第47話 偶然の出会い
ラバウトから、目的地のアセンまでは北へ五百キデルト。
俺たちは一日五十キデルト進む予定なので、十日間のスケジュールだ。
イーセ王国は交易が盛んなこともあり、街道整備に力を入れていた。
そのため五十キデルトおきに必ず宿泊街がある。
もちろんそれ以外にも大小様々な村や街があるので、イーセ王国の街道で宿に困ることはない。
また、街道は騎士団や自警団が巡回している。
これにより、日中は安全な旅が可能だ。
俺たちがラバウトを出発してから四日が経った。
今日は宿場町ラダーに泊まる予定だ。
太陽はちょうど真上に来ている。
地図を見ながら現在地を確認。
恐らくラダーまでは残り約二十キデルトといったところだろう。
「レイ、そろそろ昼食にしようか?」
偶然すれ違った巡回中の騎士がこちらを見た。
どうやらその男は、レイの名前に反応したようだ。
「ま、まさか! レ、レイ・ステラー団長!」
その騎士は、すぐに馬を降りレイに向かって最敬礼した。
他の騎士たちもそれに続く。
「やめなさい、トレバー・レビン小隊長。私はもう団長じゃないのよ?」
レイは騎士の名前を知っていた。
地方の小隊長クラスまで名前を覚えているようだ。
「た、確かにそうですが、私たち騎士団は団長に多大なる恩義がありますゆえ」
「その気持ちだけありがたく頂戴するわ」
「ハッ、もったいなきお言葉」
レイが苦笑いしながら馬を降りた。
俺も馬を降り、成り行きを見守る。
「ところで、トレバー。あなたの隊はラダーが管轄だったはず。小隊長のあなた自ら、こんな街道に出てくるなんてどうしたの?」
「ハッ! それが、この付近にモンスターが出没したということで先日偵察に向かわせたのですが、偵察隊から連絡が途絶えました」
「それはいつ?」
「昨日のことです」
「報告は?」
「ハッ! 九番隊本隊に連絡用の大鋭爪鷹を飛ばしております」
「それは素晴らしい対応ね」
「ありがとうございます」
レイは完全に騎士団団長の顔になっていた。
だが、レイ自身も気づいたようで、苦笑いを浮かべる。
「あ、ごめんなさい。つい以前の癖が出てしまったわ。私が介入することではなかったわね」
「と、とんでもないです! むしろありがたいことです」
トレバーは恐縮しながらも、少し考えるような素振りを見せた。
「通常は私たちで対応しますが、団長は特別な存在です。恥を忍んでお願いいたします。可能であれば、ご同行願えませんでしょうか? 今回はどうにも不穏な空気を感じます」
「私は退団してるのよ? 騎士団で対応しなさい。と言いたいところだけど、そうね。私たちも冒険者として活動することだし、モンスターは気になるわね。同行してみようかしら」
「団長が冒険者! 確か元Aランクの冒険者だったと伺っておりましたが……」
「一応今も現役よ。ふふふ」
「し、失礼いたしました!」
レイが少し意地悪な顔をしたので、トレバーが取り乱した。
何より団長という呼び名が抜けきれていない。
余程レイを尊敬していたのだろう。
隊員たちは、団長だったレイを目の前に緊張しているようだ。
中にはレイに憧れて騎士団に入団した者もいる模様。
レイが同行することになり、ざわついている。
「ねえアル。それでいい?」
「ああ、もちろんだよ」
トレバーの視線が俺に向く。
「クロトエ騎士団、九番隊ラダー区小隊長のトレバー・レビンと申します」
「冒険者のアル・パートです」
トレバーと握手を交わした。
トレバーは健康的な褐色の肌をしていて、年齢は大体三十歳くらいに見える。
身長は俺と同じくらいで、鍛えられた均整の取れた体格をしている。
騎士団の鎧がよく似合う、叩き上げのベテラン小隊長といった印象だ。
ここにいる隊員の人数は五人、そして小隊長のトレバーを含んで合計六人。
こちらは俺とレイとエルウッド。
合計八人と馬八頭、狼牙一頭の集団で街道を南に進む。
南から来た俺たちは、街道をまた少し戻ることになった。
しばらく進み、街道から茂みに入る。
そして、約三キデルトほど進むと完全に林の中に入っていた。
鬱蒼とした林の中は、下手をすると迷ってしまうほど同じ景色が続いている。
トレバーが周辺を見渡しながら馬を止めた。
「報告ではこの辺りで、モンスターの目撃情報があったとのことでした」
全員馬を降りる。
すると、レイが俺の耳元に顔を近づけてきた。
「アル。モンスターの追跡調査は、まず現場をよく見ることよ。必ず手がかりが残っているわ。例えば足跡、爪痕、糞、体毛、体液、血液。ベテランになると臭いも分かる。それを見逃さないで」
レイが小声で教えてくれた。
恐らく、俺の討伐試験用にレクチャーしてくれているのだろう。
