最終話 鉱夫剣を持つ
ノルンがベルフォン島へ移住してから一年が経過。
「久しぶりだな」
「そうね」
俺とレイは、始祖と竜種の三柱を引き連れベルフォン島に上陸。
王の赤翼でベルフォン遺跡に入った。
洞窟内を進み、居住区で下船。
ノルンが住む建物へ歩く。
「ウオォォォォン!」
エルウッドが遠吠えで来島を伝えると、一軒の建物の扉が開く。
「ノルン!」
「エルウッドの声が聞こえたからな。アルよ。近頃はなかなか来ないじゃないか」
「忙しんだよ。一応国王やってるからさ」
「ふん、お主のところはシドやオルフェリアなど、優秀すぎる人材が多くいるじゃろう」
「皆も忙しいのさ。はい、これお土産。クトゥルスの麻酔薬と、マリンお手製のアイスクリームだよ」
小言を言いつつもノルンの表情は緩んでいる。
シドが作る麻酔薬はクストゥルに効果があり、マリンのアイスクリームはノルンの好物だった。
「ふん。もっと頻繁に来い」
俺たちはノルンに案内され部屋に入った。
レイはキッチンへ進む。
「ノルン、新しく栽培した珈琲を置いていくわね」
キッチンからレイの声が聞こえた。
今回はアフラ産の珈琲をたくさん持ってきている。
「ノルン、元気そうで何より」
「不老不死じゃしな」
「アハハ。そうだった。研究は進んでる?」
「それがアルよ。聞くがよい。次の新薬は凄いのじゃ。これはのう」
ノルンが嬉々として新薬の説明を始めた。
ノルンは死の病に効く薬の製造方法を無償で公開。
他にも新薬ができると公開している。
ノルンのおかげで、世界の医療技術は目覚ましい進歩を遂げた。
「ふふふ、楽しそうね、ノルン」
「う、うるさいのじゃレイ!」
キッチンから珈琲ポットを運ぶレイ。
三人分のカップを用意し、珈琲を注ぐ。
「そうだ。ノルンにお願いがあるのよ」
「何じゃレイ」
「肌を保湿する薬品を作って欲しいのよ」
「何を言っておるのじゃ。レイには必要なかろうて。一万二千年生きてる儂から見ても、その……お主はうつ……異常じゃ」
「何よ。人を化け物みたいに」
レイが頬を膨らませていた。
「失礼しちゃうわ。でもね、私だってもう二十歳代後半なんだから必要なのよ」
ノルンの言うことは尤もだ。
初めて会った時から、何一つ変わってないレイ。
それにレイはパーティーや晩餐会以外では一切化粧をしない。
それでも美しさは変わらず、むしろ最近は美しさが増していた。
「ユリアからも頼まれてるのよ。ブランドで販売して、国家の重要な収益にするって」
「ふん。あの強欲宰相め。三ヶ月後に取りに来い。作っておく」
俺たちが個人的に依頼している薬品は、ラルシュ王国が買い取っている。
ノルンは不満を口にしながらも、喜んで作ってくれていた。
「で、今回は何を聞きに来たのじゃ?」
「お見通しか。実はさ、十日間の休みが取れたんだ。冒険に出たい。どこか良い場所はないかな?」
最近の俺は、長期の休みが取れると古代迷宮の攻略を楽しんでいた。
ノルンに教えてもらったのがきっかけだ。
古代王国の中期から後期にかけて、民衆を相手にした迷宮が流行。
小規模なものから大規模なものまで様々な迷宮が存在する。
古代の王たちは、この迷宮で民衆の支持を得ていた。
「ふむ、十日か。してメンバーは誰じゃ?」
「俺とレイ、エルウッドとヴァルディ、そしてウェスタード」
「はあ? ふざけるでない。三柱がいたら、どんな迷宮でも容易く攻略できる」
「でも家族だしなあ。一緒に連れてってあげたいじゃん」
「まあ良い。どうせウェスタードは最深部に入れぬからな」
ノルンが一枚の地図を取り出した。
世界最大のクルシス砂漠を指差す。
「クルシス砂漠に王国中期の古代迷宮がある。当時の意地の悪い王が作ったものじゃ。美しさの欠片もなく、ただ挑戦者を罠にかけて殺戮する趣味の悪い迷宮よ。じゃが、貴様たちなら一週間もかからず制覇するじゃろう」
現在も大陸には古代迷宮がいくつも残っていた。
そこには古代王国の宝も眠っている。
「しかしじゃ。お主らに宝なんていらんじゃろうて。金なんぞ腐るほど持っておるじゃろう」
「え? 何言ってるんだよ。宝だよ? 金額とかじゃないんだよ。ロマンだよロマン。まあ古代王国の初代王様で、不老不死のノルンにはロマンなんて分らないか」
「な! 何を言うか! そもそも儂が迷宮を発明したのじゃぞ! 特に儂が作った迷宮はロマンの塊じゃ!」
「アハハ、じゃあ今度ノルンの迷宮に挑むよ」
「宝は見てのお楽しみじゃ。アルが見ても驚くはずじゃて」
「なんだって! それは今回じゃ無理なの?」
「いくらアルとレイでも十日は無理じゃの。シドとオルフェリア、リマとウィル、ローザもじゃな。それとマルコとアガスも連れて行くがよい。それでも一ヶ月はかかるじゃろうて」
「そんなに凄いんだ。じゃあ今度挑戦するよ」
ひとまず、今回攻略予定の古代迷宮を教えてもらった。
ノルンがクルシス砂漠の地図に航空路を記す。
「この航空路で飛ぶがよい。それにしても、マルコの地図は恐ろしく精度が高い。流石じゃのう」
