第9話 接触
寒さに耐えながら潜伏するも、動きはなく日の出を迎えた。
俺は洞窟内へ侵入し、くまなく探索。
すると、僅かに光を放つ石の欠片を発見。
「これは岩食竜の外殻か?」
二セデルトほどの竜光石のような小さな欠片を拾った。
もしこれが昨日見たディプロクスの外殻であれば、その硬度は竜光石を超えているはずだ。
俺はポケットから竜光石を取り出す。
採掘中密かに抜き取ったもので、大きさは直径約五セデルト。
拾った欠片を岩の上に置き、右手に持つ竜光石で叩きつけた。
鈍い音が響く。
割れたのは土台の岩と、右手の竜光石だ。
「硬度九の竜光石が割れた。間違いない。この外殻は硬度十以上だ。信じられないな」
ディプロクスの外殻は竜種と同等以上の硬度と考えるべきだろう。
「危険極まりないモンスターだ。どう対処すべきか……」
頭を捻るも答えは出ない。
そして、どんなに悩もうが腹は減る。
リュックから干し肉を取り出した。
硬い干し肉を噛みちぎり、何度も奥歯で噛み無理やり飲み込む。
「こういう食事も久しぶりだな」
最近のクエストは飛空船で行くため、常に温かい食事と快適なベッドが用意されていた。
「でも、これが俺の原点だ。この感覚を忘れちゃいけない」
国王ということで優遇されることもあるが、これからも冒険者としての感覚を忘れないようにと、改めて自分自身に誓った。
引き続き、周辺の調査を行う。
大きな発見はないものの、外殻の欠片をいくつか拾った。
夕方を迎えると、ワイズたちが姿を現す。
昨日と同じように洞窟内へ竜光石を運ぶワイズたち。
しばらくして洞窟の外へ出てきた。
「今日はディプロクスを呼ばないのか」
どうやら、数日に一度のペースで竜光石を与えているようだ。
「これ以上進展はないな」
俺は気配を消したまま宿舎へ戻った。
宿舎の食堂で夕食を注文。
一日ぶりの温かい食事だ。
いつもより多めに注文して食べていると、テーブルの正面にワイズが座った。
「ヴァン、今日はよく食べるな」
「ちょっと腹が減ってな」
「昨日からどこへ行ってたんだ?」
「ああ、ギャンブルで負けたから、腹いせに花街へ行ったんだ」
「花街に?」
「まあね。洞窟最深部で稼がせてもらってるからな」
「ギャンブルに花街か。見た目によらず荒くれだな。くくく」
「だから稼げる鉱夫をやってるんだ」
ワイズは声を上げて笑っているが、瞳の奥は笑っていない。
じっくりと俺を観察するような目つきだ。
俺はその鋭い視線に気づかない振りをする。
「明日は連休最後の大勝負だ。ここまでの負けを取り戻す」
「ほどほどにしておけよ。くくく」
そう言い残し、ワイズは席を立った。
――
翌日、乗合馬車でナルブム市街地へ向かう。
繁華街の入口で降車し、大通りを進む。
この通りは飲み屋の呼び込みが激しい。
「あらお兄さん、良い男ね。飲んでいかない? サービスするわよ」
賭博場へ向かって歩いていると、一人の若い女性が声をかけてきた。
「行くところがあるんだ。悪いな」
そう伝え先を急ごうとするも、女性が俺の腕を両腕で抱え込んだ。
強引な呼び込みに少し驚く。
「待って! お兄さん良い男だから、うんとサービスするわ!」
回りにアピールするかのように大きな声を出しながら、すかさず俺の耳元に顔を近づける女性。
耳に吐息がかかるほどだ。
「帝国情報局です。無礼をお許しください」
「仕方ないなあ。分かったよ。店に行くって」
俺も大きな声で女性に答えた。
そのまま俺の腕を組んだ女性に連れられ、一軒の店に入る。
個室に入った瞬間、その女性が跪いた。
「アル陛下、ご無礼をお許しください」
「大丈夫。気にしないで」
「ありがたきお言葉。感謝申し上げます」
「いいからさ。とりあえず、座ろうよ」
「ハッ! 失礼いたします」
個室の六人がけテーブルにつく女性と俺。
すると、別の若い女性がポットを持って部屋に入ってきた。
ポットからは懐かしい珈琲の香りが漂う。
「ラルシュ産の珈琲でございます」
「わざわざありがとう」
「も、もったいなきお言葉」
二つのカップに珈琲を注ぎ、若い女性は退室。
正面に座る帝国情報局の女性が、珈琲に異物がないことを証明するかのように口にした。
俺は少しばかり毒の知識がある。
元々薬草に詳しいこともあったが、オルフェリアに教えてもらっていた。
オルフェリアはあらゆる毒を研究し、さらに耐性をつけるため自身の身体で摂取していた過去を持つ。
その影響で酒に酔わず、麻酔薬も効かない身体になっているほどだ。
恐らくオルフェリアより毒に詳しい研究者はいないだろう。
俺は珈琲カップを手に取り、香りを嗅ぎ、僅かに口に含む。
問題ない。
まごうことなきラルシュ産の珈琲だ。
「うん。美味しいね」
「ありがとうございます」
女性は安心した様子だ。
「この店は二月ほど前から、帝国情報局が調査のために借り切っております。どうかご安心ください」
「それを証明することは?」
「ハッ! こちらです」
女性が一枚の書類を取り出す。
「シルヴィア陛下とオルフェリア様の署名です」
受け取った書類を確認すると、今回のクエスト依頼書の原本だった。
依頼人であるシルヴィアのサインと、受諾したオルフェリアのサインがあり、それぞれ正式な刻印がされている。
確かにこれは本物だ。
「ありがとう。確認した」
「ハッ!」
「そうえいば、帝国情報局の諜報員が洞窟に潜伏していただろう?」
「はい。一昨日から連絡が途絶えていて……」
「……死んだよ」
「そ、そうでしたか」
「現場付近に埋葬した。帝国の祈りを捧げている」
「陛下にそこまでしていただいたのですか! お、お手を煩わせてしまい申し訳ありません!」
「助けられなかった。すまない」
「そ、そんな!」
女性は「これは任務です」と、何度も頭を下げ謝罪していた。
俺は珈琲を口にする。
俺のために、わざわざラルシュ産の珈琲を取り寄せてくれたのだろう。
その気遣いが嬉しい。
俺たちは現在判明している情報を共有した。
だが岩食竜に関しては、情報漏洩を懸念し伏せる。
人の手で竜種と同等クラスのモンスターを作り上げることができるなど、あまりに危険な情報だからだ
「それにしても、一つ不明な点があるんだ。帝国資源局の動きだ。帝国資源局は皇族が運営しているのだろう? どうして横領なんてするんだ? 帝国に……皇帝陛下に背くのはなぜだ?」
「そ、それは……」
女性が言葉を濁すと、突然部屋の扉が開いた。