第341話 死の黒竜捕獲作戦
ついに黒竜捕獲作戦の当日を迎えた。
暗黒騎士団と鉄鎖の戦士の中から、病にかかった者たちを中心として最も深き洞窟に集結。
体力のある騎士や戦士たちは、病に感染してもしばらくは動ける。
その数、五万人。
招集時はウルヒの魂がこもった演説に、心打たれた者が続出。
志願者が五万人を越えたため、人数を調整したほどだった。
洞窟内に入り黒竜の住処の直前で、自ら狂戦士毒を飲み狂戦士となる。
「行け! 騎士よ! 戦士よ! 黒竜を捕獲するのじゃ!」
ノルンの特殊な言語のみに反応する狂戦士たち。
そこにはリマとの戦闘で片腕を失った壊し屋ロヴィチ・ヴァトフと、レイの突きで腕が動かなくなった使役師ニルス・ハンスの姿もある。
二人はレイの結婚で恩赦となり釈放され、デ・スタル連合国に帰国していた。
それは身体の機能が著しく損なわれたからだ。
本来であれば死刑でもおかしくはなかった。
壮絶な黒竜捕獲作戦。
いや、作戦など一切ない。
狂戦士となった者たちが黒竜に群がり、動きを止め、優秀な使役師たちが黒竜を従えようと試みる。
狂戦士毒を飲んだ狂戦士たちは、常人の五倍以上の力を発揮する。
腕がちぎられようが、足を折られようが、内臓が出ようが、首を落とされない限り死なない。
だが、黒竜相手には何もできず死んでいく。
黒竜はいとも簡単に三万人の命を奪った。
世界に復讐するため、狂戦士となった五万人のはみ出し者たち。
仲間を踏み潰し、乗り越え、群がり、命を捨てた壮絶な人海戦術で黒竜ウェスタードを束縛。
竜種最強格の黒竜ウェスタードとはいえ、常軌を逸した狂戦士五万人には分が悪かった。
ノルンはすかさずウェスタード用に特別調合した狂戦士毒を使い、使役に成功。
「ご苦労じゃった。良くやったのじゃ」
その傍らには五万人もの死体。
ノルンは可能な限り死んだ者たちの顔を見て、声をかけていった。
黒竜に殺された者たちと、狂戦士毒で死んだ者たち。
この作戦でノルン以外に生き残ったものはいない。
ロヴィチとニルスの二人も命を落としたが、死に顔は満足げだった。
これにより、黒竜ウェスタードはノルンの命令を聞く。
黒竜ウェスタードの別名は轟竜。
その咆哮は山をも崩すほど強力だ。
狂戦士毒に感染した人間やモンスターに向かって、ウェスタードが特殊な咆哮を上げることで、広範囲に命令を伝えることが可能となる。
ノルンがウェスタードを必要としていたのは、このためだった。
――
世界会議出発直前。
首都メルデスの王城にて、ノルンとウルヒが対面した。
「ウルヒよ。病はメルデスまで来ておるか?」
「はい老師。完全に国内全土に広まりました。すでに出国を禁止させ、輸出入も止めております」
「うむ。それでも人の出入りはあるじゃろう。完全に止めることは難しい」
「国内に入った者は発見次第殺しています。また狂戦士となったモンスターもいるので、出入国は容易ではありません」
「そうか。分かった」
ウルヒと話しながら、ノルンは認めたくない事実を知ってしまう。
ウルヒの腕にある赤い斑点。
感染者の証拠だ。
「貴様も……感染したのか」
「はい。私はまだ発症しておりませんが、この腕の斑点が出たということは間違いなく感染しております」
「そうか。世界会議参加者には全員狂戦士毒を飲ませるんじゃ」
「かしこまりました」
「狂戦士毒はさらに改良したのじゃ。発動まで一週間ほど猶予が生まれ、なおかつ発動の命令が行えるようになった。さらに狂戦士化しても、数カ月は生き延びる」
「それは朗報です。発動までの一週間は病が治り正常でいられるということですね」
「そうじゃ。じゃが、必ず死ぬ」
「一週間もあれば十分です。では、私も飲みます」
「……うむ」
「老師との時間は忘れません。老師に拾っていただき感謝しております。これまで本当にありがとうございました」
「……うむ……うむ」
「い、いつか……また、必ずお会いしたいと思っております」
「うむ。ウルヒよ、儂は必ずそちらへ行く。必ずじゃ。待っておれ」
「はい!」
ウルヒはノルンの手を握り、ただただ頭を下げていた。
◇◇◇
時は現在に戻る。
「ノルン。俺は助けたいんだ。あなたを、この国を。何があったか分からない。でも、どんな状況でも諦めない。国をより良くしていく努力だけは怠ってはいけない。それが俺たち君主の努めだろう?」
アルの言葉を聞き、声にならないほどの小さく呟いたノルン。
「分かっておる……」
自分が作り上げた世界のことをノルンは思い出していた。
とはいえ、配下の者たちが覚悟を決めたように、ノルンもまた覚悟を決めている。
もう戻ることはない。
しかし、目の前の若き国王は、眩しいほどの理想を掲げていた。
世界に宣戦布告までしたこの犯罪国家を助けたいと言う。
しかも、この若者には世界を変える力があるかもしれない。
数々の絶望を経験したにもかかわらず、諦めないアル。
人の闇を知っているノルンでさえ、その言葉に、その光に希望を見出したくなるほどだった。
「もう……遅い」