討伐試験は専用のクエストを受ける必要があるので、冒険者としての追跡スキルが必要だった。
ということは、この騎士団に同行したのは俺のためか。
俺はレイの言う通り、辺りをくまなく見て回る。
痕跡は見つからないが、ふと前方の茂みが動いたことに気づいた。
「レイ、今あそこの茂みが僅かに動いた」
「え? あそこって言われても、あなたの指差す方向百メデルト以上あるわよ?」
俺は数百メデルトくらいの範囲なら、岩壁の僅かな変化も見逃さない。
そのため、比較的簡単に希少鉱石の採掘が可能だった。
自分でも視力はいいと思っている。
「あなた、相当目がいいわね。さすが標高五千メデルトで生活していただけあるわ」
トレバーに視線を移すレイ。
「トレバー、百メデルト先で動きが見えたわ。隊を分けましょう」
「ハッ、かしこまりました。それでは私の隊を左右に分けます。三方向から接近しましょう」
「分かった。私たちはこのまま真っ直ぐ向かう。無理はしないで。何かあったら大声を出しなさい」
「ハッ!」
トレバーと隊員二人が左から迂回、俺たちが中央を真っ直ぐ、残りの隊員三人が右から迂回。
それぞれ五十メデルトほどの間隔で、身をかがめながら静かに草木の中を進む。
林の中は時折強い風が吹き、木々を大きく揺らす。
目的のポイントまで残り三十メデルトとなった時、何度目かの強風が吹いた。
かなり強い風だ。
「ぎゃあぁぁ!」
「ぐぼっ!」
「ぐあああ!」
右の隊員から聞こえる叫び声。
それと同時に、レイは声の方向へ走り出す。
俺もすぐに後を追う。
左側からトレバーも駆け寄ってきていた。
俺は走りながらも、本来向かうべき方向に目を向ける。
そこには霧のような空気の揺らぎと、蛇の尻尾のようなものが見えた。
隊員の元に到着すると、一人が泡を吹いて倒れており、一人は痙攣している。
最後の一人はよだれを垂らして笑っていた。
「毒だ!」
レイが叫ぶと全員が布で口を塞ぐ。
「しまった! 風下だったか!」
トレバーが叫んだ。
結局、泡を吹いてる隊員は絶命、痙攣している隊員ももう助からないだろう。
笑っている隊員を担ぎ、馬に乗せるも、次第に痙攣し始め息絶える。
たった一瞬で三人もの騎士の命が奪われた。
「くそっ! 私がついていながら三人もの隊員を」
トレバーが声を震わせながら叫んだ。
「すまないトレバー。私もいたのに」
レイも声を振り絞る。
「だ、団長……。これは避けようのない事故でした」
「それにしても、この毒は霧大蝮のものだと思うが、この一帯で生息している報告はあったか?」
「ありません。過去の記録でも、この区域にネーベルバイパーが出た事例は一件もありません」
神妙な顔つきの二人。
空気が重いが、俺は先ほど見た内容を伝えることにした。
「ポイントの方角で霧のような揺らぎと、蛇の尻尾らしきものが見えました」
「ネーベルバイパーで決まりね」
レイが答えた。
「ネーベルバイパーか……」
俺はモンスター事典の内容を思い出した。
◇◇◇
霧大蝮
階級 Bランク
分類 四肢型蛇類
体長約十メデルト。
大型の蛇類モンスター。
巨大な頭部、大きな動物や中型モンスターですら飲み込む顎、二本の長い牙を持つ。
直径一メデルトの胴体は、大型モンスターさえ締め殺す。
身体から霧状の毒を噴出する。
毒は二種類あり、頭部は吸い込むだけで死亡する猛毒。
胴体からは強烈な幻覚を見せる毒を出す。
あまりにも強力な毒は、成分のみだとAランクレベルと言われている。
また、猛毒は暗殺用に使われ、幻覚が見える毒は麻薬の成分として使われる。
そのため、犯罪組織によって高値で売買される。
硬度五の硬い鱗を持つため、鎧や盾の素材としても人気がある。
◇◇◇
犯罪組織によっては捕獲されたネーベルバイパーは麻薬の元となる。
放置すると国内に麻薬が蔓延するため、騎士団はこの手の犯罪組織と対立が激しいそうだ。
今回は毒に対しての装備がないため、これ以上の深追いは危険と判断。
俺たちは一旦ラダーの騎士団駐屯地へ帰還することになった。
林の中で、エルウッドが行方不明となっていた隊員三名を発見。
三人とも死亡していた。
隊員たちに言葉はない。
レイがトレバーへ視線を向ける。
「トレバー。辛いだろうが、死亡報告と遺族保証の申請を滞りなく行うように」
「ハッ! お気遣い感謝いたします」
「本件は私たちも協力する。ただ、部外者なのは変わらない。私たちのことは九番隊本隊に内密だ。隊員への箝口令は任せた」
「かしこまりました」
「そして、今回は冒険者ギルドとは無関係だ。直請けクエストに該当しないよう配慮を頼む」
「かしこまりました。それでは、帰還後ミーティングへの参加をお願いいたします」
「分かった」
遺体を回収し、騎士団の出張所があるラダーへ向かった。




