第359話 作戦と呼べぬもの
翌日、帝都から飛空船が次々と出航していく。
連合軍は二手に別れている。
一つはキルス率いる三国の精鋭。
香辛料の道のゴドイム大橋へ向かい、二十万人にもなる白狂戦士の国境超えを阻止する。
コート騎士団の蒼き盾騎士二千人。
皇軍の砂漠の獅子三千人。
そして、帝国騎士団二万人。
総勢二万五千人の移動である。
クリムゾン王国の旗艦神々の詩と三十五隻。
エマレパ皇国の旗艦獅子の双翼と四十隻。
そして、フォルド帝国の旗艦五色の月虹と四十隻。
帝国騎士団は二万人もいるため、何度も往復し輸送する必要がある。
帝都からゴドイム大橋までは、大型船サンシェル級であれば半日程度の距離だ。
軍を率いるキルス以外も、各旗艦にはロート王とシルヴィア皇帝が搭乗。
レイは止めたが、世界の存亡をかけた戦いを見届けると言って聞かなかった。
当然のように、ファステルも獅子の双翼に乗り込む。
連合軍で最後の出発となる獅子の双翼。
キルスは、見送りに来たレイと固い握手を交わす。
「レイ! 何かあったら飛空船で連絡する」
「ええ、頼んだわキルス」
「それでは武運を祈る!」
「あなたも! 生きてまた会いましょう!」
獅子の双翼は、ゴドイム大橋に向かって出航した。
もう一つの軍が、レイ率いる対モンスター部隊。
こちらはリマとウィル、クロトエ騎士団の討伐隊が千五百人だ。
ラルシュ王国の旗艦旅する宮殿と、イーセ王国の旗艦女神の六翼と三十隻。
レイが出航の指示を出していると、女神の六翼の前に一人の美しい女性が現れた。
ヴィクトリア女王だ。
騎士団の鎧を着ているヴィクトリア。
「ねえ、ヴィクトリアがなんでついてくるの? 遊びじゃないのよ?」
「私がクロトエ騎士団の指揮を取るのよ」
「は? 何言ってるのよ。ジル・ダズ! 止めなさい!」
レイは騎士団団長のジル・ダズを睨みつける。
だが、それに慣れているジル・ダズであった。
「ハッ! お言葉ですがレイ陛下。クロトエ騎士団の最高責任者は国王陛下でございます。まさか元団長であられるレイ陛下がお忘れだとは」
「あのねえ。それは形式上でしょう? 普段なら認めたかもしれないけど、今回はダメよ。ヴィクトリアの命がかかってるのよ?」
ジル・ダズが、いつになく真剣な眼差しをレイに向ける。
「レイ様。承知しております。それでも、陛下たっての希望でございます。レイ様より賜った騎士団長の剣に誓って、我が騎士団が陛下をお守りします」
ヴィクトリアもレイに向かって頭を下げた。
「レイ姉様、お願い。この戦いは私も見るべき戦いよ。絶対に邪魔はしない」
ヴィクトリアの言い分も理解できるレイ。
各国が協力して、これほどの戦いに挑むなぞ過去に例を見ない。
王としての責務を感じているのだろう。
「もう! 分かったわ! でも今回は本当に過酷よ。弱音は吐かせないからね」
「レイ!」
ヴィクトリアがレイに抱きついた。
「ありがとう!」
レイを説得したヴィクトリアは、女神の六翼に搭乗。
船団はビオル湿原に向かって出向した。
今回の作戦に参加しなかった世界の理と条約加盟国のジェネス王国とエ・ス・ティエリ大公国からは、大量の物資が届いており、各部隊に分配している。
兵糧は十分ある。
さらに飛空船で補給も容易だ。
飛空船の登場は戦に革命をもたらした。
特に大規模な戦いでは、それが顕著に現れている。
各国は競うように飛空船を建造。
それを一手に掌握するラルシュ王国は、今や世界の覇権を握ったと言っても過言ではない。
だが、アルもレイもそれを望まない。
ラルシュ王国が中心となり、世界の理と条約加盟国はこれまで以上に和平交渉に力を入れていた。
――
太陽が傾き、徐々に空が赤く染まる頃、レイたちはビオル湿原に到着。
即座に軍本部を設営し、分隊長以上の約二百人が集合した。
軍議の開始だ。
レイは全員を見渡す。
「時間がないので自己紹介は割愛する。だけど、私はここにいる全員の名前と顔を覚えているわ。信頼する仲間だったもの」
そう言うと、レイはここにいる討伐隊の分隊長たちの顔を見ながら、一人一人フルネームで呼んでいった。
「私は退団した身だけど、またこうして皆と戦えることを誇りに思う」
「ハッ!」
全員が寸分の狂いもなく敬礼する。
「も、もう全員の心を掌握してしまった。本当に恐ろしい人……」
ヴィクトリアが誰にも聞こえない声で呟いた。
レイはジルに合図を贈る。
「ジル・ダズ団長。よろしく頼む」
「ハッ! それでは作戦を伝える」
――
「そ、それは危険すぎます!」
「私たちが前線に立ちます!」
この場で初めて作戦を聞いた分隊長たちがざわめく。
なぜならば、作戦と呼べるようなものではなかったからだ。
一人の分隊長が挙手した。
「お、お言葉ですが! そ、その、レイ様が……た、倒れてしまったら……」
「シュールス分隊長、意見ありがとう。今回は元々絶望的な戦いだったのよ。でも、オルフェリアやマルコの情報で光明が見えたの。僅かな可能性だとしても、賭ける価値はあるのよ。それにモンスターの戦いはどうするのかしら?」
「しょ、少数精鋭で対応いたします」
「その通りよ。大部隊では不利になることが多いわ。だから最高戦力である私が最前線に立つの。もちろん多勢に無勢は変わらない。皆のフォローが必要よ」
意見を出した分隊長を頭ごなしに否定せず、しっかりと説明するレイだった。
作戦はこうだ。
満月の日に現れるモルシュ河の天然の橋。
全長は三キデルト。
最も道幅が狭くなる河の中心地は、横幅が十メデルト。
そこにレイが立つ。
左右をリマとウィルが守る。
背後にはジルと討伐隊隊長デイヴ、そして三百人の騎士を配置。
残りの千二百人は陸地で待機。
討伐隊は三百人ずつ、五組に分けローテーションする。
またモルシュ河を上空から渡るモンスターがいた場合には、待機組が矢で迎え撃つ。
ただし深追いはしない。
帝国内に入ったとしても、冒険者の特別クエストで順次討伐していく。
つまりレイを中心に、戦闘能力が高い個人が最前線で、ただひたすらモンスターを迎え撃つという作戦だ。
いや、もはや作戦とも呼べるようなものではないが、これが最も確実な方法だった。
実はキルスと昨日行った軍議でも、大反対だった内容だ。
「アルならこうするでしょう?」
だが、この一言でキルスも認めざるを得なかった。