第364話 竜種の血液
俺の足元に置かれた紅竜の剣に、自らの血を垂らすウェスタード。
折れた部分から細かい泡が発生し、白煙が上がった。
「ね、熱が発生してるのか?」
シチューを煮込んだような音を出し、泡立つ紅竜の剣。
白煙が徐々に赤く染まると、紅竜の剣の折れた部分が溶け始めた。
ヴェルギウスが飲み込んでいた溶岩と同じ色だ。
「竜種の素材とウェスタードの血液が反応しているのか?」
「グゴォォ」
「ウェ、ウェスタード!」
驚いたことに、俺の言葉にウェスタードが反応した。
俺は竜種の言葉を理解できない。
だが、今のウェスタードに敵意はなさそうだ。
「ウェスタードの狂戦士は完全に解けたのかい?」
「グゴォォ」
首を縦に振るウェスタード。
「も、もしかして、俺たちが狂戦士を解いたから協力してくれるのかな?」
「グゴォォ」
「そ、そうか。ありがとう」
ウェスタードの真意は分からないが、ここは素直に協力を仰ぐべきだろう。
狂戦士のままだったら、それこそ世界は終わっていた。
衝撃波を生む咆哮は簡単に街を破壊する。
正常に戻ったウェスタードは想像以上に理性的だ。
正直なところ、狂戦士が解けてからが本当の戦いだと覚悟していた。
破壊を司る竜種とはいえ、ウェスタードは温厚なのかもしれない。
「ウェスタード、聞いてくれ。力を貸して欲しいんだ」
俺は事情を説明した。
死の病の発生、それに伴う薬品の開発、狂戦士毒の誕生、そして狂戦士毒をウェスタードに使ったこと。
ウェスタードは冷静に俺の話を聞いた。
「あなたの尊厳を踏みにじったことは謝罪します」
俺は深く頭を下げた。
謝罪という理念が竜種にあるのか分からないが、人間の言葉を理解する。
「その上で協力して欲しいんだ! どうか一緒に来て欲しい!」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
俺の言葉に始祖二柱が続く。
「グゴォォ」
首を縦に振るウェスタード。
「じゃ、じゃあ! さっそくだけど!」
俺の言葉を遮るかのように、右手の爪で紅竜の剣を指差すウェスタード。
「え? な、直ってる!」
ウェスタードとの会話に夢中になって気付かなかったが、地面に置かれた紅竜の剣を見ると修復されていた。
接合部分が解けて固まり、剣身が漆黒に変色している。
全てが片付いたら改めてローザに見てもらおう。
「ありがとうウェスタード!」
「グゴォォ」
かすかに笑顔が見えたような気がした。
俺は紅竜の剣を鞘に収め、改めてウェスタードの顔を見上げる。
「ウェスタード、まずはデ・スタル連合国の首都メルデスへ行く。シドとノルンがいるんだ。二人はきっと新薬を開発しているはずだ」
「グゴォォ」
「それと、その……ノルンはウェスタードを狂戦士化したけど、どうか、どうか許して欲しい。それにノルンは不老不死だ。殺しても死なない身体なんだ」
「グゴォォ」
ウェスタードが頷く。
こんな謝罪で許してもらえるとは思えないが、状況は理解してもらえただろう。
実際に行ってみないと分からないが、ウェスタードを信じるだけだ。
「さて、メルデスへ行……。あ! ……ど、どうしうようか」
ウェスタードの対応で頭がいっぱいだった。
正直、移動のことまで考えてなかった。
「ウォウォウォ」
「ブルゥゥ」
「グゴォォ」
笑い声をあげる始祖二柱とウェスタード。
「な、なんだよ」
「グゴォォ」
血が滴る左腕を手前に差し出すウェスタード。
すると、始祖二柱が垂れる血を舐めた。
「ウェスタードの能力か……」
始祖と竜種はお互いの血液を摂取すると特殊能力を獲得する。
ウェスタードはそれを理解した上で、始祖に与えたのだろう。
どんな能力なのかは不明だが、始祖二柱はこれでまた能力が向上するはずだ。
「え? 俺も?」
ウェスタードが紅炎鎧を指差した。
ウェスタードの言いたいことが理解できた俺は、その場で鎧を脱ぐ。
「さ、寒い!」
極寒の洞窟だ。
寒いのは当たり前だろう。
紅炎鎧が完成してからというもの、外気温を気にしたことがなかった。
内部の温度を一定に保つという紅炎鎧の能力に、どれほど助けられていたか。
改めて竜種装備の凄まじい能力を思い知る。
真紅の紅炎鎧に血液を垂らすウェスタード。
先程の紅竜の剣と同じように、赤煙が上り泡が立つ。
しばらくすると、真紅の紅炎鎧が漆黒に変化した。
紅炎鎧にウェスタードの能力が追加されたのだろう。
「どんな能力なんだろう。それより、もう紅くないから紅炎鎧の名前じゃおかしいよな。これもローザに相談するか」
寒そうな俺を心配したのか、エルウッドが近付いてきた。
俺は銀色の毛皮に抱きつく。
「ウォン!」
「温まるよ。ありがとう」
鎧の変化が落ち着いたところで、すぐに紅炎鎧を着込む。
「ああ! 寒かった!」
これ以上脱いでいたら凍死していたかもしれない。
エルウッドに抱きついていたから耐えられた。
「さて、移動はどうしよう。ヴァルディ、メルデスまで移動できる?」
「ブルゥゥ」
この最も深き洞窟からメルデスの距離は約二千キデルト。
今や飛空船よりも速く移動するヴァルディだが、空は飛べないし、さすがに二千キデルトの移動は難しいだろう。
それに、深い森林ばかりのデ・スタル王国では、ヴァルディのスピードを活かせない。
「ヴァルディ、行けるところまで行こう」
「ブルゥゥ」
ヴァルディの顔を擦っていると、突然ウェスタードが顔を近付けてきた。
俺に向かって鼻息を浴びせる。
「うわっ!」
「グゴォォ」
「ウェスタード?」
少し笑ったような表情を見せ、地面に伏せた体勢をとるウェスタード。
「もしかして、背中に乗れってこと?」
「グゴォォ」
「え? い、いいのかい?」
「グゴォォ」
俺とエルウッドとヴァルディは、恐る恐るウェスタードの背中に乗った。
竜種の背中に乗るなんて初めてだ。
いや、そもそも飛空する竜種の背中の上で、無事にいられるのだろうか。
「グゴォォォォ!」
ウェスタードが咆哮を上げ巨大な翼を広げる。
そして、驚くべき速度で洞窟を飛び出した。
「うわ! ウェスタード!」
「グゴォォォォ!」
「って……あれ?」
ヴァルディに騎乗している時と同じ猛烈な速度で飛行するウェスタード。
だが、驚いたことに風圧を感じない。
これまでヴァルディの背に乗ると、風圧で振り落とされないようにしがみつくことで精一杯だった。
だが今は優雅に景色を眺める余裕もあるほどだ。
恐らく、ウェスタードの能力を紅炎鎧が獲得した影響だろう。
「風圧の影響を受けないのか。どんどん高性能になっていくな」
ウェスタードは一気に高度を上げた。
元々ルシウスの能力で、水圧や気圧も影響がない紅炎鎧だ。
高高度でも問題ない。
「すぐに行く! 待っていてくれ! シド! レイ!」
ウェスタードは一直線でメルデスへ羽ばたく。