第68話 撃退の報酬
診察室に入り、医師に傷を見せた。
「こ、これは何ということだ!」
「え? ど、どうしたんですか?」
医師の言葉に不安を覚える。
「す、すまない。あまりに驚いてしまったよ。君は傷の治りが異常なほど早い」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、こんなことは初めてだ」
医師の驚きは悪い方ではなかった。
俺は胸をなでおろす。
「これなら明日には抜糸できそうだ。今日一日安静にするように」
「まだ移動はできませんか?」
「通常なら二週間以上は絶対安静で、下手すれば腕が使えなくなるくらいの大怪我なんだよ?」
「す、すみません」
「強靭な肉体とはいえ焦ってはダメだ。君はこれから素晴らしい活躍をする冒険者になるのだから、無理しないように」
「はい。ありがとうございます」
そして看護師が薬を塗り、薬草と包帯を巻いてくれた。
「本当に凄いですね。高ランクの冒険者になると異常な治癒能力な人はいますが、これほどまでに早い人は初めてですよ」
「ははは、頑丈だけが取り柄なので」
「何言ってるんですか。アルさんは見た目だってかっこいいですよ」
「え? え? そ、そんなこと言われたの、は、初めてです」
「えー、そうなんですか? 絶対モテますよ」
「い、いや」
「フフ、私だってもうファンですから」
「あ、あの……ありがとうございます」
一通りの処置を終えた。
熱は下がったはずなのに顔が少し熱い。
待合室でレイと合流。
「どうだった?」
「えーと、明日抜糸できるって。だから今日まで安静だって」
「あら、治りが早いわね」
「うん」
「ん? どうしたの? 顔赤いわよ?」
「え? い、いや、なんでもないよ」
「ふふふ、変なアル」
――
昨日に引き続き、ギルドの宿泊施設で一泊することになった。
施設で連泊の手続きをして部屋へ戻る。
「実家を出てから、こんなにゆったりしているのは初めてだね」
「ええ。ずっと移動していたし、ここ最近はクエストだってしたもの」
「引退したら、こんな感じになるのかなあ」
「ふふふ、そうね。引退したらこうして二人でゆっくりしましょうか」
「ウォン!」
「もちろんエルウッドも一緒にね」
レイがエルウッドの頭を撫でている。
「そうだ、レイ!」
「どうしたの?」
「装備品を整えたいんだ。防具を新調したい」
「そうだったわね。あなたの軽鎧はダーク・ゼム・イクリプスに壊されたものね」
「ああ、防具の重要性が分かったよ」
「そうね。いくら強靭な肉体でも、防具なしでは戦えないもの」
レイの話によると、目的のウグマにはギルドの主要九機関が全て揃っている。
当然、開発機関もある。
防具屋で買うより、冒険者専用の防具を開発しているシグ・ナインで購入した方がいいそうだ。
とはいえ、ウグマへ移動する際に鎧がないのは危険だ。
取り急ぎ、メドの街で鎧を購入することにした。
この日は、医師の言いつけを守り一日部屋で安静に過ごす。
翌日、医療機関で抜糸。
「信じられん。これなら乗馬も大丈夫だ」
「お世話になりました」
医師は俺の治癒力に驚いていた。
続いて、街の防具屋へ向かう。
ウグマで本格的な鎧を購入する予定なので、繋ぎの鎧として比較的安価な革鎧を購入。
それでも金貨三枚した。
冒険者は金がかかることを実感。
なお、ダーク・ゼム・イクリプスに傷付けられた鎧は下取りに出せなかったため、ウグマへ持って行くことにした。
最後に俺たちは、ギルドで女将に挨拶。
「レイちゃん、気をつけて」
「女将、お世話になったわね。ありがとう」
女将はレイと女将が抱き合った後、俺の顔を見る。
「アル、アンタは絶対に凄い冒険者になるよ。レイちゃんのこと、よろしく頼むさ」
「アハハ、レイは俺の師匠だよ? でも分かったよ。女将、色々とありがとう」
俺は女将と握手した。
メドの街を出て、目的地のウグマへ向かう。
道中はモンスターや犯罪者に遭遇することなく、三日間の移動で無事ウグマに到着。
ウグマはこのウグマ州の州都で、帝国でも有数の大都市だ。
その歴史は古く、石造りの建造物が多い。
素材は建物用石材の代表格、灰硬石だ。
安価で硬度も高く、建築用石材に欠かせない。
また純白の白理石の建物も散見される。
白理石は建築物に使用する岩石の中では、非常に高価だ。
建物の柱などには繊細な彫刻がされており、見るだけでも楽しめる。
街道は美しい石畳。
数区画に一つにある広場には噴水があり、住民の憩いの場になっているようだ。
俺は街並みに目を奪われていた。
「アルの気持ちは分かるわ。ここは本当に美しい街だもの。私も凄く好きな街よ」
「イーセ王国とは全然違うね。王国は木造建築が多いから」
「ええそうね。確かに帝国は石造りの建物が多いわね。戦争も多かったし、王国とは歴史が違うもの。帝都サンドムーンはもっと凄いわよ」
