第44話 結末
事件から一ヶ月が経過。
今回の事件は、宰相ミゲル・バランのクーデターということで処理された。
ミゲルの謀略により王は暗殺。
ザインさんは王を庇って殉死。
レイさんやリマがクーデターを阻止し、ミゲルは拘束されたというシナリオだ。
これは新女王が決めたことだった。
そう、王位継承順位一位のヴィクトリア姫殿下が即位。
事件の真相を知っているのは、俺とレイさんとリマ、そしてヴィクトリア女王陛下のみ。
「アル。父の……国家の陰謀に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
ヴィクトリア女王陛下は、今回の件を心から謝罪してくれた。
原因になった不老不死を実現させる不老不死の石。
このことが広まれば、不老不死を求める者が出てくるのは間違いない。
エルウッドを巡って、必ず争いが起こるだろう。
だが、エルウッドを犠牲にさせないと女王陛下は仰った。
女王陛下にとってもエルウッドは大切な友人だと、涙を流してエルウッドに謝罪。
エルウッドは受け入れた。
俺は女王陛下に感謝しながらも、エルウッドの命を守るために、紫雷石と取り出された角の破壊を希望。
女王陛下もレイさんも納得してくれたので、二人の目の前で破壊した。
エルウッドの額の傷は、驚くほど早く完治。
身体は問題なさそうで安心だ。
俺にとって唯一の家族。
これからも一緒にいられることが嬉しい。
騎士団試験は当然ながら中止。
受験予定だったリアナ・サンドラは、憧れのザインさんが殉死したことをとても悲しんでいた。
「ザイン様の意志は私が継ぐ! 来年の試験は絶対合格するわ!」
「ああ、リアナなら受かるよ!」
「当たり前よ! アル、また来年会おうね!」
リアナは地元へ帰った。
来年の試験は、ぜひとも頑張ってもらいたい。
なお、騎士団試験を申し込んでいた者には、直前の試験中止ということで、国から支度金として金貨五枚が支給。
怒った者もいたそうだが、リアナは「帰りに贅沢できる!」と喜んでいた。
事件の首謀者とされたミゲル。
拘束されたミゲルの取り調べは、レイさんとリマ、そして女王陛下が行った。
情報漏えいを防ぐためだ。
ミゲルは事件後完全に別人となり、驚くほど素直に全てを話したらしい。
元々不老不死の石の文献を見つけたのがミゲルだったそうだ。
不老不死を発見した時は歓喜したが、個人で実現させるのは無理があった。
なぜならば、国家規模の予算と人員による研究が必要だったからだ。
そこには莫大な時間もかかる。
実際に、レイさんも紫雷石と銀狼牙を探す任務だけで数年かかっていた。
ミゲルは言葉巧みに不老不死を進言して、ジョンアー先王を巻き込んだ。
そして、ジョンアーが不老不死になった暁には、自分も不老不死になるという約束だったらしい。
失敗した今は王殺しの首謀者として、ミゲルとその一族、直接の配下全てが死罪と決まった。
まだ刑は執行されていないが、落ち着いたら執行されるだろう。
それほど王殺しの罪は重い。
――
俺は王都郊外の丘の上に立っていた。
横にはエルウッドとレイさんがいる。
「アル。つき合わあせてごめんなさい」
「いえ。大丈夫です」
「体調はどう?」
「問題ありません」
「そう、良かったわ」
レイさんと会うのは女王陛下と事件のことを話し合って以来、約一ヶ月ぶりだった。
俺は王都の安宿に滞在。
女王陛下は王城での宿泊を勧めてくださったが、丁重にお断りしていた。
俺の顔を見つめるレイさん。
「あの時、……陛下が私を斬った時ね。あれは本気ではなかったわ。陛下が本気なら私は死んでいた」
レイさんの悲しげな笑顔が印象的だ。
「私はね、冒険者時代に陛下と出会って、騎士団へ誘われたのよ。陛下がいなければ今の私はいなかった。陛下は本当に立派なお方だった……」
先王の国葬は、周辺諸国からの参列が過去最大だったそうだ。
それほど、周辺国で最も影響力を持つ先王の死は衝撃を与えた。
国葬の警備を取り仕切ったのは、当然ながら騎士団団長のレイさんだ。
それはまるで最後のご奉仕のように。
「私がラバウトへ行ったのは、紫雷石と銀狼牙を探し出すことが任務だったからなの。街でアルに出会ったのは偶然だったけど、まさかそのアルが銀狼牙のエルウッドと住んでいて、さらに紫雷石まで持っているとは思わなかったわ。発見した時は任務が一気に片づいたと安心したし、陛下や宰相も喜んでいた。私にとって任務は絶対だった」
レイさんは膝をつき、エルウッドに抱きつく。
「でも、アルとエルウッドと接していくうちに、私の考えは変わっていった。たった数日だけど、あなたたちと暮らした山での日々はとても楽しく、あなたという人間を知ることができた」
