第367話 アルの覚悟
「見えてきたぞ!」
メルデス上空に到着した。
まだ日没前だ。
驚くほどの速度で飛行してくれたウェスタード。
「ありがとう! ウェスタード!」
「グゴォォ」
ログハウスが立ち並ぶ素朴な街を越え、メルデス城の上空を旋回するウェスタード。
エルウッドが遠吠えしながら、城の塔に軽く雷の道を放つ。
シドに到着の合図を出したのだろう。
しばらくすると、城の一部から狼煙が上がった。
「あそこだ! あそこにシドがいる!」
「グゴォォ」
ウェスタードが狼煙に向かって羽ばたく。
――
「ア、アルよ。ど、どういうことなんだ?」
城のバルコニーに降り立ったウェスタードを目の前に、驚きを隠せないシド。
「ウェスタードの狂戦士を解いたら、色々と協力してくれたんだ」
ノルンにいたっては表情に恐怖すら見える。
「ア、アルよ」
「ノルン。ウェスタードは正常に戻ったよ。謝罪を受け入れてくれた」
「そ、そうか」
ノルンがウェスタードに向かって、改めて頭を下げた。
正式な謝罪だ。
「偉大なる竜種ウェスタードよ。お主の尊厳を弄んだのは儂じゃ。罪を償いたい。儂の命を捧げたいところだが儂は死なぬ。ど、どうしたらよいのか……」
「グゴォォォォ」
ウェスタードが顔を近付け、ノルンに向かって大きく鼻息を吹きかけた。
強烈な突風で後ろに倒れるノルン。
「グゴゴゴ」
「ウォウォウォ」
「ヒヒィィン」
三柱が笑っていた。
「な、なんじゃ!」
「グゴォォォォ」
声を上げながら、もう一度鼻息を吹きかけるウェスタード。
「ノルンのことを許すと言ってるよ。でも、次はないってさ」
「アルよ。ウェスタードの言ってることが分かるのか?」
「いや、分からないけど、きっとそう言ってると思うよ」
「そうか……。君はもう本当に人間じゃなくなってしまったんだな」
「な、なんでだよ!」
シドが溜め息をつきながら、肩をすくめる。
「グゴゴゴ」
「ウォウォウォ」
「ヒヒィィン」
三柱が笑っていた。
「なんだよ! 三柱まで! まったく……」
和やかな雰囲気の中、険しい表情のノルンは立ち上がり再度頭を下げた。
「偉大なる竜種ウェスタードよ。心から謝罪する。申し訳なかった」
「グゴォォ」
完全に謝罪を受け入れた様子のウェスタード。
白竜クトゥルスは竜種で最も理性的と言われているが、このウェスタードも同じように知的で理性的だ。
「シド、ここまでのことを共有しよう」
「分かった。ウェスタードもいるし、ここで報告する」
バルコニーの床に座る俺、シド、ノルン、エルウッド、ヴァルディ、ウェスタード。
まずは俺の状況からだ。
ウェスタードが正常に戻った状況を説明。
黒角を折ったことと、その際の猛烈な咆哮で狂戦士が解けたこと、始祖たちがウェスタードの血を飲んだことも合わせて伝えた。
「なるほど。アルの紅炎鎧が黒く変色したのもウェスタードの血液の影響か?」
「そうだよ。折れた紅竜の剣もウェスタードの血で繋がったんだ」
「それは凄いな」
「で、そっちはどうなんだ?」
「ああ、白竜クトゥルスの元へ行って、血液を分けてもらったよ」
「クトゥルス?」
ノルンが右手で白髭をさする。
「クトゥルスの血は終焉の血なのじゃ」
「終焉の血? どういうことなんだ?」
「その名の通りじゃ。儂やシドの不老不死ですら終えることができる」
ノルンの呼び方がシドの小僧からシドに変わっていた。
だが、そこには触れない。
「その血液から、死の病に効く薬が完成した」
「な、なんだって! 凄いじゃないか! じゃあその薬を使えば狂戦士も治るのか?」
「そうは上手くいかぬ。狂戦士は命を担保にして力を発揮する。つまり狂戦士が解けると、感染者の命は尽きるのじゃ。こればかりはどうしようもない」
「そ、そんな……。いや待て! ウェスタードの咆哮は? 狂戦士は特殊な音に反応するんだろう? ウェスタードの咆哮なら狂戦士が解けるはずだ!」
首を横に振るウェスタード。