「へえ。行ってみたいなあ」
冒険者ギルドの総本部があるという帝都サンドムーン。
冒険者になったからには、いつか行ってみたいと思う。
「でも、レイは行くの嫌なんでしょ?」
「嫌じゃないのだけど……。その……。ギルドマスターに会いたくないの……」
「ギルマス?」
「だって、あいつ変態なのよ」
「え? どういうこと?」
「私がまだ十四歳の頃に、突然……プ、プロポーズしてきたの……」
「プロポーズ!」
「それ以来、会うたび会うたびプロポーズしてくるの」
「そ、そうなんだ」
レイの顔に最大級の嫌悪感が見える。
「ただ、サンドムーンはギルドの総本部だし、主要機関の本部が全て揃ってるのよ。冒険者なら一度は行かなきゃね」
「ああ、いつか行ってみよう」
ウグマの市街地に入り、まずは医療機関へ向かう。
俺のことはすでに伝わっていたようだ。
傷を見せると完治と診断。
医師は回復の早さに驚いていた。
そして、近くにある冒険者ギルドへ行くと、支部長室に案内された。
「冒険者ギルド、ウグマ支部長のリチャード・ロートだ」
「アル・パートです」
「レイ・ステラーです。お久しぶりです」
支部長のリチャード・ロートは六十歳くらいだろうか。
身長は俺と変わらず、年齢の割に引き締まった身体をしている。
白髪の短髪、顎には白い髭を生やして、威厳のある風貌だ。
レイとは面識がある模様。
「君たちの報告はオリガ、ああ、女将から連絡を受けている。レイ、君の復活も聞いたぞ」
「ありがとうございます」
「ギルドとしては喜ばしいことだ。それに、ギルマスが喜んでいるだろう」
「困ったものです」
「すまないな、我慢してくれ。私からも注意はする」
「ええ、助かりますわ。リチャードさん」
リチャードが俺の顔を見た。
「さて、アルよ。ダーク・ゼム・イクリプスの撃退だが、まず礼を言う。ありがとう」
「いえ、そんな」
「帝国は百年も前から、ダーク・ゼム・イクリプスの被害にあっていた。一度も撃退すらしたことがなかったのだ」
「百年間ずっとですか?」
「正確には活動期に入って殺戮を繰り返し消えていく。これを数年単位で繰り返すのだ。前回の出現は八年前だった」
百年間も帝国を恐怖に陥れているとは、本当に恐ろしいネームドだ。
「現在、ダーク・ゼム・イクリプスの行方は調査機関が調査している。ひとまず君の撃退について報酬を支払おう」
「え? クエストのあとに偶然遭遇しただけなので不要です」
「おいおい、冒険者が金を受け取らないのはあり得ないぞ。お人好しすぎてはダメだ」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
「ダーク・ゼム・イクリプスの撃退は前例がない。そこで、ギルマスと直々に連絡を取った」
反応したのはレイだった。
「え? ギルマスと直接!」
「ああ、あまりに非常識だからな。研究機関の局長も歓喜しておったぞ。ダーク・ゼム・イクリプスの素材なら金なんていくらでも出すとな。わっはっは」
リチャードは改めて俺の顔を見た。
「アルよ。ダーク・ゼム・イクリプスの耳をギルドで買い取ろう。撃退の報奨金と合わせて、金貨三百枚出す」
「さ、さ、三百枚!」
俺は思わず大声を出してしまった。
「驚くのも無理はないか。まだBランクだし、クエストの数も直請け入れてたったの二回だからな」
俺はリチャードにダーク・ゼム・イクリプスの耳を渡した。
「これがダーク・ゼム・イクリプスの耳か。素晴らしい。うむ、防腐加工もしっかりしてるな。大鋭爪鷹で送るから、今日中には帝都へ着くだろう」
リチャードから金貨三百枚を渡された。
「それで、君たちはこれからどうするのだ?」
「リチャードさん。私たちはしばらくの間ウグマで活動します」
「そうか! それはありがたい。君たちにやってもらいたい高難度クエストはたくさんあるからな」
「ふふふ、お任せください」
「それでは君たちに、長期滞在用の家を貸し出そう。家賃はそうだな、一ヶ月金貨六枚でどうだ? レイも知ってるあの家だ。格安だぞ」
「え? あの家を?」
「もちろんだ。君たちには世話になるから、快適に暮らしてもらいたい。係の者に連絡しておくが、準備もあるだろう。日没頃に行ってみてくれ」
「ご配慮に感謝します」
一通りの報告や手続きが終わり、俺たちは冒険者ギルドを出た。
家を貸してもらえることになったが、俺はレイに疑問をぶつける。
「ねえ、レイ」
「なあに?」
「一ヶ月の家賃が金貨六枚って高すぎると思うんだけど……」
「ふふふ、そんなことないわよ。家を見れば分かるわ」
「へえ、見るのが楽しみだな」
レイが納得しているのであれば俺も異論はない。
日没まではまだ時間があるので、俺たちは防具のことを相談するため開発機関へ向かった。




