第335話 アルと六人の女性たち
俺はシドの珈琲カップにおかわりを注ぐ。
「シド、通常の狂戦士は超高音の咆哮が発動のきっかけだったんだろう? 狂戦士毒の発動条件はどうなんだ?」
「発動のきっかけはない。感染したらすぐに発動する」
「そうか。……そういえば、ノルンは命令を聞くと言っていた。それにウルヒ国王陛下に聞いたことのない言葉を発していたよ」
「ふむ。何か命令できる言語があるのかもな。狂戦士毒感染者相手に命令できると厄介だぞ」
感染したらすぐに発動、そして停止することはない。
さらに命令も聞くとなると、確かに厄介だ。
「レイの狂戦士は血清で治ったよね。狂戦士毒はどう? 解毒剤って作れる?」
「いや、それがな……無理なのだ」
「え? 無理? ノルンは解毒剤を作れると言っていたぞ?」
「ふむ。もしかしたら私の想像を超える技術があるかもしれぬ。だが、私の予想だとブラフだ」
「なるほど。解毒剤をほのめかして、こちらの動きに制限をかけているのか」
「その可能性が高いだろう。束縛すると解毒剤が手に入らないとか、ノルンに脅されたのだろう?」
「その通りだよ」
「現状では狂戦士毒は回復しない。仮にだ、仮に回復しても助からない。ノルンの意図は分からないが、デ・スタル連合国はもう終わりだ」
なぜ国を捨てるのだろう。
ノルンは古代王国を建国した初代国王だし、その古代王国の滅亡も見てるはずだ。
また繰り返すのか。
俺には理解できない。
俺は珈琲を飲み干した。
「いずれにしても、ノルンと話さないと分らないことばかりだ」
「そうだな。明日には最も深き洞窟に到着するだろう」
「ノルンはいると思う?」
「分からんが、他の場所は考えられない」
「実際行って考えるか。じゃあ皆のところへ戻ろうか」
シドとの話を終え食堂へ戻る。
扉を開けた瞬間、葡萄酒の芳醇な香りが俺を包み込んだ。
「ど、どうした? 葡萄酒でもこぼしたか?」
食堂に入ると、床に葡萄酒を撒き散らしたような強烈な匂いが広がっていた。
「マルコしゃん! どうしてもっとアプローチしないんれすか!」
「そ、そんなこと言われても……マリンさん」
「もっと積極的に行くべきでしゅ! あれほどの女性でしゅよ! 今逃したら二度と出会えません! いや、それどころかマルコしゃんはもう二度と結婚できましぇん! 今どき奥手なんて流行りませんよ! 弟に先を越されてるんですよ!」
呂律が回っていないマリンに説教されて、背中を丸めているマルコ。
マルコって、世界に影響力を持つほどの大臣なんだけど……。
「そうです。行くべきですマルコ。ユリアは待ってますよ」
「オ、オルフェリアさん」
オルフェリアは酒に酔わないはずだ。
それなのに、こんな会話に参加している。
「実は今まで彼女に本気でプロポーズした男性はいないのよ。皆ユリアの能力に尻込みするの。だからねマルコ、彼女は意外と恋愛を知らないの。押しに弱いわよ。本人は強がっているけどね。ふふふ」
「レ、レイ様。ありがとうございます」
レイまでアドバイスしている。
しかも恐ろしく的確だ。
マルコたちの様子を見ていると、ローザが葡萄酒のグラスを片手にこちらへ歩いてきた。
「ユリアにプロポーズしないマルコが、女性陣に説教されていてな。見ていて面白いのだ」
ローザの隣には弟のアガスがいる。
「アガス、お兄さんを助けてあげないの?」
「今行くと、ローザさんと結婚できた僕は嫌味を言われそうで……」
「アハハ、確かにね」
俺に気付いたエルザが、葡萄酒とグラスを持ってきた。
「アル様も飲まれますか?」
