第57話 解体師オルフェリア・コルトレ
「冒険者ギルドだ! オルフェリア・コルトレ! いるか?」
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、おります。クエストですか?」
「そうだ。急で悪いが、狩猟クエストでモンスターの解体依頼だ」
アセンの街外れにある私の自宅に、冒険者ギルドの連絡員が来た。
私はモンスターの解体を生業としている解体師。
ギルドから月に何度か剥ぎ取り依頼をいただく。
「今回はBランクの剥ぎ取り案件だぞ」
最近は高ランククエストでも、解体を依頼してもらえるようになった。
ランクが上がれば収入も上がる。
ありがたいことだ。
「モンスターと剥ぎ取り素材は何でしょうか?」
「対象は大牙猛象だ。素材は大牙二本」
「エレモス!」
「契約書はこれだ。サインしてくれ。あと、こっちが指示書だ。ちなみに、これが冒険者へ渡すクエスト依頼者だ。参考に見るといい」
エレモスの解体は久しぶりだ。
これは重労働になる。
そんなことを考えながら、クエスト依頼書に目を移す。
◇◇◇
クエスト依頼書
難度 Bランク
対象 大牙猛象
内容 一頭の狩猟 大牙二本の剥ぎ取り必須
報酬 金貨二十枚
期限 二十日以内
編成 Bランク四人以上
解体 ギルド手配
運搬 ギルド手配
特記 出現場所は指示書参照 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み
◇◇◇
依頼書を見ていると、一つ疑問が浮かんだ。
「イーセ王国内でBランクを四人も集められるのでしょうか?」
「それがな、支部長権限で二人で行ってもらうことになったんだよ」
「え? たった二人ですか! エレモスを?」
「ああ、それもな、一人はAランクなんだが、もう一人はEランクらしい」
「ちょ、ちょっと待ってください! Eランクは狩猟不可ですよ! ということは、実質Aランクの方が一人で狩猟することになるのでは?」
「そうでもないらしい。俺も詳しくは分からんが、Eランクの冒険者はすでにBランク以上の実力を持ってる化け物らしいぞ」
「そ、そんなことがあるのですか?」
「こんなデタラメな支部長権限なんて俺も初めて見たからな。まあ、お前の目で確かめるといい」
「冒険者様が狩猟失敗したら、私たちも危険な目に合うのですよ?」
「Aランクがいるから大丈夫だろう」
「わ、分かりました」
私は契約書にサインした。
「運び屋はあの二人に頼んである。いつも通りのチームだぞ」
「ありがとうございます」
「すでにクエストは開始している。運び屋はじきに来るだろう。急がせて悪いな。よろしく」
そう言い残し、連絡員は帰った。
私がまだ駆け出しの頃、師匠に同行してAランク冒険者のクエストで解体したことがある。
確かにAランク冒険者の彼女は凄まじい実力だった。
とはいえ、推奨編成はBランク四人以上。
たった二人で大丈夫なのだろうか。
しかし、サインをしてしまったのだ。
あとはやるしかない。
今回は巨体のエレモスの解体と、大牙二本の剥ぎ取りだ。
久々の大仕事になる。
私は道具部屋へ行き、剥ぎ取り専用のナイフを十本、鎌を五本、ノコギリを五本、ハンマーを三本、そしていくつかの特殊器具を用意。
しばらくすると、運び屋が自宅まで迎えに来てくれた。
「オルフェリア。急なクエストだが大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
「良かった。今回もよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
通常の狩猟系クエストは、運び屋二名と解体師一名が同行する。
だが、我々が冒険者と行動することはない。
実は解体師や運び屋は、冒険者から見下されている。
冒険者によっては解体師を忌み嫌っている者もいる。
自分たちが狩猟したモンスターで、金を稼ぐのが許せないという冒険者がいるのだ。
「あいつらは安全な場所にいて、こっちが命がけで狩った獲物を解体して運ぶだけで金がもらえる」
常に陰口を叩かれていることを知っている。
しかも、冒険者はクエストに失敗するとランク降格の可能性もあるが、私たちにはそもそもランクがない。
確かに陰口通り、私たちは狩猟地でクエストが終わるのを待ち、解体して運ぶだけ。
しかし解体にはモンスターの深い知識が必要だし、毒類の知識や耐性も必要だ。