「ウェスタードは理解しておるのう。狂戦士が解けるということは、それはもう死ぬことなのじゃ。あの女……レイだけが特別じゃったのだ」
「そんな……」
俺は立ち上がり、拳を強く握った。
自分の無力さが腹立たしい。
シドが俺の肩に手を置く。
「アルよ。こればかりはどうしようもない。私もノルンと様々な角度から検証したが、どうしても無理だった。現在狂戦士に感染している者たちは、世界を救う礎になるのだ。彼らのおかげで、死の病の特効薬を作ることができた。名誉ある死だ」
「なんだよ! 見殺しにしろっていうのか!」
ノルンが立ち上がった。
小さな身体が小刻みに震えている。
「アルよ。頼みがあるのじゃ。どうか、どうか皆を葬ってくれ。お主の手で葬ってくれ。狂戦士となった者たちの希望は、世界と戦うことなのじゃ。だから世界最高の剣士であるアルの手で……」
ノルンの頬に、大粒の雫が流れている。
「お願いじゃ。儂の……儂の……。た、大切な……仲間じゃった。仲間だったのじゃ。皆の願いを叶えてやってくれ」
「グゴォォォォ」
ノルンと一緒にウェスタードも頭下げた。
あれほどのことをされたにも関わらず、ノルンを気遣うウェスタード。
狂戦士に感染しても、ノルンと過ごした日々を覚えていたのだろう。
「きっと軍を配備しているはずだし、俺一人でどうにかできる人数ではないはずだ」
「構わない。それでも構わないのじゃ」
「数十万人の首を……刎ねるのか……俺の手で……」
「お主の罪は儂が償う。一生かけて償う。お願いじゃ」
何度も頭を下げるノルン。
「ふうう」
俺は大きく息を吐いた。
「人を斬る覚悟か……」
覚悟はできている。
それに以前、リマに覚悟を説いたのは俺だ。
「分かった。悪魔と呼ばれようとやるよ。それが俺の覚悟だし、王の責務だ」
「そ、そうか。やってくれるか。すまぬ。すまぬ」
号泣しながらも、俺の手を両手で握るノルン。
ノルンだって辛かったはずだ。
「ノルン。俺は不老不死の辛さが分からない。だけど、一万年も生きてきたあなたの辛さを俺も一緒に背負うよ。だからさ、これからは楽しく幸せに生きていこう」
「ぐふぅ、アルよ。アルよ。すまぬ。すまぬ」
俺はノルンの肩に手を置きながら、シドに視線を向けた。
「シド。薬は完成してるんだな?」
「もちろんです」
「進軍の予想はついてるのか?」
「恐らく、モルシュ河のゴドイム大橋で迎撃するでしょう」
「分かった地図を用意してくれ」
「かしこまりました」
シドが一礼して城内へ走る。
その瞳には薄っすらと涙を溜めていた。
「ノルン。銀灰の鉄鎖で、シドと一緒にモルシュ河のゴドイム大橋へ向かうんだ。最速で行ってくれ」
「わ、分かったのじゃ」
「俺は先にウェスタードと行く」
「す、すぐに準備する」
ノルンも城内へ入った。
「ウェスタード」
「グゴォォ」
「すまないが、また俺を乗せてくれるかい?」
「グゴォォォォ」
大きく頷くウェスタード。
「エルウッドとヴァルディも一緒に来てくれ」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
すると、三柱が一列に並び、姿勢を正し俺に向かって頭を下げた。
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
「グゴォォォォ!」
「な、何だよ! やめろって! どこで覚えたんだよ!」
これは服従の姿勢だ。
始祖と竜種が、俺に服従すると言っている。
「やめろって! 君たちは仲間であり家族なんだぞ!」
「ウォンウォン!」
「ヒヒィィン!」
「グゴォォォォ!」
「ウェスタードまで……。まったく、分かったよ。じゃあ君たちは最後まで俺と一緒にいるんだぞ。約束だからな」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
「グゴォォォォ!」
「よし、準備が終わり次第すぐに出発するぞ!」




