第380話 帰国
翌日、俺はローザを見舞うため、皇城内の病室へ足を運んだ。
窓際のベッドに横になり、安静にしているローザ。
「ローザ、大丈夫?」
「陛下! ご足労いただきありがとうございます」
「ローザの活躍を聞いたよ。白狂戦士の鉤爪鷲竜を討伐したなんて凄いじゃないか」
「その結果がこのザマです」
「何言ってるんだよ。まだ冒険者としても活躍できるでしょ」
「もう引退してる身です。無理ですよ」
Aランクモンスターの白狂戦士の討伐は、現役のAランク冒険者だって難しいだろう。
それを引退しているローザと、解体師のオルフェリアの二人で討伐した。
冷静に考えると信じられない偉業だ。
俺に同行しているマリンが、ローザに水を入れてくれた。
「ローザ様、果物はいかがですか?」
「ああ、ありがとう」
マリンが真っ赤に熟れた林檎の皮を剥く。
俺の分も用意してくれた。
「そうだ。ローザにお願いがあるんだ」
「何を改まって。臣下ですよ? 何でも仰ってください」
「アハハ。ありがとう。新しい剣と鎧を作って欲しいんだ」
「新しい剣と鎧? 紅竜の剣と紅炎鎧があるじゃないですか?」
「一度折れてしまったんだ。ウェスタードの血で繋がったんだけど、せっかくだから新しい装備を作ろうと思ってね」
「そうは言っても、あれ以上の素材なんて……」
「ウェスタードの黒角があるっていったら?」
「なんですって!」
「俺から見ても、信じられない硬度だよ。完治したら取りかかって欲しい」
「分かりました。お任せください」
「ありがとう。頼むよ」
その後もウェスタードとの戦いや新装備の希望を伝えると、ローザは熱心に聞いてくれた。
「アル様、そろそろ」
「もうそんな時間か。分かったよ」
マリンが声をかけてきた。
「さて、じゃあオルフェリアにも会ってくるよ」
俺は部屋の扉へ向かう。
「陛下」
背後からローザに呼びかけられた。
「ん?」
「あ、あの……ありがとうございます」
「え? 何が?」
「私は陛下についてきて本当に良かったと、心から感謝しております」
「な、何だよ改まって! 俺だってローザには感謝してもしきれないよ! 俺が使える剣はローザにしか作れないんだから!」
「陛下専属の鍛冶師ですから。ククク」
ローザが作る剣は、世界で最も人気が高い。
剣士や冒険者にとって羨望の対象で、投資目的に購入する者までいる。
そんなローザが、冒険者時代から俺専属と言って剣を作ってくれていた。
俺こそローザに感謝している。
「これからも頼むよ」
「もちろんです」
続いてオルフェリアの病室へ向かう。
マリンが部屋をノックし扉を開けると、奥のベッドで横になり、本を読むオルフェリアの姿が見えた。
「陛下!」
「オルフェリア。体調はどうだい?」
「はい、大分良くなりました」
「手術……大変だったでしょ?」
オルフェリアには麻酔が効かない。
壮絶な手術だったと聞いている。
「解体師の勲章ですから」
「君は強いな」
マリンがオルフェリアに水を渡し、俺には珈琲を淹れてくれた。
「オルフェリアに報告があるんだ」
「報告? え? ど、どうしたのですか?」
「君の師匠に会ったよ」
「師匠? 師匠って……」
「シーリア・コルトレだよ」
「え! シーリア師匠! 本当ですか!」
俺はシーリアに会った経緯を伝えた。
デ・スタル連合国の永久凍森に一人で住んでいるシーリア。
「シーリアお養母さん……師匠は森の住人という解体師の一族です。永久凍森に集落があると聞いていましたが……」
「オルフェリアがギルマスって伝えたら驚いていたよ」
「フフ、そうでしょうね。解体師がギルマスになるなんて、これまでだったらあり得ないことでしたから」
差別の対象だった解体師と運び屋。
今は地位も向上し、むしろ人気職業の一つだ。
「ねえ、オルフェリア。シーリアをラルシュ王国に迎えたいって言ったらどうかな?」
「え?」
「いや、恐らくなんだけど、戦後処理の関係でデ・スタル連合国には住めなくなると思う。だからシーリアには引っ越してもらって、ラルシュ王国に住みながらギルドで解体師の顧問をしてもらいたんだ」
「私は賛成ですが、師匠が故郷から離れるかどうか……」
「オルフェリアが完治したら、一緒に永久凍森へ行こう。まずはシーリアとの再会だ」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、俺たちはひとまず国へ帰る。仕事のことは考えなくていいから、ゆっくり休んでね」
俺は病室を後にした。
ローザとオルフェリアの怪我は回復に向かっているが、まだしばらく安静が必要とのこと。
シルヴィアから、このまま皇城の病室に滞在するように勧められた。
そのため、医師による完治の診断が下り次第、旅する宮殿で二人を迎えに行くつもりだ。
――
各国の旗艦が順次帰路につく。
王たちに別れを告げ、俺とシドとノルンは銀灰の鉄鎖に乗船しラルシュ王国へ帰国する。
ノルンの今後については、改めて話し合いの場が持たれるが、それまで俺が監視することになった。
残りのラルシュ王国のメンバーは旅する宮殿に乗り込んだ。
エルウッドとヴァルディも乗船し、ウェスタードは自ら飛行する。
ウィルは現在住んでいるサンドムーンの自宅を引き払って、改めてラルシュ王国へ来るそうだ。
帰国すると、国民による盛大な出迎えが待っていた。
街を上げて盛り上がっている。
どうやら、我々が勝利したことをすでに知っているようだ。
「皆アルが無事に帰ってきて嬉しいのよ」
「そうかな。でも、ありがたいな」
王城でユリアに全てを報告し、今後について話し合う。
さらに竜種が住むことを伝えると頭を抱えていた。
「陛下、さすがに竜種を街に住ませるのは……」
「そ、そうだよな。ウェスタードに伝えてくるよ」
俺はヴァルディに騎乗し、エルウッドを引き連れ街の郊外へ向かった。
人目のつかない草原にウェスタードが待機している。
「ウェスタード。しばらくはアフラ火山に住んでもらっていいかな?」
「グゴォォ」
「だけど、火山は噴火させないでくれよ」
「グゴゴゴ」
ウェスタードが笑っていた。