解体師は毒に対して、耐性が上がるように訓練している。
すなわち、自ら身体に毒を入れるのだ。
運び屋も担当地域の地形やルート、危険地帯の把握はもちろん、モンスターの生態や生息地を理解し、最も安全で効率良く迅速に運搬するための情報収集を怠らない。
ある意味、私たちも命がけの職業だ。
だが、多くの冒険者には理解されない。
それでも私はこの仕事に誇りを持っている。
嫌われていても構わない。
――
荷車に揺られ、狩猟地へ最短距離を進む。
運び屋が選ぶルートは本当に凄い。
整備された街道を通らなくとも、モンスターに遭遇することなく移動する。
荷車を引くのは、Eランクモンスターの甲犀獣。
約五メデルトの巨体で、猛烈なパワーと無尽蔵のスタミナで荷車を引っ張る。
硬い甲羅のような鱗は、鉄と同じくらいの硬度だ。
私たちはクエスト中、宿に泊まることはない。
移動中は荷車の寝台に寝泊まりする。
これが意外と快適だった。
二人の運び屋は交代して仮眠を取る。
解体師の私は移動中やることがなく、勉強するか道具の手入れをしている。
ケラモウムは一日の大半を歩くことができるので、昼夜関係なく進む。
「オルフェリア、到着したぞ」
「はい、ありがとうございます。準備します」
解体師が選んだキャンプ地に到着した。
ここでクエストが終わるまで滞在する。
いつものようにキャンプの準備が終了。
後は冒険者の討伐を待つだけだ。
運び屋がギルドから支給された食料を持って来ているが、もちろん現地でも調達する。
植物を採取し、動物を狩る。
それでも時間は余るので、移動中と同じように勉強したり道具の手入れをする。
討伐が終わるまではこのように過ごすのだが、今回に限り、私はどうしても冒険者の討伐を見たかった。
どうやって、たった二人でエレモスを討伐するのだろうか。
「すみません。狩猟現場の近くで見学したいのですが」
「お前がわがままを言うなんて珍しいな。確かに気持ちは分かるが危険だぞ。それに、冒険者の邪魔をすると、また何を言われるか分からん」
「絶対に、絶対に邪魔はしません」
「……分かった。何かあったら責任を持とう。お前は解体師の中でも特別賢く、まだ若い。我々の希望だ。たくさん吸収してこい」
「ありがとうございます」
私は偵察用の大鋭爪鷹を飛ばした。
クエストの様子は、ギルドで訓練されたハーストが偵察する。
◇◇◇
大鋭爪鷹
階級 B ランク
分類 四肢型鳥類
体長約一メデルトの中型鳥類モンスター。
翼を広げると、三メデルトの大きさになる。
非常に高い知能を持ち、狙った獲物を上空に持ち上げ、落下させる狩りを行う。
また、上空から大岩を落とすこともある。
人間や家畜はもちろんのこと、二百、三百キルクの重量であればモンスターすら持ち上げることができる。
野生のハーストは非常に恐ろしい存在だが、生まれた直後から飼育し訓練すると驚くほど従順になる。
ある程度のコミュニケーションも取れる。
ハーストは鳥類型の食物連鎖の頂点で、知能が高く自衛能力も高いため、通信手段のメインとなっている。
手紙から国家間の重要書類、軽い荷物まで輸送する。
高速かつ、長距離を飛ぶことができる。
能力が高いハーストになると、一日で千キデルトもの移動が可能。
「ハーストを飛ばす」は手紙を書くと同義語。
◇◇◇
ハーストは狩猟の邪魔をしないように、超上空から偵察し場所を教えてくれる。
狩猟が完了した時も、迅速に知らせてくれるのだった。
しばらくすると、ハーストが上空から戻ってきた。
驚くことに、もう狩りが始まる模様。
私は運び屋に報告した。
「大変です! 狩りが始まるようです!」
「なんだと? いくら何でも早すぎないか!」
「そうですよね。ただ、今回はギルドの支部長権限で特別なクエストと聞いています」
「ああ、確かAランクとEランクの冒険者二人だったな。であれば、早く見に行くといい。世の中には信じられない化け物がいるのだろう」
「ありがとうございます」
私はマスクを被った。
このマスクはモンスターの皮で作っており、防毒マスクにもなっている。
モンスターを直接触る私たちには、絶対に必要な道具の一つだ。
私はハーストを飛ばし、案内してくれる方向へ進む。
しばらく歩くと、先行していたハーストが戻ってきた。
これ以上は近寄れない区域のようだ。
もし進むと、きっと討伐の邪魔をすることになる。
最悪、討伐失敗だ。
