第309話 命に代えても
紅竜の剣を抜き、焦げた腹部へ斬りつける。
だが、手応えは硬く、甲高い音が鳴り響いた。
「え?」
リジュールの腹部を斬る直前で、紅竜の剣が止められている。
止めたのは蒼い装飾が施された美しい剣。
「レ、レイ!」
レイが蒼彗の剣を抜き、俺の攻撃を防いでいた。
「レイ! どうしたんだ!」
レイは何も答えない。
そのまま棒立ちになる。
すると、リジュールの毒針がレイの首筋に突き刺さった。
「しまった! レイ!」
「ギイイイイィィィィ!」
すぐさま高音の咆哮を上げるリジュール。
その顔は邪悪そのものだ。
俺たちをあざ笑っているようにも見える。
次の瞬間、レイが俺に向かって必殺の七段突きを放ってきた。
「クッ! こ、これは!」
恐ろしく速い。
人間の動きじゃない。
いや、これはもうネームド以上だ。
辛うじて七段の突きを紅竜の剣で弾く。
「レイ! どうしたんだ! レイ!」
再度レイが神速の突きを放つ。
「回転突きか!」
レイは剣を回転させることで突きの貫通力を上げる。
回転を加えると突きの速度は落ちるため、五段突きが限度なのだが……。
「七段突き!」
俺はレイの回転七段突きに対し、逆回転の回転七段突きを放ち相殺させた。
俺でもこれは限界の動きだ。
こんな動きをすれば、レイの身体が壊れてしまう。
「レイ! レイ!」
レイは完全に無表情だ。
感情をなくしている様子。
「エルウッド! ヴァルディ! レイはなんとかする! リジュールを頼む!」
「ウォン!」
「ヒヒィィィン!」
始祖二柱が答えてくれた。
今のレイに対応しながらリジュールと戦うのは無理だ。
リジュールはひとまず始祖二柱に任せる。
はっきり言って、今のレイは竜種の数倍強い。
「これが狂戦士か!」
間違いない。
レイは狂戦士化している。
一度目の高音の咆哮が合図となり、過去の狂戦士が復活。
そして、リジュールから直接毒を注入され、新たな狂戦士となったのだろう。
カル・ド・イスクを討伐したことで、レイの狂戦士は完治したかと思われたが、それは間違いだった。
諸悪の根源はこの竜種リジュールだ。
「レイ! すぐ助ける!」
人間が限界を超えた圧倒的なパワーを誇る剣撃。
残像で二重三重にも見える蒼彗の剣の剣速。
これらの攻撃をまともに受けても、躱したとしてもレイの身体には莫大な負担がかかる。
攻撃のたびに身体を壊し命を削る。
「レイ! 俺が守る!」
全ての攻撃を紅竜の剣で受け、なおかつその衝撃を全て俺が引き受けた。
レイの身体に負担はかけない。
俺の最愛の人。
俺に全てを教えてくれて、全てを与えてくれた人。
命に代えても守り抜く。
レイの攻撃が激しさを増す。
俺でなければとっくに死んでいるだろう。
レイにとって不幸中の幸いは、相手が俺だったことだ。
レイの身体にかかる衝撃を全て俺が負担してなお、どんな攻撃でも俺の肉体は壊れない。
「レイ! 大丈夫だ! 俺は壊れない! 全部受け止める! すぐに助けるからな!」
レイに悲しい思いはさせない。
レイを狂戦士から救う。
すると、レイが過去最速の突きを放ってきた。
それはこれまで戦ったどの相手よりも速い。
俺は剣を斜めに構え、神速を超えた突きを受ける。
激しくこすれる剣と剣。
飛び散る火花。
剣の摩擦で抵抗を増やし、突きの威力を削ぐ。
この瞬間を待っていた。
レイが近付く瞬間を。
俺は剣から手を離し、レイに抱きつく。
レイは激しく暴れるが、俺は強く抱きしめる。
狂戦士といえども、俺の力であれば抑えられるはずだ。
「レイ! レイ! 俺だ! アルだ!」
「グ、グググ」
「レイ! レイ!」
レイは激しく暴れる。
身体を大きく捻り、地面を大きく蹴る。
その場を離れようと必死の抵抗だ。
「レイ! 思い出すんだ! レイ! 思い出せ!」
「ググ……グ」
「アルだ! レイ! アルだ! 思い出せ!」
レイの力が徐々に弱くなってきた。
「ア、ア……ル」
「レイ! そうだ! アルだ!」
「ア……アル。身体が……言うこと……聞かな……」
「レイ!」
「ごめん……なさい。ごめん……なさい。ごめ……んな……さい」
「レイ! 大丈夫だ!」
「アル……お……願い」
「どうした! レイ!」
「私は……ナタリーと……アル。愛する人に二度も……剣を向けた。もう……やだよ。……やだよ」
「レイ! 大丈夫だ! もう大丈夫だ!」
「アル、アル。私を……殺して。もう……これ以上は……耐えられない。アルを傷付け……たくない。やだよ。お願い……死にたい。もう……やだよ」
レイの言葉を聞いて戦慄した。
殺せ?
死にたい?
レイにこんな言葉を吐かせる原因は何だ。
何が原因だ。
「レイ、聞くんだ。俺が絶対に助ける」
「アル……お願……い。憎しみが……殺意が……湧いてくるの……早く……お願い……早く……殺……して」
「レイが死ぬ時は俺も死ぬ時だ。一人にさせない」
レイが何をしたというのだ。
両親を殺され、養母も殺され、それでも強く生きてきた。
やっと掴んだ幸せだ。
それなのにまた壊される。
絶対に……絶対に許さない。
リジュール。