第346話 生きる希望
ノルンがシドに視線を向ける。
「雷の神の不老不死の石|に対して、終焉の石と名付けた」
「終焉の石……。ほ、本当に死ねるのか……」
「そうじゃ。じゃがこれは、クトゥルスが寿命で死んだ時に限る。儂が数千年かけて辿り着いた結論じゃ。クトゥルスが寿命以外で死んだら、二度と、二度と終焉の石は作ることができなくなる。今の弱ったクトゥルスは、少しの衝撃で死んでしまうかもしれぬ。じゃから、クトゥルスから血を抜くことは許さぬ」
「し、しかし!」
「儂は! 儂は! 儂は世界が滅んでも死にたいのじゃ!」
ノルンが両手を握りしめて叫ぶ。
「もう一万二千年も生きたのじゃっ! 世界のことなぞどうでもいいっ! 儂はもう死にたいのじゃっ! 人類が病で滅ぼうが儂には関係ないっ! 今回はウルヒたちの最後のわがままを聞いてやっただけじゃっ! はあ、はあ」
息継ぎも忘れ、一気にまくし立てたノルンはついに本音を話した。
世界よりも自身の死が大切だと言うノルン。
「ノルン……」
シドはノルンの言うことが理解できる。
シド自身、死ねないと分かり、自暴自棄になりながら生きた日々もあった。
「ノルン。私だって死にたいと思ってる。だけどそれは少し前の私だ。今は生きる希望を持っているよ」
シドはアルとレイの顔を思い出していた。
そして二千年で初めて結婚した最愛の人、オルフェリアの顔、声、仕草がはっきりと浮かぶ。
心から信頼する親友に、心から愛せる妻に出会えたシド。
「今の私は死を考えるよりも、今この時を一生懸命生きることが重要だ。親友と妻に教えられたよ」
「不老不死のくせに妻帯者となりおってからに……。貴様の動向は探っておった。どう生きるか興味があったのじゃ。儂の子孫で、この世で二人目の不老不死じゃからな」
ノルンはシドが不老不死になる前から知っていた。
シドは古代王国一万年の歴史で、最も優れた頭脳を持つと幼い頃から言われていたほどの天才だ。
そのシドがまさか不老不死になり、拷問を受けているとを知った時は、助け出そうと何度か接触を試みた。
だが、それは失敗に終わり今に至る。
「繰り返すが、クトゥルスの血を抜くことは許さぬ。もし血を抜くために傷つけて死んだら、終焉の石は作ることができない。あくまでも自然死の血液が必要なのじゃ」
「私達の不老不死が終わらないと……」
「そうじゃ。儂はもう死にたい」
「それは……私も同じだ。だが、アルやレイ、オルフェルアとの人生はまだ続く。今の私にとって、不老不死の終焉よりも彼らと過ごす方が大切なのだ」
本音を見せたノルンに対し、シドも本音で話した。
不老不死者たちの死の願望。
悲しい願望だ。
「ノルン、あなただって本当は、デ・スタル連合国を助けたかったのだろう?」
シドは真っ直ぐノルンの瞳を見つめる。
ノルンは人類で最も人という生き物を知っている。
揺るがない決意を持った人間の瞳を何度も見た。
何人もの人間が己の信念を貫き、決意を固め死んでいった。
今目の前にいる白髪の男もまた、固い決意を持っている。
「ノルン。私がクトゥルスの元へ行く」
ノルンは何も答えない。
「私は諦めない。私の親友に絶対諦めない男がいるのだ。その姿を見ている私が、諦めてはいけないだろう」
「アルか……。貴様の二千歳と、二十歳そこらで親友なんてあるはずなかろう」
「アルにとって年齢など関係ない。アルは物事の本質を見抜く」
ノルンは天井を仰ぐ。
「ノルン! 私がクトゥルスの元へ行く!」
ノルンに親友などいない。
部下や配下、知識を頼ってくる者はいたが、ノルンが心から親友と呼べる人間はいなかった。
(もっと人を信じ、人を愛せば不老不死といえども人生は変わったのじゃろうか)
ノルンは声に出さず、心の中で呟いた。
「か、勝手にせい!」
「ありがとう! ありがとうノルン! もしクトゥルスから終焉の石が作れなくとも私がいる。アルも、レイも、オルフェリアもいる。安心してくれ」
「ふんっ!」
シドの言葉を聞き、真っ赤になっていたノルンの顔。
だが深いシワで、その紅潮は見えなかった
メルデスに到着した銀灰の鉄鎖。
ノルンを研究室に送り届け、シドはそのまま銀灰の鉄鎖でラルシュ王国へ向かった。
銀灰の鉄鎖に乗ったシドの帰還。
ラルシュ王国の面々は何事かと驚いたが、宰相ユリアは「シド様のことだから、何でもありよ」と、すぐに理解し適切な指示を出す。
シドはユリアに状況を全て説明した。
そしてシドは、飛空船を王の赤翼に乗り換える。
銀灰の鉄鎖よりも速度が出るためだ。
息つく暇もなく、ベルフォン島のベルフォン遺跡へ出発。
不老不死の特性を活かし、不眠不休、絶食状態で王の赤翼を飛ばす。
それはノルンも同じだった。
メルデスの研究室で、ただひたすら研究に没頭する。