冒険者の邪魔だけは絶対にしてはいけない。
討伐の様子を見たかったが、こればかりは仕方がない。
諦めたその時、ハーストは強靭な鉤爪で私の両肩を掴んできた。
私はモンスターの厚い皮で作った装備を身に付けているので、ハーストの鉤爪で掴まれても問題ない。
そのことをハーストも理解している。
「え? もしかして上空から見ろってこと?」
ハーストが私を連れて、一気に上空へ飛ぶ。
あまりの加速に、内臓が飛び出るような感覚に襲われた。
そして、今まで感じたことのない浮遊感。
強烈な吐き気を催す。
両足が地面に付いてないだけで、これほどまでに不安になるのか。
私は恐怖で叫びたかったが、狩猟の邪魔になるからと、マスクの上から両手で口を塞ぎ必死に我慢した。
しばらくすると、ハーストが空中で静止。
ハーストは風を読み、気流に乗ることで空中静止が可能だ。
私も空中に浮いていることに慣れ、ようやく冷静に景色を眺めることができた。
この付近の湿地帯を全て見渡せる。
今まで見たこともない、壮大で圧巻の景色。
地平線も驚くほど遠くにある。
何という光景だろう。
あまりの絶景に言葉が出ない。
上空からの景色に、私は一瞬で魅せられたかもしれない。
そこで私は我に返った。
「そうだ! クエストだ!」
地上をよく見ると、冒険者が一人でロープを引っ張りエレモスを足止めしている。
信じられない光景だ。
あの巨体で強烈なパワーを誇るエレモスを、どうやったら一人で止められるのだろうか。
そこにもう一人の冒険者が駆け寄り、エレモスの頭部に飛び乗る。
そのまま頭部に剣を突き刺し、エレモスを仕留めた。
あっという間の狩猟だった。
私は夢でも見ているのだろうか。
あれほどの短時間でエレモスを狩猟するなんて、見たことも聞いたこともない。
いや、実際に目の前で見たのだが、それでも信じられなかった。
呆気にとられている私をよそに、ハーストは私を運び屋の元へ連れ戻す。
運び屋が待機している場所に着地し、私はすぐ運び屋に報告した。
「あの、信じられないのですが……狩猟が終わりました」
「な、なんだって! そんなバカなことがあるか! ついさっき始まったばかりだぞ!」
「わ、私も信じられません。しかし、この目で見ました」
「そ、そうか。……お前が嘘を言うわけないしな。では行こうか」
私たちは荷車を進めた。
しばらくすると、冒険者の元に到着。
現場には若い男性と驚くほど美しい女性、そして狼牙がいた。
「あ、あの方は、レイ・ステラー様」
私はマスクの下で、誰にも聞こえない小声で呟いた。
私がまだ駆け出しだった頃、師匠に同行してAランクのクエストで解体をしたのだが、冒険者はこのレイ・ステラー様だった。
あの時も恐ろしいほど手際よく、迅速に狩猟されていた。
「レイ・ステラー様の狩猟であれば納得はできるけど……。しかし、それでもこれは早すぎる」
討伐されたエレモスの元へ行き、身体を観察する。
脳天に一撃なので、その他の外傷が全くない。
このまま完璧な剥製を作ることができるだろう。
しかし今回は、大牙の剥ぎ取りがメインだ。
私はエレモスの分厚い皮膚に大ナイフで切り傷を入れ、大鎌や小鎌を使い皮を剥ぐ。
そして、ノコギリで大牙二本を根本から切り出し、鼻を切り、可能な限り身体の部位を分けた。
剥ぎ取った素材は運び屋が荷車へ運び、すぐに防腐処理を施す。
モンスターの素材は全て使える。
無駄は一切ない。
内臓も使えるので専用の容器にしまう。
私たちは常に同じチームなので、指示がなくとも全員が手際よく動く。
あっという間に解体が終了した。
通常、冒険者たちは私たちが解体を始めると同時に帰還する。
稀に待ってくれる冒険者もいるので、私は解体が終了すると報告をするようにしていた。
ただ、それでもほとんどの冒険者には、当然のように無視される。
今回も無視されると分かっていても、今回はどうしても感想を伝えたい衝動に駆られていた。
「解体が終わりました。それにしても圧倒的な狩猟でした」
「ありがとうございます。あなたこそ凄まじい解体技術ですね。今度教えて欲しいです」
私は驚いた。
この若い男性の冒険者は、解体師の私に対して普通に話しかけてくる。
しかも私に、解体を教えて欲しいとまで言ってくれた。
「そ、そんな言葉をかけてもらったのは初めてです」
「そうなんですね。でも本当に凄いです」
「ありがとうございます。では我々はこれをギルドへ運びます」
「よろしくお願いします」
