第66話 女将
フロアが騒がしい中、レイが俺にそっと話しかけてきた。
「アル、無視していいわよ」
「そうだね」
俺たちは無視を決め込む。
しかし、男は不満げな表情で近寄って来た。
「おめーよ、新入りのくせに感じわりーな。そんな美人連れてよ。ママがいないと冒険者できないってか? カード見せてみろよ、ええ? お坊っちゃんよお」
フロアからも声が聞こえる。
「おいネーチャン! こっちこいよ!」
「竜種の倒し方を教えてやるぞ!」
相手をするのは面倒なので、そのまま無視。
「おい! てめーこっち向けや!」
男が叫び、俺の肩を掴んだところで、カウンターの奥からふくよかな体型をした女性が出てきた。
「うるさい! だまれ!」
女性が大声で怒鳴る。
物凄い迫力だ。
男は俺から手を離し、フロアも一気に静まり返った。
「で、アンタたちかい? ネームドを撃退したってのは?」
「女将!」
女性の姿を見たレイが、突然声を上げた。
「え? レ、レイちゃん? レイちゃんじゃないか!」
「女将! 久しぶりね!」
女将と呼んだ女性に向かって、レイが走り出し抱きついた。
こんなレイは初めて見る。
「レイちゃん! うわー、懐かしい! アンタ物凄い美人になったね! 元々美少女だったけどさ」
「女将! 会えて嬉しいわ!」
二人は再会を懐かしんでいた。
そしてレイは女将から離れ、こちらに振り返る。
「アル、紹介するわ。私が冒険者の頃、帝国のギルドでお世話になったオリガ・ハノフよ」
「オリガよ。よろしくね」
「アル・パートです。よろしくお願いします」
「レイちゃんには女将って呼ばれてる。アンタも女将って呼びなさい。敬語もいらないからさ」
「分かったよ、女将」
「へー、素直でいい男じゃないか」
女将はレイの左肩に右手を置いた。
「レイちゃん。アタシは今、このメドの街で主任をやってるんだよ」
ギルドの主任は街単位の責任者だ。
女将はこの街のギルドのトップということになる。
「で、アンタたちがネームドを撃退したって? まあレイちゃんはAランクだから、本当だと思うけどさ」
フロアからどよめきが聞こえる。
「Aランク! レイちゃんって……。ま、まさか、レイ・ステラーか!」
「レイ・ステラーだと!」
「ウソだろ?」
「やべえぞ、からかったやつ殺されるぞ」
どうやら、レイの存在は知られているようだ。
フロアにどよめきが起こった。
レイは全く気にせず、両手を腰に当て女将の顔を見上げる。
「女将、聞いて。私たちは今日、隣の村で直請けクエストをやったのよ。クエストは無事に終わったけど、帰りに森でダーク・ゼム・イクリプスに襲われたの」
「ダ、ダーク・ゼム・イクリプスだって! そ、それでどうしたんだい?」
「アル、耳を出して」
俺は女将にダーク・ゼム・イクリプスの耳を渡した。
「この体毛、形、大きさは間違いなく槍豹獣の耳。そして、この真っ黒な色は……ちょ、ちょ、ちょっと、これ、本当にダーク・ゼム・イクリプスの耳じゃないか!」
フロアが静まり返っている。
「女将、このアルが一人で戦って斬ったのよ」
「一人で? レイちゃんは?」
「私はアルに任せて逃げたわ。ダーク・ゼム・イクリプスは本当に危険だもの」
「そりゃそうだけどさ……」
女将が俺を見て話しかけてきた。
「あんた一人でダーク・ゼム・イクリプスと戦って撃退した? それも耳を斬って?」
「ああ、もちろん俺も両腕を怪我したけどね」
「両腕の怪我だけで済んでる方がおかしいのよ」
レイが答えていた。
「アルと言ったね。あんたランクは? 冒険者カード見せて?」
俺は冒険者カードを女将に渡した。
「Bランクか。ん? 討伐モンスター二頭でBランク?」
「女将。Bランクはピット・バックスの特別権限よ。試験は満点だったもの」
「え……? あ! もしかして、二年連続満点ってアンタか?」
フロアがざわついた。
そして、女将が俺の顔を凝視する。
「二年連続満点。ピットさんの特別権限。レイちゃんとパーティー。ネームドを一人で討伐。アンタ何者だい? これはしっかり話を聞かないとダメだね」
俺たちは別室へ移ることになった。
「あ、あんた、さっきはすまなかったな。へ、へへへ」
俺に絡んできた男が謝ってきた。
フロアも俺たちの話題で持ちきりのようだ。
俺たちは別室に移り、村での直請けクエストからの経緯を全て説明した。
「アタシも三十年ギルドにいるけど、どれも信じられない話ばかりだ」
「私もそう思うわ」
「レイちゃん、直請け調査のついでに、村の様子とダーク・ゼム・イクリプスの調査も依頼しておくよ」
「ありがとう女将。助かるわ」
「ダーク・ゼム・イクリプスが活動期に入ったとなると危険だ。前回の出現は確か八年前だった」
「私もその頃は冒険者だったけど、遭遇していないのよね」
「突然出現して殺戮の限りを尽くして消えていく。本当に悪夢のようなモンスターさ」
続いて女将が俺の顔を見た。
「さて、アルのことはどうしようかね」
女将の説明では、個人でネームドの撃退は前例がないとのこと。
ネームドともなると、撃退だけでも討伐スコアに記載されるそうだ。
「アンタたち、これからどうするんだい?」
「ウグマの街へ移動して、そこでしばらく冒険者の活動をする予定よ」
「ウグマね。なるほど、分かった。ウグマのギルドへ連絡しておく。あと、帝都のギルド総本部にも連絡するよ」
「ええ! 女将、それはやめて!」
「アッハッハ、ダメだって。レイちゃんがギルマスのことを苦手なのは分かるけどさ。ギルド連絡用の大鋭爪鷹を使うから、半日で伝わるさ」
「はああ……仕方ないわね」
レイが大きな溜め息をつく。
そういえば、以前も帝都のギルドについて話したら嫌な顔をしていた。
ギルマスと何かあったことは想像に難くない。
続いて女将が、ダーク・ゼム・イクリプスの耳を指差した。
「アル。この耳は、防腐加工するからアンタが持ってなさい。ウグマには研究機関もあるから、そこで提出すること。恐らくシグ・セブンが買い取るさ」
「え? 買い取るの?」
「もちろんさ! ネームドの素材なんて超貴重だ。金貨数百枚でもおかしくない」
「ええ! そ、そんなに!」
「当たり前だって! ネームド一頭の討伐で、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだ。だからアンタがネームドを撃退したって言っても、誰も信じなかったのさ」
ネームドの撃退は、それほどまでの大事件だったと実感してきた。
女将が紙に簡単な地図を書いている。
「今日はもう日が暮れる。メドに泊まっていくだろう? アルの怪我はギルドの医療機関で診てもらって、ギルドの宿泊施設に泊まりなさい」
「女将、ありがとう」
「これがシグ・シックスと宿泊施設の場所さ」
手書きの地図を受け取り、女将にお礼を伝えギルドを出た。
ブックマークやいいね、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。