「ありがとうエルザ。じゃあ、一杯貰おうかな」
「かしこまりました」
「それにしても、マリンは面白いなあ」
「あの……本当に申し訳ございません」
「なんで謝るの? ああいうところもマリンの魅力じゃん。アハハ」
「うふふ。はい、そうです」
エルザが笑顔で応えてくれた。
「でも、少しだけマルコを助けてあげようかな」
女性陣に囲まれ、背中を丸めているマルコ。
俺はそんなマルコの前に立ち、マリンを指差した。
「マリン。人のことはいいんだよ。君はどうなんだ?」
「アアアア、アル様! 嘘でしょう! それはダメれす! 今のはダメれす!」
「え?」
「酷い! 信じられない! アル様酷い! うわああああん!」
マリンが大声で泣き始めた。
嘘泣きだ。
どう見ても嘘泣きだ。
目が笑ってる。
「そうだ! アル君! 今のはダメだ!」
「アルは幸せすぎて周りが見えないようですね」
「アル、私は何も言わないわ」
「国王になって、世界一の美女と結婚しても、未だに女性の気持ちが分からぬとはな」
「アル様、マリンを泣かしましたね」
嘘でしょ、ローザやエルザまで?
「うわああああん」
さらに大声で泣くマリン。
このマリンをなだめる方法はただ一つ。
「分かった! 分かったよ! ごめん! ごめんって! 帰ったらマリンが欲しがってたバッグ買ってあげるから!」
「え? 本当でしゅかあ?」
一瞬で泣き止んだマリン。
いや、マリンはそもそも泣いてない。
満面の笑みを浮かべている。
「アル君! マリンだけ特別はずるいぞ! アタシも欲しい」
「フフ、アル。私も欲しいです。シドは何も買ってくれないので」
「ねえ、私も欲しいわ」
「なんだ、皆に買ってくれるのかアルよ」
「じゃ、じゃあ、私もいいですか?」
女性陣全員が俺を見る。
どうしてこうなったのか。
これもマリンの策略か。
「も、元はといえばマルコのせいだ! マルコ! 半分出すんだ!」
「え? 私がですか!」
「そうだ! マルコがはっきりしないからいけないんだ!」
「わ、分かりました!」
すると、レイがマルコの背中に手を置いた。
「ふふふ。マルコはダメよ。そのお金でユリアに買いなさい。とっておきのものをね。大丈夫、きっと上手くいくわ。私たちはアルに買ってもらうから安心して」
「そうれす! アル様一人で私たちに買うんれす! 悪いのはアル様でしゅ!」
くそ、マリンに酒を飲ませたのは誰だ。
「分かったよ! 皆欲しい物買ってくれ! 全部俺が払うよ!」
まあ俺には使わない金があるから別にいいし、皆が喜んでくれるなら、それはそれで嬉しい。
今回も命の危険がある遠征だ。
特別ボーナスのつもりで買ってあげよう。
だけど一つ納得できないことがある。
「でも、オルフェリアはシドに買ってもらってよ!」
「ア、アルよ。それは酷くないか? 愛する妻をないがしろにしないでくれ」
「愛する妻なら自分でやれっての!」
「いや、ここは国王陛下を立ててだな」
「あーもう、うるさいな! 分かったよ! 買うよ!」
六人の女性が一斉に立ち上がり、歓声を上げ拍手している。
「……本当にもう」
こんなに楽しいのに、どうして国を捨てるのだろう。
俺には全く理解できない。
捨てるどころか、俺は命をかけてでもこの国と、そして仲間たちを守りたいと思っている。
ノルンだって素晴らしい仲間がいるはずだ。
「さあ、じゃあアル君の奢りでもっと飲むぞ!」
「「「「おお!」」」
リマの音頭で全員がグラスを掲げた。
「マリン、俺も飲むぞ!」
「もちろんれす! アルしゃまバンザイ!」
俺は六人の女性の輪に入った。




