第307話 鼓動
◇◇◇
私はヴァルディの背に乗りながら、白い凍蝙蝠竜を引きつける。
思惑通りこちらの誘いに乗ったラヴィトゥル。
私とヴァルディを追いかけてきた。
「ヴァルディ、壁際まで引きつけるわよ」
「ヒヒィィン!」
ヴァルディはそのまま壁に向かってジャンプ。
百メデルトなんて、本気のヴァルディにとっては一歩にも満たない距離だ。
一瞬で壁際まで届き、全身で衝撃を吸収しながら着地。
背に乗る私のことを考えてくれているのだろう。
ヴァルディは本当に優しい。
「ありがとうヴァルディ」
「ヒヒィィン!」
振り返ると、ラヴィトゥルは翼をはばたかせ、猛然と追いかけてきた。
あの白いラヴィトゥルは、私たちが討伐したカル・ド・イスクと全く同じ容姿をしている。
思い出したくもない白い悪魔。
だけど、カル・ド・イスクと同じ種なのは間違いない。
ここに二頭いるということは、カル・ド・イスクと同種の個体が他にもまだいるのかもしれない。
「もしかして、白いラヴィトゥルはリジュールが作り出した?」
私は我に返る。
戦いの最中に余計なことを考えてはいけない。
相手はネームドと同種。
危険極まりない相手だ。
それに……ナタリーを殺した相手。
私の心の中で、黒い感情がこみ上げてきた。
「いけない」
私は大きく息を吐く。
戦いは常に冷静でいなければならない。
雑念を振り払う。
ラヴィトゥルが宙に浮いたまま五メデルトほどの距離から、尻尾の先端部にある毒針を突き刺してきた。
あの毒針から、麻痺性と防腐作用がある毒を注入し、獲物の動きを止める。
さらに生物の攻撃性を高める成分を持ち、生物を兵隊として酷使する忌まわしい毒を持つ。
その兵隊は狂戦士と呼ばれ、死ぬまで戦う。
以前の私は狂戦士だった。
だけど、ナタリーの愛で自我を取り戻した。
ヴァルディが毒針を避けると、岩を砕く鈍い音が響く。
毒針は地面に突き刺さっていた。
岩盤をも突き刺す威力。
カル・ド・イスクの毒針に、これほどのスピードとパワーはなかった。
この個体はカル・ド・イスクよりも強いかもしれない。
恐ろしいスピードで、何度も毒針を突き刺してくるラヴィトゥル。
だが、こちらは始祖ヴァルディだ。
スピードの次元が違う。
容易に避けている。
「キィエィィィィィィィィ!」
苛ついたのか、ラヴィトゥルがひときわ甲高い咆哮を上げた。
すると、私の心臓の鼓動が一度だけ大きく反応。
「クッ! こ、これは……」
この感覚は記憶にある。
狂戦士だった時の感覚だ。
さらにラヴィトゥルが大きく息を吸い込む。
「あれは! 凍る冷気!」
カル・ド・イスクの奥の手である、圧縮した冷気と同じ動作だ。
その冷気に当たると人間なんて簡単に凍る。
お父さんも、お母さんも、あの冷気で凍らされた。
憎い。
「ヴァルディ! あれは危険よ!」
そう叫けぶも、もう冷気は吐き出された。
吐き出す速度が尋常ではない。
やはりカル・ド・イスクより強力な個体だ。
だが、ヴァルディも負けてない。
冷気が届く前に、ラヴィトゥルの頭上へジャンプ。
私たちが浴びるはずだった冷気は岩盤を凍らせていた。
カル・ド・イスクの冷気は一回の戦闘で一度きりだったはず。
私はヴァルディから飛び降り、ラヴィトゥルに向かって落下しながら蒼彗の剣を抜く。
すると、ラヴィトゥルが顔を上げ、口を大きく開ける。
「まさか! カル・ド・イスクは一回が限度だったのに!」
吐き出された冷気が私の身体に直撃。
鎧の表面が凍っていく。
それでも私は構わず剣を振り下ろし、そのまま着地した。
私の着地から僅かに遅れて、鈍く大きな音が二つ響く。
ラヴィトゥルの身体が落下した音だ。
蒼彗の剣はラヴィトゥルを真っ二つにしていた。
「これが通常の鎧だったら、私は凍っていたわね」
鎧の表情は凍ったものの、ヴェルギウス素材の蒼炎鎧には効果がなかった。
剣を鞘に収め、私は冷たくなった蒼炎鎧をさする。
「ありがとう」
すると、ヴァルディが顔を近付けてきた。
「ブウゥゥ」
「ヴァルディもありがとう。あの毒針は厄介なのに、あなたが全部避けてくれたおかげで無傷よ。本当に凄いわね」
「ヒヒィィン」
ヴァルディの顔を撫でると、笑顔で喜んでいた。
「そうだ。アルは大丈夫かしら」
そう言いながらリジュールの方向へ振り向くと同時に、それは起こった。
「ギイイイイイィィィィィ!」
耳をつんざく超高音の咆哮。
心臓が大きく跳ねる。
……憎い。
……憎い、憎い。
憎い、憎い、憎い、憎い。
殺す、殺す、殺す、殺す。
全てを殺す。
◇◇◇