「ギルドには大鋭爪鷹を飛ばして、討伐終了を連絡しておきます」
「ありがとうございます」
マスクを被っていて良かった。
きっと私の顔は、驚きと嬉しさで酷い顔になっていただろう。
「オルフェリア。お疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」
冒険者と別れると、運び屋が声をかけてきた。
私はマスクを取る。
「ん? お前顔が赤いぞ? 大丈夫か?」
「え? だ、大丈夫です」
「それにしても、今回は信じられなかったな」
「そうですね。でも、レイ・ステラー様ならあり得るかと」
「お前、レイ・ステラー様を知ってるのか?」
「はい。昔、レイ・ステラー様の討伐で解体をしました」
以前の出来事を話しながら、キャンプ地を片付け出発。
帰路でも今回の狩猟のことで盛り上がった。
クエストの帰りで、こんなに会話をするのは珍しい。
いや、初めてのことだ。
そして、仕事で感謝されるということが、こんなに嬉しいことだと知った。
このクエストに来て本当に良かったと思う。
――
二日後、私たちはギルドへ帰還。
狩猟したレイ・ステラー様ともう一人の冒険者は、すでにこの地を離れたそうだ。
私たちはギルドの研究機関へ、素材を提出に行く。
「大牙猛象の大牙と素材をお持ちしました」
「おお! オルフェリアさん! ギルドから話は聞いてますよ。驚くほど早い狩猟でしたね」
「ええ、レイ・ステラー様でしたから」
「そうそう、レイ・ステラー様とアル・パートという新人冒険者らしいですよ」
「アル・パート……」
「アル・パートってのが凄いらしく、このクエストでEランクから一気にBランクへ昇格したらしいんですよ」
「試験も受けずにEランクからBランクへ?」
「そうです。支部長のピット・バックスさんが特別に許可を出したらしいですよ」
「それほどの方だったんですね。でも確かに凄かった……」
シグ・セブンの職員たちは、普通に話しかけてくれる。
それどころか、モンスターの生態を研究しているシグ・セブンの職員たちは、モンスターを知り尽くしている解体師のことを尊敬してくれていた。
ありがたいことだ。
私はクエストからの帰りの間、ずっと考えていたことがあったので職員に質問してみた。
「一つ質問してもいいですか?」
「オルフェリアさんが質問なんて珍しいですね? どうしたんですか?」
「荷車クラスの物体を空に浮かべることって可能でしょうか?」
「え! 荷車を空に? オルフェリアさんが冗談……言うわけないか。ちょっと考えてみます」
シグ・セブンの職員は変人が多いと言われているが、皆真面目で素晴らしい知識を持っている。
優秀な人材ばかりだ。
「荷車は大体千から二千キルクの重量。大鋭爪鷹が持ち上げる重量は二百から三百キルクが限界。二頭以上のハーストで持ち上げるとしても制御が難しい。竜骨型翼類は……そもそも制御なんて無理ですし。うーん、現実的ではないかもしれません」
「そうですよね。変なことを聞いてすみ」
「あ! そういえば、軽い空気というものがあると聞いたことがあります。勝手に上昇していくとか。ただ、自分もどこかの文献で読んだだけですけどね」
「いえ、ありがとうございます」
納品と全ての手続を終え、私はシグ・セブンを出た。
軽い空気。
そんなものがあるとは知らなかった。
もし飛行手段が確立されたら、空からクエストの現地へ赴き、素材の運搬も空路で可能となる。
現在、狩猟地への移動は冒険者と運び屋で別行動だが、空路となれば冒険者、解体師、運び屋が全員で一緒に移動することだってできるかもしれない。
安全が確保されれば、シグ・セブンの職員だって帯同できるようになるはずだ。
空路なら移動時間は短縮できる上に、これまで行けなかった場所で狩猟や討伐が可能になる。
そして、私たち解体師と運び屋の仕事内容は一変する。
私の夢ができた。
私は将来必ず飛行手段を見つけ出し、解体師と運び屋の地位を向上させる。
「アル・パート様か……」
そして今回の冒険者、アル様とレイ様にいつかまた会いたい。
私の夢を伝えたい。
お二人なら、きっと私の夢を理解してくださるだろう。
私はアセンの大図書館へ向かった。
今後も幕間では、キャラクターにスポットを当てた短編を書いていこうと思います。
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