第340話 異端者の復讐
ウルヒは冗談を言う男ではない。
表の顔はデ・スタル連合国の国王として、四カ国からなる連合国をまとめ上げる。
裏の顔は世界に広がる犯罪組織の帝王として君臨していた。
「グハハハハ、面白い。お主の言う通り、儂らは異端者じゃ。儂はもう人間ですらないしの。いいじゃろう。異端者の復讐じゃ。お主たちの最後を見届けてやる。儂は一緒に行けんからのう」
「老師……」
「じゃが、そのためには黒竜ウェスタードの力が必要じゃ。お主らに捕獲できるのか?」
「黒竜とは……。まさか! りゅ、竜種ですか!」
「うむ。黒竜ウェスタードの別名は轟竜といってな。ウェスタードの咆哮は特別だ。咆哮で最も深き洞窟作り出したと言われているほどじゃ」
「竜種と戦える人間なんて……」
ウルヒの額から冷たい汗が流れる。
竜種と対峙して生きている人間などいないからだ。
「いや、一人いましたな。ラルシュ王国の国王陛下が」
「彼奴は火竜と水竜の二体も討伐しておる。いくらシドの小僧が側近にいたとしても信じられぬ」
「組織ではレイ・ステラーに莫大な懸賞金をかけておりましたが、いつの間にか冒険者アル・パートも同レベルの懸賞金となりました。それがたった数年で、今や一国の王ですからね」
「ふむ、儂の人生でもあれほどの人間は見たことがない」
人類で最も年齢を重ねているノルン。
世界の裏社会を牛耳るウルヒ。
その二人が戦慄するほどの人間がアルだった。
「ですが……アル陛下も同じ人間です。老師、我々だってできます」
「うむ。分かった」
「王国からは暗黒騎士団と、組織からは鉄鎖の戦士を動員します。我が国には優秀な使役師たちも多いですから、竜種とて使役可能でしょう」
「ウェスタードと戦う者には狂戦士毒を使う。ウェスタードに殺されるか、狂戦士毒で死ぬかどちらかじゃ。確実に死ぬ。騎士団や戦士たちとはいえ、拒否するものには無理強いするでないぞ」
「拒否する者などおりませぬ。ですが、お心遣いに感謝いたします」
「ウェスタード相手じゃ。狂戦士は五万人必要じゃろう。騎士と戦士の中で、疫病に感染した者から選ぶのじゃ」
「かしこまりました。さっそく手配いたします」
ウルヒは一礼し、部屋を出た。
颯爽と廊下を歩くウルヒ。
その表情には笑みがこぼれる。
「私は最後まで老師と共にいる。老師と共に戦える」
ウルヒ自身はまだ感染してないが、この首都まで疫病は迫ってくるだろう。
間違いなくウルヒも感染する。
この国で生き残れるのはノルン唯一人。
国王で犯罪組織のトップでもあるウルヒも、死の覚悟は決めていた。
命を燃やし、ノルンと共に世界と戦う。
心から嫌悪している世界を守るために、力の限り世界と戦うのだ。
これほど痛快なことはない。
国王の執務室の到着すると、扉の前に立つ護衛の騎士に指示を出す。
「暗黒騎士団の団長と、鉄鎖の戦士の戦士長を呼べ。各組織の長たちも集合させよ」
「かしこまりました」
執務室に入り、ひときわ豪華な椅子に座るウルヒ。
「異端者の復讐だ。クハハハ」
――
同じタイミングで、ノルンもまた椅子に座り笑っていた。
「儂なりに作った平穏じゃったが……。これが儂の……異端者の運命じゃて。グハハハハ」
それは自分の呪われた運命をあざ笑うかのように。
ノルンは一万二千年前に古代王国の初代国王として、正しく国民を導き退位。
民衆からは賢王として尊敬され崇められていた。
余生は念願叶って薬の研究に没頭。
その中で、偶然にも不老不死に接触するような調合を発見してしまった。
ノルンはすぐに破棄し封印。
しかし、それを知った自身の子供たち、すなわち古代王国の後継者は欲にまみれていた。
強欲は人を狂わせる。
ノルンは不老不死の実験台とされた。
その後はシドと同じだ。
最初は不老不死の確認だけだったが、壮絶な拷問が始まる。
いつの時代も人間は変わらない。
狂った人間ほど恐ろしいものはないのだ。
逃げ出すことに成功したノルンは、数百年の時を経てベルフォン島に流れ着いた。
そして数千年の長い年月をかけて、ベルフォン島を住処とする白竜クトゥルスの秘密を知る。
ノルンは時の古代王国国王に近付き、知識を与え、神殿という名の墓を作らせた。
ノルンは人間を恨んでいる。
自分が異形の者になったことで、地獄の苦しみを味わった。
いや、今でも味わっている。
古代王国が滅びても死ねないノルンは、シドのように組織を作る。
その際ノルンは、自身のような世の中に馴染めない異端者を集めた。
必然的に犯罪組織となっていくのだが、それでも良いと考えていたノルン。
この組織に入ることで、救われる人間もいるのも事実だ
幾度となく権力に潰されるも、その都度組織を作る。
そして五十年前にデ・スタル連合国を作り上げた。
だが、その王国も疫病で終焉を迎える。
またしてもノルンは、自分の安息の地を失うのだった。
「初めに竜種と始祖が生まれる。竜種が壊し、新たに作る。始祖が育み、終りを告げる。世界は破壊と創造の繰り返し」
ノルンは始祖と竜種に関する古代書の一文を口にした。
「もし、この世に儂とシドの小僧だけが残っても、きっと創造があるはずじゃ。さしずめシドの小僧は創造の始祖、儂は破壊の竜種じゃな。グハハハハ」
自らの立場やこれまでの境遇を、始祖と竜種に例え皮肉ったノルン。
不老不死のノルンとシドは死の病でも死なない。
疫病が世界に蔓延したとしても、この二人は必ず生き残る。
「いや、ラルシュ王国の国王と王妃もじゃろう。雷の神を従えた人間と、狂戦士から復活した人間などおらぬからな」
「ふむ。人類の救世主は果たして……」
ノルンは立ち上がり、窓辺で霧がかかった街並みを眺めていた。