第363話 黒角
火花を散らし、黒角に衝突する紅竜の剣。
「ウェスタァァァァド!」
持てる力を全て込め、渾身の突きを放つ。
洞窟に響く甲高い金属音と、回転しながら宙を舞う二つの影。
俺の着地と同時に、地面に突き刺さるウェスタードの黒角。
「グガアァァァァアアァァァァ!」
ウェスタードがこれまでで最も強烈な咆哮を上げる。
紅炎鎧で守られている俺でも、耳を塞ぎたくなるほどの咆哮だ。
「ぐううぅぅぅぅ」
歯を食いしばり咆哮に耐える。
周囲の岩盤が崩れ、鉱石が降り注ぐ。
頭上に目を向けると、五メデルトはあろう巨石が落下してきた。
「くっ!」
片膝をつく俺に、避ける余裕はない。
頭の上で両手を交差させると、岩と衝突する鈍い音が響く。
「エルウッド! ヴァルディ!」
激突寸前で、エルウッドとヴァルディが岩を弾き飛ばしてくれた。
「助かった!」
直後にウェスタードの巨体が地面に崩れ落ち、地震のように足元が揺れる。
倒れたウェスタードを気にかけながらも、岩盤に刺さる黒角に視線を向けた。
「お、折ったのか」
長さ五メデルトの黒角は、これまで戦ったどのモンスターよりも硬かった。
角を折った感触が手に残っている。
だがそれだけでない。
紅竜の剣の白い剣身もまた、岩盤に突き刺さっていた。
「紅竜の剣……」
だがそれよりも今はやるべきことがある。
ウェスタードを正気に戻すのだ。
俺は立ち上がり、ウェスタードの頭部へ近付く。
「目を覚ませウェスタード!」
「グガ……ガ……ガ……」
ウェスタードは倒れたまま、小さくうめき声を上げる。
「目を覚ますんだウェスタード! 君は誇り高き竜種だ!」
「ウォォォォン!」
「ヒヒィィィィン!」
俺が叫ぶと、始祖二柱も呼びかけてくれた。
「グガ……ガ……」
「ウェスタード! 思い出せ! 黒竜ウェスタード!」
「グ……ガ……」
「ウェスタードよ! 誇り高き竜種よ!」
「ググ……ガ……」
うめき声を上げながらウェスタードが顔を上げ、起き上がるために地面に両手をつく。
脳震盪を起こしているかのように、左右に揺れる巨体。
ふらつきながらも大きく息を吸う。
「グゴォォォォォォォォォォ!」
天井に向かって咆哮を上げたウェスタード。
衝撃波で天井に巨大な穴が空いた。
「くそ! 戻らないか!」
角を折り、断末魔のような強烈な咆哮が洞窟に反響してもなお、狂戦士の支配下にあるようだ。
俺は右手に握る紅竜の剣の柄に視線を落とす。
剣身を失った紅竜の剣。
これまで幾度となく俺の命を救ってくれた相棒だ。
「紅竜の剣……。ありがとう……」
辛うじて根本が残る紅竜の剣を鞘に収め、腰から短剣を取り出す。
刃渡り三十セデルトほどの短剣は、紅竜の剣と同じく竜種の素材から作られている。
だが、そもそも紅竜の剣が通用しないのだ。
短剣で傷つけることは不可能だろう。
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
エルウッドとヴァルディが俺の前に立つ。
俺を守るかのように構える姿を見て、思わず吹き出してしまった。
「アハハ、ありがとう二柱とも」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
始祖二柱の体力も限界だろう。
呼吸が乱れている。
俺は大きく息を吸い、気持ちを切り替えた。
「俺は最後まで諦めないぞ! 生きてレイの元へ、皆のいる場所へ帰るんだ!」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
二柱も同じ意見だ。
力は出し尽くしたが、絶対に諦めない。
「グゴォォォォォォ!」
ウェスタードがもう一度咆哮を上げた。
だが衝撃波は出ていない。
「が、眼球が!」
眼球に金色の瞳孔が蘇っている。
恐ろしくも美しい竜種の瞳だ。
「もしかして、戻ったのか!」
金色の瞳孔を広げ、俺に視線を落とすウェスタード。
「ウェスタード! 話を聞いてくれ! 誇り高きウェスタードよ!」
「グゴォォ」
ウェスタードはゆっくりと首を振り、地面に刺さる黒角と紅竜の剣の剣身に視線を移す。
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」
始祖二柱がウェスタードに向かって叫ぶ。
「グゴォォ」
始祖の姿を凝視するウェスタード。
「ウォンウォン」
「ヒヒィィン」
「グルルルゥ」
竜種と始祖で会話しているようだ。
するとウェスタードが天井に顔を向け、大きく息を吸った。
「グゴォォォォォォォォォォ!」
天井に向かって衝撃波を放出すると、巨大な穴が空いた。
「ウェ、ウェスタード?」
ウェスタードが軽く頭を振り、自身の状況を確かめるかのように周囲を見渡す。
冷静にこの場の状況を確認しているようだ。
その行動は、これまで遭遇した竜種の中で、最も冷静さと知性を感じる。
とはいえ、人間なんかよりも遥かに知能が高い竜種だ。
俺の考えなんて遠く及ばないだろう。
警戒は解かずに、ウェスタードの行動を眺める。
「ん? エルウッド?」
エルウッドが折れた紅竜の剣の剣身を咥えていた。
それを俺の足元に置く。
そして鞘に収めた柄を咥え、折れた剣身に並べて置く。
「ウォン!」
「グゴォォ」
ウェスタードが右手の爪で、左手首の鱗を一枚剥ぎ取った。
その部分へ鋭い爪を突き刺す。
「血が!」
滴り落ちるウェスタードの血液。
真紅の血液は、まるで高級な葡萄酒のようだ。




