第337話 邂逅
俺は旅する宮殿に戻り、皆に状況を報告した。
シドは腕を組み、迷いがあるような渋い表情を浮かべている。
「洞窟内にノルンがいたのか」
「ああ、旅する宮殿で入ってこいって言ってる」
「罠の可能性は?」
「ないと思う」
「そうか……」
「ノルンに会うためにここまで来たんだ。行くしかないだろう。とはいえ、皆を危ない目に合わせたくない。降りるのは俺、シド、エルウッドだ。他の者は旅する宮殿で待機してくれ」
レイが両手を腰に当て、俺を睨んでいる。
「私も行くわ。止めでも無駄よ」
「レイ……いくらなんでも危険だ」
「私はラルシュ王国の女王なのよ? ノルンの対応は世界会議で決めたことでしょう?」
「クッ。わ、分かった」
するとオルフェリアが手を挙げた。
「待ってください! 私も行きます! 私はシドの妻ですよ」
「……分かった。オルフェリアも一緒だ」
皆には言えないが、シドはノルンの系譜だろう。
家族であるオルフェリアの同席は当然といえば当然だ。
旅する宮殿は洞窟内へ進む。
マルコの操縦は神がかっており、銀灰の鉄鎖に並列させて停泊した。
「じゃあ、行ってくる。何かあった時は皆、頼んだよ」
最初に俺が下船。
すると、少し離れたところで、ノルンが見上げるように旅する宮殿を眺めていた。
出迎えてくれてるのか。
「何度見ても素晴らしい船じゃのう」
「銀灰の鉄鎖だって特別製だぞ」
「素材が違う。これは火竜ヴェルギウスの素材じゃ。それに他の竜種の素材も使っておる」
三体の竜種の素材を使っていることは、ノルンにお見通しのようだ。
次に下船したシド。
ノルンに対して、古代王国式の最敬礼をする。
「お初にお目にかかります。初代国王、ノルン・サージェント・バレー陛下」
「貴様がシドの小僧か。ふん、尊敬の念なぞ持ち合わせておらぬじゃろう。呼び捨てで良い」
俺は二人の表情を見ていたが、表情は全く変わらない。
特に駆け引きしてるようでもなく、自然な対応だった。
そしてレイとオルフェリアも下船すると、ノルンは銀灰の鉄鎖の扉を指差した。
「外は寒い。貴様たちは火竜の鎧を着ているから関係ないじゃろうがな」
俺とレイはもちろんのこと、シドとオルフェリアもヴェルギウスの素材で作った軽鎧を着ている。
そのため外気温に左右されない。
俺たちはノルンの後ろを歩き、銀灰の鉄鎖に搭乗。
製造はラルシュ工業だが、俺は他国の飛空船に入るのは初めてだった。
内装は旅する宮殿に引けを取らない。
さすがは国家を代表する旗艦だ。
首都メルデスで見たような木造建築の温もりと、鉄板などの素材が美しく融合している。
旗艦の内装に関しては、各国の建築士がデザインしているため、その国の特色が色濃く出るのだった。
「こっちじゃ」
ノルンの後をついていくと、会議室のような広い部屋に入った。
「適当に座るがよい」
部屋の中心には長方形の八人用机。
一枚板で作られた美しい机だ。
椅子も同じ木材から作られているのだろう。
やはりデ・スタル連合国の木材加工技術は高い。
「で、後ろの奥方たちは何しに来たのじゃ?」
「レイはラルシュ王国の女王だ。オルフェリアだって研究機関の局長で、狂戦士の毒を研究している。それに、二人はシドの秘密も知っているんだよ」
「なるほど。では、シドの小僧のことを話しても大丈夫なのじゃな」
「そうだ。なんだ、気を使っているのか?」
「普通ならこんな話は信じられないじゃろうて」
シドの不老不死を隠すつもりだったノルン。
思ったより常識を持ち合わせていて驚いた。
それにしても、先程から船内で人を見かけない。
ノルン一人しかいないようだ。
大型船の旗艦なのだから、もっと人がいてもいいはずだが。
「儂一人しかおらぬからの。何も出せないぞ」
ノルンが俺の考えに気付いたようだ。
「他の者はいないのか?」
「そうじゃ。儂以外全員狂戦士毒を浴びておる。今頃は進軍中じゃ」
「それを止めに来た」
「グハハハハ。できるかどうかは、シドの小僧が知っとるじゃろ」
全員がシドの顔を見る。
シドの表情は暗い。
「……無理……だな」
「その通りじゃ! 流石は一族最高傑作と呼ばれたほどの天才じゃ。もう解析したのか。狂戦士毒は発動したが最後、絶対に止まらんのじゃ! グハハハハ!」
「ノルン様でも解毒剤は作れないのですか?」
「敬称も敬語もいらぬわ小僧。それにしても、この解析の早さ……。貴様、自ら試したじゃろう」
「はい、試しま……試した」
「そうか。グハハハハ。なら分かったじゃろう! これは絶対に止まらん! 止まらんのじゃ! 無駄足だったな!」
俺は思わず机の上で拳を握りしめた。
ヴェルギウスの革グローブが、締めつけられて音を立てる。
「悔しいか? え? 悔しいのか?」
ノルンが人をバカにしたような薄ら笑いを浮かべていた。
「儂を殺すのか? え? 三体の竜種殺しの勇者様よ。貴様なら人を殴り殺すなんて簡単じゃろう。グハハハハ」
「貴様は……死なないだろう」
「そうじゃ! その通りじゃ! 貴様のように次々とモンスターを殺していく悪魔でも儂は殺せん! グハハハハ」
「クッ」
「悔しいか! グハハハハ! 貴様たちは儂らの思い通りに動くだけじゃ! 無様だのう! 愉快じゃ! ああ愉快じゃ! グハハハハ」
拳を握る手に、さらに力が入った。
すると、俺の右手にそっと手を乗せるレイ。
「ねえ、ノルン。どうして宣戦布告なんてしたの? あなたの目的は何?」
「なんじゃ、狂戦士か。貴様のおかげで狂戦士毒が完成したのじゃ。感謝しとるよ狂戦士様。グハハハハ」
以前のように、レイの狂戦士を話題に出すノルン。
「貴様!」
「グルゥゥゥ」
俺とエルウッドが同時に反応する。
俺は机を叩きながら立ち上がり、エルウッドは牙を向けた。




