第317話 休暇
夕方を迎え今日の執務を終えようとしたところ、ユリアが入室してきた。
「陛下、世界会議の出席者はいかがいたしますか?」
二年に一回行われる世界会議。
我々にとって、建国後初の世界会議となる。
さらに開催地はここアフラだ。
世界会議は公平を期するため、出席者は一国から三名までと決められている。
「うーん、俺とレイ、あとはユリアかな」
「私ですか? シド様は?」
「最近のシドは国家の運営にあまり関わってないし、冒険者ギルドで忙しいからね」
「忙しいかどうかは別として、確かに国家の取り決めなら私の方がいいかもしれませんね」
「そういうことだよ。よろしくユリア」
「かしこまりました」
優雅にお辞儀をしたユリア。
そのままミニキッチンへ向かい、珈琲を淹れている。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「アル、そろそろ終わりでしょ? 一緒に帰りましょう」
レイが入室してきた。
狂戦士から完全復活したレイは、これまで以上に勢力的な働きを見せ、内政や外交で完璧な結果を残している。
その容姿の美しさとは裏腹に、他国はレイの辣腕を恐れていた。
「あらユリア。どうしたの?」
「レイ様も珈琲でよろしいですか?」
「ええ、お願い」
「陛下と世界会議の打ち合わせです。もう二ヶ月後ですから」
「そうね。飛空船の登場で移動時間が短縮されたけど、以前だったら遠方の国は移動を始めてる時期ですものね。お迎えの準備はできている?」
「もちろんです。迎賓館も完成しましたし、保冷庫を使った料理をエルザが試作してます。そろそろ両陛下にも試食していただくことになるでしょう」
「それは嬉しいわね」
メイド長のエルザは王宮料理長も兼任し、王宮のメニューを考案していた。
だが、エルザがキッチンに立つことは滅多になく、配下の副料理長が実際に取り仕切っている。
なお、俺とレイの食事に関しては、未だにエルザが毎日作ってくれていた。
「ねえアル。あなた議長だけど大丈夫?」
世界会議は開催地の代表者が議長となる。
つまり俺だ。
「うん。緊張しないように頑張るよ」
「ふふふ。まあ、あなたなら大丈夫よね」
「そ、そそそうだね。えーと、議題は決まったのかな?」
「今調整してるわ。今は国家間で大きな問題がないから、平穏な世界会議になるでしょうね」
「そうか。それは良かった」
「もし問題があるとすれば、あなたの竜種討伐くらいかしら。もう異常ですもの。三体の竜種殺し様」
「ちょっと! やめてよ!」
レイとユリアが笑っていた。
「まあそのことだけどさ。俺も色々と考えてるんだよ。竜種と始祖の関係とか、自然環境とか。竜種を三体も討伐した俺が言えることではないけど……竜種と始祖って地形を作って、自然や生態系を育てていると思うんだ。人間が最も自然を壊してるような気がしてね」
「自然の中で生きてきたあなたらしいわね」
幼い頃に両親を亡くした俺は、十九歳まで世界で最も高いフラル山でエルウッドと暮らしていた。
必要な分だけ鉱石を採掘して生活費を稼ぎ、たまの贅沢を楽しむ程度だ。
自然に生かされていたと思う。
「ウォン!」
俺の横で伏せている始祖のエルウッドを見つめると、笑顔で応えてくれた。
「でも人間だって、より良い生活のために生きていく権利はある。そのために自然を壊していくことだってある。現に俺たちもやってるしね。だけど近頃は、竜種と共存できないのかなって思うんだ」
「難しい問題ね。アルの言うことは理解できるわ。でも実際、アフラの街が竜種に襲撃されたらどうするの? 竜種の襲撃は実際にあったでしょう?」
「……そうだね。俺は国王だから国民を危険に晒すことはできない。その時は竜種を討伐する」
「ごめんなさい。意地悪な質問だったわね。アル、これはあなた一人でどうにかできる内容じゃないわ。それこそ世界会議で議題にして、人類全員で考える内容よ」
ユリアが珈琲をローテーブルに置く。
俺とレイは並んで応接用ソファーに座り、対面にユリアが腰を下ろす。
「陛下、近頃思い詰めてませんか? 世界会議まで時間がありますから、少し休んだ方がよろしいかと」
「でも休むと怒るじゃん」
「怒ってません! 来週のローザとアガスの結婚式が終わったら、しばらく休んでください」
そう、来週はローザとアガスの結婚式が予定されている。
建国してから初めての幹部クラスの結婚式だから、俺は盛大に祝うつもりだ。
ユリアが認めてくれたので、費用は国家予算から捻出する。
そのため、この式で世界会議の予行練習をすることになっていた。
王宮に務める料理人、給仕人、メイド、清掃等を行う使用人にとってはいい経験になるだろう。
「休みか。じゃあお言葉に甘えようかな。レイは?」
「レイ様は世界会議の最終調整がありますので」
「え? じゃあ俺もいいよ。レイに負担かけちゃうもん」
レイが俺の肩に手を置く。
「私のことは気にしないでアル。少し息抜きしてきなさい。あなたはここまで誰よりも頑張ってきたもの」
「そんなことないけど……。分かったよ。ありがとう」
「二週間くらいは平気よ。王の赤翼で好きなところへ行ったらいいんじゃない?」
「そんなに? 大丈夫?」
「平気よ。何かあっても私たちで対処するわ。ねえユリア」
ユリアが頷き、微笑んでくれた。
「ありがとう。じゃあ、エルウッドとヴァルディを連れて行ってくるよ」
「ふふふ、お土産を楽しみにしてるわ」
俺は飛空船が完成した時から、行きたい場所があった。
せっかくなので、その地へ行ってみようと思う。