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第12話 ただの鉱夫

 翌日、食堂で朝食を取っていると、ワイズが俺の正面に座る。


「ん? ワイズ! その傷はどうした?」

「ああ、洞窟内で頭をぶつけてな」


 ワイズは額に包帯を巻いていた。


「元鉱夫とはいえ、現役を離れて感覚が鈍ったんじゃないか? 隻眼なんだし、周囲に気をつけろよ」

「心配無用だ。それよりヴァン、今日は頼むぞ」

「ああ、頑張るよ。だけど、何をすればいいんだ?」

「聞かれたことに答えるだけだ。あとは採掘の実演だな」

「分かった」


 俺は牛鶏(クルツ)の目玉焼きをトーストに乗せ、豪快にかぶりつく。

 王城でこんな食べ方をしたら、「アル様汚い!」とマリンに怒られるだろう。


 潜入先で最も気をつけることは食事だ。

 食事の仕方に生活水準が表れるし、使用する調味料で出身地がバレることもある。

 テーブルマナーも国家によって違う。

 俺は鉱夫という職業柄、マナーを気にせず豪快に食べていた。


「なあワイズ。帝国資源局(ウィシュハ)の局長って、帝国の貴族様なんだろ?」

「ああそうだ。六大貴族だ。今日は現当主のサムエル・ルーファ様がいらっしゃる」

「そんな偉い人がこんなところに来るのか? 危険じゃないか?」

「先週は皇帝陛下だって来ただろう? それにな、竜光石は輸出品として帝国の将来を担う。だから他にも竜光石の鉱脈を探す必要がある。そのための視察だ」

「そうは言うけど、現時点で竜光石はここと最も深き洞窟(エルサルド)しかないだろ?」

「そうだな。ラルシュ王国が受け持ってる最も深き洞窟(エルサルド)だ。しかし、あれは実質的に世界会議(ログ・フェス)参加国のものだ。だから帝国は独自の鉱脈を増やしたいんだよ」