「マルコに伝えるよ。喜ぶだろうな」
ノルンはトーマス兄弟の技術力を認めている。
畑は違えど、研究者や技術者同士で意気投合していた。
ノルンが地図を縦に丸め、俺に手渡す。
「ありがとう」
「もう行くのか?」
「そうだね。十日あるとはいえ、早く帰るとユリアが喜ぶから」
研究施設を出た俺たちは、白竜クトゥルスの神殿に目を向けた。
「クトゥルスの状況は?」
「シドの麻酔薬が役立っておる。今は安定しておるよ」
「そうか。良かった。クトゥルスによろしく」
「うむ。伝えておく」
少し寂しそうな表情を浮かべるノルンの肩に、レイがそっと手を置く。
「じゃあ行ってくるわね。ノルンお爺ちゃん」
「誰がお爺ちゃんじゃ!」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
「グゴゴゴ!」
「くそ三柱までバカにしおってからに」
そう言いながらも、ノルンの表情は嬉しそうだった。
「ノルン、また来るよ。ノルンもさ、たまにはラルシュ王国へ遊びにおいでよ。皆会いたがってたよ」
「ふん。儂は世界に恨まれておるからここにおる。それに儂が勝手に動いたら、お主たちに迷惑がかかるじゃろう」
「そんなことないよ。ノルンはもう十分償ったよ」
俺と握手を交わしたノルンは、レイと三柱に視線を向ける。
「レイよ。アルを頼むぞ」
「もちろんよ。私の愛する旦那様よ。ふふふ」
「三柱も頼んだぞ」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
「グコォォ!」
ノルンに別れを告げ、ベルフォン遺跡を出発。
王の赤翼を上昇させると、数百万羽の白夜鳥が一斉に飛び立つ。
それはまるで、俺たちの旅を祝福するかのようだ。
「アル! 見て! 白夜鳥の群れよ!」
「これは凄いな! 壮観だ!」
「ふふふ。アルのおかげで、美しい景色が見られるわ。ありがとう」
「何言ってるんだ。あの時レイが俺を誘ってくれたから、こうして冒険ができるんだ。こちらこそ本当にありがとう」
世界で最も美しい紺碧色の瞳を見つめ、そっと唇を重ねた。
新しい冒険が待っている。
世界はまだまだ見知らぬ土地ばかりだ。
だから俺はレイと旅をする。
これまでも、これからもそれは変わらない。
そして、素晴らしい仲間たちがいれば俺の冒険は終わらない。
「行こう!」
「ええ! どこまでもついて行くわ!」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
「グゴォォ!」
飛空船は赤く染まった夕焼けを背に、北東の空へ進む。
◇◇◇
イーセ王国の地方都市ラバウト。
一軒の本屋の前には開店前から行列ができている。
人気のシリーズ小説が完結を迎えることになり、たくさんの民衆が詰めかけた。
「ついに完結するらしいぞ」
「終わっちゃうの寂しい」
「本当だよな。もっと続いて欲しいよ」
行列を作る民衆たちが完結を惜しむ。
その中に一組の親子がいた。
「ねえねえ、お母さん。これってラルシュ王国のアル陛下がモデルなんでしょ?」
「そうよ。実はね、アル陛下はこの街出身なのよ。そして、お母さんの古いお友達なのよ」
「ええ! お母さん凄い!」
「あなたは赤ちゃんの頃、アル陛下に抱っこされたのよ」
「本当に? 凄い! アル陛下に会いたい!」
小さな子どもが母親の手を握りながら、大きな目を輝かせている。
行列の後ろでは、開店を待ち切れない民衆が噂話に花を咲かせていた。
「知ってるか、これって全部実話なんだぜ」
「は? こんなバカげた話が実話なわけないだろ」
「いや、実際アル陛下のエピソードは小説以上らしいぞ」
「そうそう、あまりにも現実離れしたエピソードばかりで、作者はむしろ抑えて書いてるらしい」
「本当かよ!」
「今後もエピソードが増えれば、続きが出るかもしれないぜ!」
「アル様にもっと冒険してもらうように手紙を書こう!」
その本の著者はステム・ソーガンという。
執事であるステムは、アルがまだ冒険者だった頃から、アルをモデルにした小説を書いていた。
発売当初から人気が出てシリーズ化されていたが、ついに最終巻の発売となった。
小説の内容はこうだ。
――
天空に届くような山の上で、一人ツルハシを振り採掘する孤独の青年鉱夫。
彼は偶然の出来事から剣を持ち、仲間と出会い、旅に出て、モンスターを討伐し、竜を倒し、国を作り、王となり、世界を救った。
そしてまた仲間たちと旅に出る。
彼の冒険は終わらない。
――
「開店だよ! 本はたくさんあるから安心して!」
店主が叫ぶと、我先に民衆が本に殺到。
飛ぶように売れていく。
「お母さん、買えたね! 帰って読むんだ!」
「頑張って字の勉強したものね。偉いわ。読み終えたらお母さんにも読ませてね」
「うん!」
少年が手にする本。
いたずらな風が吹き、めくれるページ。
あとがきに記されている言葉が見えた。
〜我が永遠の主、アル・パート様に捧ぐ〜
小説の題名は『鉱夫剣を持つ』。