第351話 四人の戦い
空中で停止している旅する宮殿の周囲を、一頭の鉤爪鷲竜が飛び回る。
アトルスは空の王という異名を持つAランクモンスターだ。
翼を広げると体長十メデルトにもなる大型のモンスターで、竜骨型翼類では頂点に立つ。
「こいつ! 旅する宮殿に襲いかかってくるのか!」
ローザが叫ぶ。
旅する宮殿は竜種の素材を使用しており、モンスターに襲われることはない。
モンスターといえども竜種との遭遇は死だ。
その竜種の存在と匂いを有する旅する宮殿に、通常のモンスターは近寄ることができない。
だが、このアトルスは構わず襲いかかってくる。
「マ、マルコ! この地を離れてください!」
「はい!」
オルフェリアの指示でマルコが操縦桿を握り、アガスがレバーを倒す。
旅する宮殿はゆっくりと前進を開始。
それと同時に大きな衝撃を受けた。
揺れる船内。
全員がバランスを崩す。
「た、体当たりだ! 兄さん!」
「クッ! アガス! 俺は操縦に集中する! アトルスを見ながら指示を出してくれ! 逃げるぞ!」
「分かった!」
「オルフェリアさん! ローザさん! 旅する宮殿の装甲であれば攻撃は耐えられるはずです! このまま速度を上げて逃げ切ります!」
旅する宮殿は世界で最も巨大な船体ゆえに、小回りが効かない。
それに対し、空の王と呼ばれるアトルスは自由自在に飛行が可能だ。
再度アトルスの攻撃を受け、大きく揺れる旅する宮殿。
「攻撃を受けるな! 白狂戦士の攻撃なんだぞ! 破壊されたらどうするんだ! 旅する宮殿が墜ちたらこの作戦は、いやラルシュ王国が終わるぞ!」
ローザが手すりに掴まりながら叫ぶ。
旅する宮殿は、空を飛ぶという人類の歴史を変え、世界に革命をもたらした。
さらに旅する宮殿は、竜種の素材を使用していることで特殊能力を兼ね揃えている。
破壊されたら、もう二度と建造することはできない飛空船だ。
そして世界的にも、ラルシュ王国イコール旅する宮殿と見られることが多い。
それもそのはず、旅する宮殿はラルシュ城の一部を形成する、世界で唯一の建築物を兼ねている飛空船でもあった。
まさにラルシュ王国の象徴だ。
「私が仕留める! 一階のハッチを開けろ!」
「だ、だめです! ローザさん! 危険です!」
「アルもレイも危険に立ち向かうのだ! 臣下だけ安全な場所にいてどうする!」
ローザは夫であるアガスを一喝し、一階へ走る。
「ローザさん!」
ローザを止めたいアガスだが、操縦桿を離すわけにはいかない。
「ローザさーん!」
操縦室を出たローザにアガスの叫び声が聞こえた。
心配は嬉しいが、今はそれどころではない。
この中で唯一戦えるのがローザだ。
ローザは元Bランクの冒険者である。
武器倉庫で弓を持ち、腰にベルトを巻き、剣を吊るす。
一階倉庫の最後尾へ向かいロープを手に取る。
このロープの両端には、シドが発明したカラビナという金属製の輪がついていた。
カラビナをベルトと手すりにそれぞれ装着。
「ハッチを開けろ!」
伝令管に向かってローザが叫ぶと、後部ハッチがゆっくりと開く。
「フフ、私も一緒ですよ」
「な! オ、オルフェリア! 危険だ!」
「ローザも危険ですよ?」
いつの間にかローザの横に立っていたオルフェリア。
その手には弓を持っており、腰のベルトにカラビナを装着していた。
「私はこれでもBランク冒険者だったんだ!」
「あら、私なんてギルドマスターですよ?」
「ちっ! 遊んでる場合じゃないんだぞ!」
「はい。弓はできます」
オルフェリアの表情は真剣だ。
オルフェリアは幼少の頃、食事を出されないなどの虐待を受けていた経験がある。
また、差別の対象だった解体師時代も、貧困から食材を確保するために自ら狩りをしていた。
そのため、弓は得意だった。
自分が戦いに参加することで、足手まといになることが最も危険を招くことも十分承知している。
その上で弓を持ち、戦いを決心した。
「ローザの邪魔はしません」
「分かった」
「私は左目を狙います」
「では、私は右目だ」
後部ハッチが開くと、アトルスは翼を折りたたみ急降下で突進してきた。
人間二人の姿を見て興奮したようだ。
「ギィィイイィィ!」
襲いかかるアトルス。
「今だ!」
ローザの掛け声で矢を放つ二人。
だがアトルスは、瞬時に巨大な翼を羽ばたかせ、簡単に矢を弾いた。
「ローザ。アトルスに対抗するには弓しかないのですが、弓は効かないのです」
「ああ知っている。それでも弓を使わないと対抗すらできん。アトルスの討伐セオリーは弓なのだ」
余裕を持って話しているようだが、二人とも額から汗が流れ落ちる。
Aランク解体師として、モンスターの討伐方法を知り尽くしているオルフェリア。
Bランク冒険者として、モンスターを討伐してきたローザ。
二人の技量は相当なものだが、それでも通常個体のアトルスですら討伐は難しいだろう。
それなのに、目の前のアトルスは白狂戦士だ。
アルやレイならまだしも、オルフェリアとローザには討伐のイメージが湧かなかった。
「それでもやるしかないのです!」
オルフェリアは額の汗を拭った。