「なんだか凄い話だな」

「それほど凄い鉱石ということだ。飛空船と同じで、世界に産業の革命をもたらす」


 ワイズの言う通りだった。

 竜光石は貴重なため一般には出回ってないが、すでにラルシュ王国では実用しており、王城や飛空船の照明に使用している。

 恒久的に使用できるため、火をつける手間がなく燃料が切れることもない。

 これが普及したら人々の生活は大きく変わる。


 さらにラルシュ王国では、極秘で開発を行っていた。

 偶然発見したのだが、竜光石はエルウッドの雷の道(ログレッシヴ)を通す。

 シドやトーマス兄弟は歓喜し、竜光石を利用した新たな装置の開発に力を入れていた。


 朝食を終えた俺は、トロッコに乗り洞窟最深部へ向かう。

 いつもより警備が厳重の中、採掘を開始。

 昼休憩を迎える頃になると、最深部にいる職員たちの動きが慌ただしくなった。


「到着されるぞ!」

「全員手を止めろ!」


 職員たちが大声で指示を出している。

 すると、丁寧に洗浄されたトロッコが到着。

 大勢の騎士と、ひときわ豪華な服装の男が降り立つ。


帝国資源局(ウィシュハ)局長のサムエル閣下だ! 全員敬礼!」


 身長は俺よりも低く、小太りの中年。

 丸い顔に黒い髭が印象的だ。

 真っ白な雪鬣獅獣(スラーヴェ)のコートを着ており、胸には無数の勲章が輝く。

 雪鬣獅獣(スラーヴェ)の毛皮は、コートの素材として最高級で、恐ろしく高価だ。


 ワイズの号令とともに、帝国式の最敬礼を行う。

 ここにいる全員が、今朝ワイズに教えられていた。


 このサムエルよりも遥かに格上の皇帝陛下が来た時でも、これほどの出迎えはしていない。

 ナブム採掘ギルドでは、皇帝よりも立場が上のような扱いだ。

 権力への執着心が見える。


「ヴァンという者はおるか」

「ハッ! 私です」


 サムエルに名前を呼ばれた俺は、一歩前に出る。


「優秀な鉱夫と聞いておる」

「身に余る光栄に存じます」

「ふむ、これからも帝国のために励むが良い」

「ハッ!」

「これは褒美じゃ」


 サムエルが右手を上げると、配下の者が革袋を取り出す。

 俺は跪き、両手で革袋を受け取った。

 重量から金貨十枚は入っているだろう。

 鉱夫にとっては大金だ。


 その後もサムエルは最深部の様子を見て回る。

 同行した俺がサムエルの質問に答えたり、採掘を実演して見せると、満足げな表情を浮かべていた。


「これで我がルーファ家は躍進するだろう」


 サムエルはそう言い残し、トロッコに乗り込んだ。

 最深部にいる全員でサムエルを見送ると、ワイズが合図を出すかのように両手を叩く。


「全員良くやった! 今から昼休憩だ!」


 鉱夫たちが一斉にツルハシを置いた。

 昼食は心なしかいつもより豪華に感じる。

 午後のために食事を頬張っていると、ワイズがテーブルの正面に座った。


「ヴァンよ。その褒美をギャンブルで溶かすなよ。くくく」

「もちろんさ。まだ中は見てないけど相当な金額だ。驚いたよ」

「ああ、サムエル様も期待されているご様子だった。それにな、実際に採掘現場を見て興奮されたようだ」


 昼食を終え、午後の採掘が開始。

 そして、その日の採掘が終了すると、いつものようにワイズが竜光石を取りに来た。

 配下が持つ籐籠に竜光石を入れていくワイズ。


「あれ? ワイズ、いつもより持っていく量が多くないか?」

「ああ、竜光石を増やすことになった。サムエル様の指示だ」


 抜き取る量が増えたところで、ワイズから支払われる報酬が増えるだけだ。

 結果的に、採掘で受け取る金額は変わらないので不満はない。

 そのため、鉱夫たちは横領に気づかないし、密告が出ることもないだろう。

 だが、帝国の損失は日々大きくなっていく。

 それに、竜光石の横領が増えたということは、ディプロクスに与える量が増えるということ。

 これ以上、竜光石を摂取させるのは危険だ。


「今日決行しよう」


 俺はトロッコに乗り宿舎へ戻った。


 宿舎で夕食は取らず、すぐに出かける準備をする。

 そして、宿舎の職員の元へ急ぐ。


「明日は休みだから、これから市街地へ行くよ」

「なんだよヴァン。お前またギャンブルか?」

「アハハ。そうだよ。今日はボーナスをもらったからな。今日こそ勝つ。で、花街に泊まるんだ」

「かー、お前も好きだな」

「じゃあ、よろしく」


 宿舎から離れると、毛布に包んだ地上の王者(レ・オル)を取り出し腰のベルトに吊るす。

 そして、ワイズが岩食竜(ディプロクス)を呼ぶ洞窟へ走って向かう。


 洞窟が見える茂みに到着すると、ちょうどワイズたちも到着した様子だった。

 これからディプロクスを呼ぶのだろう。


「ディプロクスを呼ぶ前に、ワイズを押さえるか」


 あのディプロクスは厄介だ。

 今の装備で竜種と同格の外殻を持つディプロクスに対抗するのは難しい。


「行くか」


 俺は大きく息を吐き、覚悟を決めた、

 そして洞窟に向かって歩き出し、ヴァンの前に姿を現す。


「ヴァンか……。お前たちは竜光石を置いて宿舎へ戻れ」


 ワイズが指示を出すと、配下の者たちが短山馬(ロトウル)から籐籠を下ろす。

 そして、短山馬(ロトウル)を連れてこの場を離れた。


「そろそろ来ると思ってたよ。お前何者だ?」

「何者って、ただの鉱夫だ」


 答えた瞬間、ワイズが俺の顔に向かって何かを投げつけた。

 瞬時に理解した俺は、それを右手の指二本で挟み取る。


「おいおい、ただの鉱夫が投短剣(ナイフ)を指で取るか?」

「だから鉱」


 俺が答える前に、さらに飛んでくる二本の投短剣(ナイフ)

 俺は即座に右へ飛び込み、地面で一回転して避ける。

 起き上がると同時に、ワイズが両手に握った二本の暗殺短剣(アサシンダガー)を振り下ろしてきた。


「くっ!」


 俺に地上の王者(レ・オル)を抜く暇すら与えない攻撃だ。

 俺はワイズの右肘を殴って右手を弾き飛ばし、振り下ろされる左手を掴む。


「クソ!」


 ワイズは叫びながら、俺の顎を狙って右膝を蹴り上げてきた。

 俺は即座にワイズの左手を離し、背後へ大きく飛び退く。

 だが、ワイズはさらに三本の投短剣(ナイフ)を投げつける。


 俺が初めてレイに剣を教わった時に、短剣(ダガー)使いとは戦わないように言われていた。

 特に暗殺短剣(アサシンダガー)の達人は危険極まりない。

 剣筋を読むことは不可能な上に、暗殺者は投短剣(ナイフ)や毒剣、暗器も使う。

 接近戦も遠距離戦も不利な状況となる。


 しかし、それは初めて剣を持った時の話だ。

 飛び退いた僅かな時間で、俺は地上の王者(レ・オル)を抜き、高速で飛来する三本の投短剣(ナイフ)を叩き落とした。

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