左前足で失った左耳の根本を撫でる。
そして、太くて長い尻尾を直立させた。
二本の前足を伸ばし、後ろ足を折り曲げ、姿勢を低くし、重心を後ろに下げる。
極限まで引いた弓のように力を溜め、咆吼を上げると一気に開放。
猛然と俺に向かって突進してきた。
◇◇◇
アルが馬から飛び降り、ギルドに向かって走り始めた。
私もそれに続く。
アルがダーク・ゼム・イクリプスの姿を捉えた。
「アル! ダーク・ゼム・イクリプスはあなたに任せる! 無理だけはしないで! お願いよ! 死なないで!」
アルの戦いを邪魔してはいけない。
人類でダーク・ゼム・イクリプスに対抗できるのはアルだけだろう。
私は大きく迂回して、崩れかけたギルドへ走る。
入口で女将が倒れていた。
「女将!」
「レ、レイちゃん。突然、ダーク・ゼム・イクリプスが襲撃を……。この街の冒険者と騎士団じゃ太刀打ちできなかったさ……」
「女将、怪我はない?」
「だ、大丈夫さ。それよりギルドへ報告したい。レイちゃん頼めるかい」
私はその言葉で理解した。
この惨劇はどこにも伝わっていない。
「分かった!」
私はギルドの敷地内にある大鋭爪鷹の小屋へ走った。
小屋に着くと同時に二枚の手紙を書く。
ハーストの足にある手紙筒に入れ、一通をウグマのギルドへ、もう一通を帝都サンドムーンのギルド総本部へ飛ばした。
「お願い! 急いで!」
私は心の底から願った。
◇◇◇
百メデルトの距離がなかったかのような、一気に俺に突進してくるダーク・ゼム・イクリプス。
その速度は放たれた弓そのものだ。
最高速度を保ったまま、十メデルト以上もの距離を残して大きくジャンプ。
大爪を剥き出しにした右腕を大きく振りかぶった。
俺もすぐさま片刃の大剣を抜き、斬りかかる。
剣と大爪がぶつかると同時に、甲高い衝突音が響き、大きく火花が散る。
挨拶代わりと言わんばかりの攻撃。
もちろんお互い無傷だ。
しなやかに着地するダーク・ゼム・イクリプス。
ゆっくりと上半身を捻り、半円を描くように反転する。
十メデルトほどの距離で対峙。
ダーク・ゼム・イクリプスは、またしても左耳の根本を前足で軽く撫でた。
口を開き、牙を見せる。
薄ら笑いを浮かべるダーク・ゼム・イクリプス。
牙に付着した唾液が伸びる。
恐ろしいほど邪悪な顔だ。
「ガグゥオォォォォォ!」
ダーク・ゼム・イクリプスが咆哮を上げる。
その紅い目がさらに真紅で染まり、眼光が揺らいだ。
同時に真横から姿を現し、右腕の大爪を振り下ろす。
ダーク・ゼム・イクリプスが消えた場所には、まだ紅い眼光が残像として残っている。
凄まじいスピードだ。
「クッ、前回よりも速い!」
なんとか剣で防ぐ。
俺は前回戦った時は腕に大怪我を負った。
それよりも速いとなると、怪我だけで済むのだろうか……。
不安がよぎってしまった。
着地したダーク・ゼム・イクリプスの赤い眼光が再度揺らぐ。
次は左から信じられないスピードで爪撃が飛んできた。
剣で弾くも、続いて右からの爪撃。
息をつく暇もなく、左右から連続攻撃が続く。
俺の不安を見抜いたのか、ダーク・ゼム・イクリプスの攻撃はより一層激しくなってきた。
「クッ! 集中しないと!」
一気に劣勢に立たされ、後手に回ってしまった。
どこかで立て直さないと、このままでは危険だ。
一瞬の迷いが死を招く。