「ウォン」
「もちろん、エルウッドの優しさもね」
レイさんが立ち上がり、俺の顔に視線を向ける。
「そして、あなたに剣を教えたことは、私の誇りだと思うようになったのよ」
レイさんは静かに剣を抜いた。
俺も剣を抜く。
レイさんの剣は虹鉱石の剣で、純白の剣身は虹のような七色の光を放っている。
そして俺の剣は黒紅石の剣で、漆黒の剣身は夕焼けのような紅い光を放っている。
「真剣勝負は二回目ですね」
剣を構え、礼をする。
騎士団の正式な一騎打ちの作法だ。
特に号令もなく、一瞬の静寂のあと、レイさんが神速の突きを放つ。
砂埃が立った場所にはもうレイさんの姿はない。
まるで瞬間移動だ。
それを俺も突きで返す。
「……もう完全に私を超えたわね」
レイさんの剣が俺に届く前に、俺の切先がレイさんの喉の前で止まっていた。
「俺の師匠はいつまでもレイさんです」
「……ありがとう」
レイさんが優しく微笑む。
聖母のような美しくも儚い微笑みをたたえ、丘に刺さった剣を見つめる。
「ザインはね、ここから見る景色が好きだったのよ」
亡くなったザインさんは、騎士専用の墓地に墓が建てられていた。
しかし、ザインさんの剣だけは、この丘へ持ってくるとレイさんが希望したそうだ。
俺たちはザインさんの剣の前で、ザインさんに見てもらうかのように一騎打ちをした。
「アル、ありがとう。ザインに見てもらえたと思う。あなたの実力を」
「俺は最後、ザインさんに何も言えなかったです。ザインさんにお礼を伝えなければならなかったのに……」
「いいえ。私たちが間違っていた。ザインも過ちに気づいていたと思う。でも、騎士にとって王命は絶対……。こんなのおかしいよね。間違ってるよね」
「レイさん……」
「ザイン、ごめんなさい……。私が止めるべきだった」
声を震わせるレイさん。
王殺しは死罪だ。
一族も含めて死罪となる。
後から聞いた話だが、ザインさんは天涯孤独だった。
レイさんに憧れ、血反吐を吐くほどの努力をして騎士団に入団。
入団後は年下のレイさんを尊敬し、時には母、時には姉と、家族のように慕っていた。
そこに俺が現れたことで、レイさんが変わってしまい、取られた気になったようだ。
ただ、最後はレイさんのことを想い、王殺しの罪を一人で被ろうとしたのだろう。
今となっては分からないが……。
俺とレイさんは、改めてザインさんの剣に祈りを捧げた。
どれほど時間が立っただろうか。
日没が迫り、空は赤く染まっていた。
「アル、ありがとう」
騎士団はこれから忙しくなる。
団長のレイさんを中心に、再編成を行うそうだ。
実は事件のあと、俺はヴィクトリア女王陛下やレイさんから、騎士団へ入団するように依頼されていた。
しかし俺は断った。
確かに当初は騎士団へ入るつもりだったが、それは自分の意志ではなかったと思う。
今回の件でエルウッドにしたことを許せない気持ちもある。
何より俺は、自分の気持ちに正直に、自由に生きていこうと思った。
「アルはこれからどうするの?」
「ラバウトへ帰ろうと思います」
「……そうなのね。あなたの人生はこれからだもの。たくさんの選択肢があるわ。あなたなら何でもできるわよ」
「……悩みます」
「ふふふ、悩みなさい。悩みは若者の特権よ」
「ま、またそれを! レイさんと俺は三つしか変わりませんよ!」
「私はあなたの師匠よ。ふふふ」
レイさんとのやり取りも、これが最後になると思うと寂しい。
「アル、寂しくなった?」
「い、いや……、そんなことは……」
完全に見透かされていた。
強がっても仕方がない。
「……はい、寂しいです」
「ふふふ、今度は正直ね」
俺の正面に立つレイさん。
「アル、これからも元気でね」
「はい、レイさんもこれから頑張ってください」
「ありがとう……」
レイさんが少しうつむき、下に真っ直ぐ伸ばした左手の肘を右手でさすっている。
夕日を背にしたレイさんの顔は影となり、表情が見えない。
「アル……あ、あのね」
「どうしました?」
「ううん……。なんでもないわ。行きましょう」
俺たちは馬にまたがり、丘を後にした。
◇◇◇
地平線に沈みゆく夕日。
小高い丘には騎影二つと狼牙の影が伸びる。
影は徐々に遠のく。
丘に刺さるザインの剣。
その横にはレイが長年使っていた細剣が刺さっている。
二つの剣は支え合うように、地平線を見下ろしていた。
◇◇◇
第二章が終了しました。
アルの物語はこれからです。
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