第5話 フードを被った女
「食堂は先月できたんだけど、早くも人気の店になってるんだよ」
「へえ、じゃあ美味しい店なんだね」
「そうだよ! 行列ができちゃうから早く行こ!」
セレナは笑顔で俺の手を引っ張り、店の方向へ走り出す。
その姿を目撃した知人が声をかけてきた。
「お! セレナ! アルとデートか?」
「ちちち違うよ! バカ!」
俺の手を振りほどき、顔を真っ赤にしたセレナ。
「もう、違うから! うー、あのスケベオヤジめ。明日店に来たらキャベツを倍の値段で売ってやる!」
怖いことを言っていた。
しばらく歩くと店に到着。
石造りの二階建てで、建物の一階部分が食堂だ。
外観はとても綺麗でまだ新しい。
セレナの言う通り、行列ができていたので最後尾に並ぶ。
「王都でレストランをやってたシェフが、わざわざラバウトへ引っ越してこの店を出したんだって」
「へー、王都のレストランのシェフって凄いね。でも何でこの街に引っ越してきたんだろう」
「この街の食材が新鮮で豊富だからよ!」
セレナと他愛もない話をしていると、行列の前が騒がしくなった。
「おい! 並べ!」
「順番守れよ!」
「うるせえ! 俺を誰だと思ってる! Cランク冒険者のハリー・ゴードン様だぞ! 金ならたんまり持ってるんだ!」
身長が二メデルトはあろう大男が叫んでいた。
どうやら列に割り込み店内へ入ろうとしているようだ。
男の威圧は凄まじく、全員黙っている。
「列に並びなさい」
大男の割り込みがまかり通るかと思った瞬間、凛とした張りのある女性の声が響いた。
「あ? 誰だ! 文句あんのか!」
「あるに決まっているだろう? 皆順番を守って並んでいるというのに」
フードを被った女性が声を発する。
「うるせーぞ! 俺を誰だと」
「それはさっき聞いた。Cランクのハリーとやら」
ハリーの言葉を遮る女性の声に余裕がありすぎて、バカにしてるように聞こえる。
「て、てめえ! ぶっ殺すぞ!」
ハリーは怒鳴りながら、背中に背負っていた二メデルトはあろう大斧を両手で構えた。
ただの脅しだろうが、その姿は威圧するのに十分だ。
「きゃあ!」
「お、おい、危ないぞ!」
「逃げろ!」
並んでる人たちは、トラブルを避けるように列から離れた。
店内から騒ぎを聞きつけた店員が出てくるが、ハリーの姿に恐怖を覚え動けなくなっているようだ。
「ちょっと、大丈夫なの!」
セレナが思わず声を漏らす。
俺たちは行列の最後尾にいたため、言い争いから十メデルトほど離れている。
ハリーが威嚇のために、大斧を何度か大きく振ってみせた。
当てるつもりがないのは明白だが、非常に危ない。
それを見た女性は腰から細剣を抜く。
そして、ハリーが斧を横に振り切ったタイミングで、斧の刃に剣先を引っ掛ける。
すると、ハリーの手から斧がすっぽ抜けた。
「しまった!」
女性の声が聞こえると同時に、大斧が回転しながらこちらに飛んでくる。
ハリーの腕力は相当なようで、かなりの速度が出ていた。
「きゃあ!」
セレナが悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込む。
あんなものが頭に当たったら死んでしまう。
俺は飛んでくる斧の回転を見極め、冷静に片手で掴んだ。
「セレナ、怪我はない?」
「え? アル? う、うん。だ、大丈夫……」
頭を抱えしゃがんだ状態のまま、顔だけこちらに向けるセレナ。
状況を分かってないようだ。
すると、女性がこちらに走ってきた。
「すまない。斧を絡め落とすつもりが、飛ばしてしまった」
「こちらは大丈夫です。あなたも大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとう。それにしても、これを片手で掴むとは……。君は一体……」