第4話 初めてのギャンブル
翌日、自室でレイと朝食を取る。
「さて、そろそろ行こうかな」
俺の足元に寄ってきたエルウッドの頭を撫でた。
「エルウッド、俺が不在の間はレイをよろしくな」
「ウォン!」
そして、レイの紺碧色の瞳を見つめる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「心配してないけど、無理はしないでね」
「ああ、もちろんだよ。ありがとう」
俺の胸に抱きつくレイ。
そっと唇を重ねると、扉をノックする音が響いた。
乾いた音は少しだけ嫉妬しているかのようだ。
「迎えが来たかな」
「そうね」
執事のステムだ。
「陛下、空港までお送りいたします」
「ありがとうステム」
ステムが用意してくれた馬車に乗り、アフラ郊外のラルシュ空港に到着。
この空港はラルシュ航空の飛空船を中心に、各国の飛空船が乗り入れており世界でも最大規模を誇る。
ラルシュ航空は我が国の航空会社として、新たに設立された国営企業だ。
出国手続きは運輸大臣のマルコがすでに処理しており、俺はそのままイーセ王国サルガ行きの飛空船に搭乗。
そもそも俺はSランク冒険者のため、冒険者カードを提示すれば無条件で国境を超えることができる。
だが今回は偽名を使い、本人確認書類も関係国家了承の元、別の物を用意した。
俺の搭乗を知り緊張しているラルシュ航空の職員に挨拶し、飛空船の一般席に座る。
半日も絶たずにサルガ空港に到着。
ラルシュ王国内では俺の顔が知られているが、国外に出れば俺の顔を知る者はいない。
ここからは完全に一人で活動する。
サルガ空港でイーセ航空の飛空船に乗り換え、フォルド帝国の古都ウグマへ飛ぶ。
ウグマの宿で一泊。
翌日、フォルド航空に乗り換え、帝都サンドムーンへ移動。
サンドムーンから目的地のナブム氷原までは、鉱石輸送用の飛空船に搭乗。
細かく移動を繰り返すことで、俺の痕跡を複雑化し足取りを掴めないように細工した。
ナブム氷原の街、ナルブムに到着。
すでに夕焼けが始まっていた。
「ふう、座ってるだけでも疲れるな。あともう少しだ」
空港を出て、ナルブム市街地行きの馬車に乗車。
現在のナブム氷原は、竜種がいないため気候が安定している。
ただし始祖もいないため、遠い未来、この地は衰退していくだろう。
「冷えるな」
気候は安定していても気温は低い。
吐く息は白く、指先が冷たくなる。
俺は手持ちの大きなバッグからコートを取り出した。
先日購入した安物のコートだ。
今は国王という立場から、身だしなみにも注意するように言われている。
だが今回のクエストでは、借金している鉱夫を演じる必要があった。
これで、それなりの身なりに見えるだろう。
繁華街に到着し馬車を降車。
この街はナブム洞窟の採掘で賑わっており、採掘関係の人間で溢れかえっていた。
そうなると繁華街もそういった客を相手にする店が増える。
「凄い活気だな」
飲食店や道具屋はもちろんのこと、花街まであるようだ。
「さて、行くか」
俺は繁華街を進み、緊張しながら大きな賭博場へ入った。
まずはギャンブルで大負けする予定だ。
「ルーレットがいいって話だったな」
リマからギャンブルについて教えてもらった際に、最もルールが簡単なルーレットを勧められた。
銀貨一枚をチップに交換し、ルーレット台に座る。
「えーと、あの玉が止まる数字を当てれば良いんだよな」
ディーラーがルーレットを回し、白玉を投げ入れ、数字に止まる。
その数字を当てるだけなので確かに簡単だ。
「よし、賭けよう」
ディーラーがルーレットを回し、白玉を投げ入れた。
「さあ、賭けた賭けた!」
声を張り上げるディーラー。
俺は一つの数字に、手持ちのチップを全て置く。
「兄さん有り金一点賭けか! 当たるとでかいぞ!」
笑っていたディーラーだが、白玉が止まると表情は一変。
大量のチップとなって俺の元に戻ってきた。
それをまた全て賭けると、さらに大量のチップとなる。
「お、おい! ルーレットでバカ勝ちしてるやつがいるぞ!」
「一点賭けで二回連続当てた!」
「イカサマか?」
「いや、ルーレットじゃできないだろ!」
ちょっとした騒ぎになってしまった。
俺自身驚いているのだが、ルーレットの回転速度や白玉の投入角度などから、どこに止まるかはっきりと分かる。
しかし、今回は当ててはいけない。
むしろ大負けする作戦だ。
山のようなチップを一つの数字に賭けた。
結果は当然外れ。
「なんだよ。偶然かよ」
「そりゃそうだろ」
「ちっ、つまらん」
周りに集まっていた見物人たちが消えていった。
俺はさらに金貨一枚を取り出し、チップに交換。
金貨一枚なんて、鉱山労働者にとってみれば驚くほどの大金だ。
だが、ここはあえてギャンブルで大負けする若者の噂を広める必要がある。
負けるのは簡単だった。
翌日も賭博場へ足を運ぶ。
金貨一枚をチップに交換。
ルーレット台に座り、最初は勝ち続ける。
増えたチップを換金すれば、金貨五十枚近くにはなるだろう。
だが、最後は全てを賭けて負けた。
「これで噂になっただろう」
小さな声で呟きながら、俺は賭博場の外に出た。
「兄さん、金が必要だろ?」