第7話 三連休
「ヴァン、調子はどうだ?」
最深部の広場に並べられたテーブルで昼食を取る俺に、ワイズが話しかけてきた。
そのままテーブルの正面に座る。
「竜光石には驚いたよ。こんな鉱石は初めて見た。自ら光る鉱石なんて信じられない」
もちろん俺は竜光石を何度も見ている。
「くくく。ヴァンの驚きも分かるぞ。竜光石は世界を変えるからな」
「そうだろうね。燃料が不要で恒久的に光る。人々の暮らしは格段と良くなるはずだ。今は貴重な鉱石だけど、採掘量が増えれば価格も下がる。そうすればもっと普及していくだろう」
「なんだよ。為政者のような発言だな」
「え? い、いや」
焦る俺を横目に、ワイズは竜光石が埋まる壁面に視線を向けた。
「だが、ヴァンの言う通りだ。現在発見されている竜光石は、このナブム洞窟と元デ・スタル連合国の最も深き洞窟だけだが、もっと発見されれば世界を牛耳ることもできる」
「おいおい、物騒な発言だな。だけど竜光石は希少鉱石でもレア中のレアだ。どうやって発見するかが課題だろう」
「まあ方法はある」
「え?」
「竜光石を発見したというラルシュ国王に感謝だな。くくく」
ワイズは笑いながら席を立った。
午後の採掘が開始。
この地へ来て鉱夫に専念したことで、俺は完全に鉱夫の感覚を取り戻していた。
ひたすら竜光石を採掘していく。
正直楽しい。
「やっぱり俺の職業は鉱夫だな。こんなことユリアに聞かれたら怒られるけど。アハハ」
最深部に笛の音が響く。
終業時間の合図だ。
採掘した鉱石をまとめていると、ワイズが近づいてきた。
「ヴァン。採掘結果はどうだ?」
「竜光石も希少鉱石も豊富で驚いたよ」
「見せてみろ」
ワイズは俺の籐籠に入っている鉱石を手に取った。
「ほお、凄いな。最深部初日でこれほど採るとはな。さすがだぞ。品質も良いじゃないか」
ワイズが手に持つ竜光石を、別の籐籠へ移し入れていく。
「お、おい、ワイズ」
俺は焦った振りをして、ワイズ声をかけた。
「こんなもんだな。この竜光石は別部門で買い取る。残りはいつもの計量所へ持っていけ」
「え?」
「俺は別部門の主任も兼任している。そこは竜光石専門なんだ」
そう言いながら、金貨一枚を俺に手渡すワイズ。
「初日だから少し色をつけた。ギャンブルで使いすぎるなよ。くくく」
ワイズが合図を出すと、配下が籐籠を短山馬に括りつける。
他の鉱夫からも集めた竜光石を、五頭の短山馬で運び、そのまま出口へ向かって歩き出した。
俺は続いて、近くにある計量所へ鉱石を提出し、銀貨八枚を受け取る。
採掘された鉱石はトロッコで大量運搬されていく。
ワイズが買い取った竜光石は、どう考えても帳簿に載らない。
横領しているのは間違いないだろう。
だが、毎日買い取っているのであれば相当な量になるはずだ。
竜光石は流通量が少なく、市場に出回れば即座に出所が分かる。
どのように処理しているのだろうか。
――
最深部へ移動して一週間が経過。
「さて、ここへ来て初めての連休だ。本格的に調査するか」
今日から三日間の休みだ。
ナブム採掘ギルドは月に一度、通常の休息日とは別に連休が設けられている。
過酷な職業である鉱夫への配慮だった。
俺は宿舎に三日間の外泊申請を行う。
そして、乗り合い馬車でナルブム市街地の賭博場へ向かい、昼からギャンブルで大負けして痕跡を残す。
夕焼けが始まる前には、密かにナブム洞窟へ戻った。
隠しておいた長剣の地上の王者を腰に吊るす。
「ワイズたちの行動を探ろう」
終業時間を過ぎると、洞窟内から何台ものトロッコが運び出される。
洞窟入口の集石場には、大量の鉱石が集まり鉱石ごとに仕分けされていた。
だがワイズが集めた竜光石はトロッコで運ばれない。
しばらく待つと、ワイズと配下二人、そして五頭の短山馬が出てきた。
「来たぞ」
洞窟を出たワイズたちは集石場とは別の方向へ進む。
俺は完全に気配を消して追跡を開始。
恐らくワイズは暗殺者だ。
周囲の気配も感じ取るだろう。
洞窟から数キデルト進み、小さな洞窟に入っていくワイズ一行。
入口は直径十メデルトほどだ。
中に入るのは危険だろう。
外でしばらく待つことにした。
「さっきから気配を感じるが……。俺が監視されている? いや、それはない」
洞窟内に入ったワイズたちの気配が消えても、僅かに人の気配を感じる。
人がいない高山で長年生活していた俺は、生き物の気配に敏感だった。
「もしかして、俺の他にも諜報員が潜伏してる? だけど、うちの調査機関じゃない。ということは帝国情報局か?」
日没を迎え周囲が闇に包まれた頃、洞窟内から揺らめくランプの光が見えた。
ワイズたちが洞窟から出てきたようだ。
夜目が利く俺は、ワイズたちの動きが見える。
洞窟の入口付近でワイズが指示を出すと、配下の二人が突然走り出した。
俺が感じていた諜報員の存在がバレてしまったようだ。
諜報員は走って逃げようとするが、ワイズが投短剣を投てき。
倒れる諜報員を配下が二人がかりで地面に押さえつけた。
「ワイズ様、捕らえました」
「こいつは……。見たことがある。帝国情報局の諜報員だ」
太ももと背中に刺さる二本の投短剣を無造作に抜くワイズ。
「帝国情報局の諜報員がなぜここに? どこまで掴んでいる?」
「……何も喋らん。拷問も無駄だ」
血を吐きながら答える諜報員。
「知ってるよ。帝国情報局の諜報員は調査時に無痛の薬を飲む。拷問は効かん」
「さあ殺せ」
どうする、助けるか。
しかし俺の存在がバレてしまう。
だが、見捨てるわけにもいかない。
俺は手のひらほどの石を掴み、洞窟がある崖に向かって空高く放り投げた。