第368話 希望の存在
準備を終えた俺たちは、すぐにメルデス城を出発した。
俺とエルウッドとヴァルディはウェスタードの背に乗り、シドとノルンは銀灰の鉄鎖に搭乗。
ウェスタードの飛行速度であれば、モルシュ河のゴドイム大橋までは半日もかからない。
銀灰の鉄鎖は、俺たちより時間がかかるため別行動とした。
◇◇◇
デ・スタル連合国とフォルド帝国の国境は、世界有数の大河であるモルシュ河を基準としている。
そのモルシュ河に架かるゴドイム大橋の帝国側にある国境の街ウルオ。
住民を避難させた街に、白狂戦士を迎え撃つ連合軍が布陣。
クリムゾン王国コート騎士団の蒼き盾騎士二千人。
エマレパ皇国軍の砂漠の獅子三千人。
そして、帝国騎士団二万人の、総勢二万五千人だ。
各国精鋭中の精鋭が集合するという、過去に例を見ない戦力だった。
連合軍本部はエマレパ皇帝キルスを筆頭に、各軍の代表が控えている。
「キルス陛下。斥候からの連絡が入りました。白狂戦士は予想通りのルートで進軍とのことです」
「そうか。分かった。さすがオルフェリア殿だな」
オルフェリアたちの予想通り、明日には白狂戦士の軍隊が到着する予定だ。
キルスたちは作戦の最終確認を行う。
作戦と言っても単純明快。
白狂戦士がゴドイム橋を渡りきったところで迎え撃つ。
蒼き盾騎士、砂漠の獅子、帝国騎士団を五百人ずつに分け、ローテーションで休みなく対応する。
さらに兵数に余力のある帝国騎士団が周囲を囲み、白狂戦士を街に侵入させない布陣だ。
あえてゴドイム大橋を渡らせることで、侵入経路を狭め一本化させる。
二万五千人で、二十万人もの白狂戦士の進軍を止めるための作戦だ。
さらに街の郊外で伐採した木材で壁を作り、白狂戦士の帝国侵入を防ぐ。
迎撃作戦の最終確認を行っていたところ、伝令兵が本部の扉を開いた。
「伝令! 上空に不審な影を発見!」
「なんだと! すぐ行く!」
本部を飛び出し、隣に建てた偵察塔のハシゴを登るキルス。
「見せろ!」
「ハッ!」
ラルシュ工業製の望遠鏡を覗くキルス。
従来品より精度が高く高性能なため、かなり高価だが軍や研究機関に売れていた。
「な、何だあれは……。あの翼は鉤爪鷲竜? いや、もっと大きい……。ま、まさか!」
言葉を飲み込んだキルス。
ここで竜種の名前を出すと、軍に不安が広がるのは間違いない。
(バカな! なぜ竜種がいるのだ! さすがに竜種は対応できんぞ! くそっ!)
全身に氷水を浴びたかと思うほど、一気に冷たい汗をかくキルス。
「全軍配備だ! 予定より早いが、迎撃準備に入れ!」
「ハッ! 全軍配備いたします!」
「全兵に弓を持たせろ!」
「ハッ! 弓を用意いたします!」
キルスの号令を配下の将軍が復唱すると、各軍に伝令が走った。
偵察塔から降りるキルス。
「くそっ! この地にはシルヴィア陛下やロート陛下もいるんだぞ。ファステルだって!」
各国の君主や最愛の妻の帯同を許した理由は、相手が人間だからだった。
白狂戦士とはいえ、相手は統率が取れていない人間の集団である。
人間が相手であれば、キルスには自信があった。
もしもの場合でも飛空船で空に避難できる。
だが竜種に対抗できる人間などいない上に、空に逃げても簡単に襲われるだろう。
各国の精鋭ぞろいとはいえ、竜種の相手は死を意味する。
「各国の旗艦にサンドムーンへ帰るよう伝令しろ! 急げ!」
「ハッ!」
――
不審な影が肉眼でも確認できるようになると、兵たちが騒ぎ出す。
「お、おい! あれは……りゅ、竜種だぞ!」
「は? 竜種だと! き、聞いてないぞ!」
「どうするんだ!」
「命令は?」
「待機だ! 命令を待て!」
竜種襲撃の報は、瞬く間に軍へ広がっていった。
「くそ! 死ぬのか!」
「バ、バカ言うな! キルス陛下がいるだろ!」
「りゅ、竜種だぞ。さすがにキルス陛下とはいえ……」
「ア、アル陛下は来ないのか!」
「そうだ! 竜種殺しのアル陛下がいれば!」
「三体の竜種殺しのアル陛下!」
「アル陛下!」
軍の中でアルの名が連呼されるようになった。
もちろん、兵士たちはアルが来るとは思っていない。
だが、アルの名を呼ぶことで希望を見出し、恐怖に立ち向かう決意を固めた。
さすが鍛えられた精鋭軍だ。
逃げ出す者はおらず、死に直面しても規律を守っている。
◇◇◇
「このままウェスタードで降りるとさすがに混乱するよな。ヴァルディ! エルウッド! ここから降りよう」
「ヒヒィィン!」
「ウォン!」
「ウェスタード! 合図するまで上空で待機だ」
「グゴォォ」
俺はヴァルディに騎乗し、ゴドイム大橋に向かってウェスタードの背中から飛び降りた。
それはまるで空を翔けるかのように。




