第327話 一ヶ月の猶予
俺の顔を一瞥し、全員を見渡すノルン。
「軍隊を用意した。無数のモンスターと、デ・スタル連合国の全人口八十万人じゃ」
「こ、国民まで?」
「左様じゃ。全国民が狂戦士毒を浴びておる。生きてようが死んでようが関係なく儂の命令だけを聞き、狂戦士として肉体が朽ち果てるまで動く。この国王も騎士団団長もそうじゃ」
「な、なんだと。命令まで聞くのか」
「グハハハハ。狂戦士毒は凄まじいぞ。そして、解毒剤を作れるのは儂だけじゃ。もし儂をここで捕らえたり殺したら、この毒はさらに世界へばら撒かれる。世界は混乱どころじゃないだろうて」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてなんておらぬ。儂が世界を浄化し牛耳るのじゃ」
この部屋には当然ながら武器の持ち込みはできない。
隠し武器も厳しくチェックしている。
警備は外にいるため、ここにいるのは各国代表の二十四人だけだ。
だが、この場には世界で最も強い三人が揃っている。
俺、レイ、キルスは素手でも戦えるし、はっきり言って素手であろうが人間相手ならどんな相手にも負けない。
それでも、ノルンには手出しできない。
「侵攻は一ヶ月後じゃ。貴様らは全力で抗うが良い。グハハハハ」
ノルンが俺の顔を見る。
「さて、アルよ。儂はお暇するとしよう。安全に帰れるように貴様が先導せい」
「分かった」
俺は全員を見渡した。
「皆さん、すぐに戻ってきます。このまま待機していてください。レイ、少し頼む」
「わ、分かったわ」
俺とノルンが扉に向かって歩くと、ウルヒ国王と騎士団長が続く。
この二人の目は蛇のように濁った白さだ。
俺が以前討伐した、生き返ったモンスターと同じ目。
狂戦士毒で狂戦士化すると、この目になるのだろう。
会議室を出ると待機していたメイド長のエルザに、空港管理官へ連絡を頼む。
そして、俺はノルンを連れ、王城内の空港へ歩き出す。
「貴様たちが開発した飛空船な。あれは素晴らしい。移動の革命じゃ」
俺は何も答えない。
「ところで、シドの小僧はどうしたのじゃ? なぜ会いに来ないのじゃ?」
「世界を牛耳るなんて、バカげたことを言うお前と会う必要なんてないだろう。シドは世界を平和にするためにギルドを運営してるんだ」
「グハハハハ。言うよるなアルよ。気に入った。じゃが、貴様もシドの小僧もそのうち分かるはずじゃ。儂の気持ちがな」
「俺たちはお前と違う!」
俺は強く反論した。
どんなことがあっても俺達は他国に宣戦布告などしない。
国民を不幸に陥れるだけだ。
それよりも、ノルンがここでシドの名前を出すのであれば、最も重要なことを確認すべきだろう。
「やっぱりお前も……不老不死なのか」
「お前も……か。違うぞ。儂が最初の一人目で、シドの小僧が二人目じゃ」
やはりノルンは不老不死だった。
「シドが言っていた。ノルン・サージェント・バレーは古代王国の初代国王だって」
「シドの小僧はしっかりと初代の、いや儂の名前を覚えていたようだな。グハハハハ」
王城の敷地は広い。
王城から空港までの距離は軽く一キデルトある。
俺たちはゆっくりと歩く。
「二千年前にシドの小僧が不老不死になった時は驚いたものじゃ。儂の子孫だし、この世に二人目の不老不死じゃぞ。儂は接触しようとたのじゃが、あの小僧は意図せず儂の手を逃れ世界を旅していた。そして帝国を作り、冒険者ギルドを作った。いくら儂でも手が出せなくなってのう。さらにはこの国じゃ。貴様やシドの小僧、レイとやらや他にも優秀の人材。そして始祖二柱。この国は歴史を見ても強すぎる。それこそ古代王国並じゃ」
「だが俺は宣戦布告などしない」
「言うよる言うよる。グハハハハ。じゃが、いくら強くとも絶望は訪れるものじゃ。……お主も分かる時が来る」
「ふざけるな!」
俺は間違っても世界に宣戦布告などしないし、自国民を狂戦士化なんてしない。
ノルンと会話していると、王城敷地内の空港に到着した。
呼び出していた空港管理官が敬礼して待っていた。
「突然ですまないね。デ・スタル連合国の飛空船は出港できる?」
「は、はい! いつでも出港できるように準備はしております!」
「じゃあ、すぐに頼む」
「承知いたしました!」
空港管理官が職員に出港の指示を出し、準備に取りかかった。
デ・スタル連合国の飛行船は、大型船サンシェル級一隻だ。
これが船団であれば出港準備に時間を要すが、一隻であればすぐに準備は完了するだろう。
ラルシュ工業はデ・スタル連合国に対して、大型船サンシェル級一隻と小型船シーノ級一隻を納入している。
大型船はデ・スタル連合国の旗艦で、銀灰の鉄鎖と呼ばれる銀灰色の美しい飛空船だ。
他国は旗艦を一隻、大型船を五隻から十隻、中型船を十隻以上、小型船を二十隻以上と大量に購入していた。
飛行船購入には莫大な資金がかかる。
それこそ大型船一隻でも相当な金額だ。
他国の財政状況は不明だが、デ・スタル連合国の財政は厳しいのかもしれない。
「さて、アルよ。侵攻は一ヶ月後じゃ。せいぜい抗うが良い」
「本当に世界を牛耳るなんてバカげた目的で侵攻するのか? 一万二千年も生きてるんだぞ? なぜ今さらなんだ?」
「……一ヶ月後じゃ。グハハハハ」
ノルンは国王と騎士団団長を従え、飛空船に乗り込んだ。
飛空船の扉が閉まる。
しばらくすると、空港誘導管が両手に小さな旗を持ち、飛空船に出港可能のサインを出す。
これらの各種サインは、ラルシュ王国の運輸大臣マルコを中心に作り上げた飛空船の国際ルールだ。
上昇する飛空船。
最後に窓の外を眺めるノルンと目が合った。
俺はすぐに会議室へ戻る。
途中シドと合流し、事情を全て説明した。