第303話 運命の二人
翌朝、操縦室へ行くとシドがソファーに座っていた。
「シド、おはよう」
「おはよう。レイはどうした?」
「ああ、まだ寝てるよ」
「珍しいな」
「吹雪いてから少し調子が悪そうなんだ」
「ふむ」
シドが考え込む。
「アルよ。レイの狂戦士は知っているだろう?」
「もちろんだよ」
「カル・ド・イスクの断末魔を聞かせ、血清を注射したレイは完治したはずだ」
「ああ、それはリマから聞いたよ」
「だが、この地に来てから調子が悪いとなると、もしかしたら狂戦士の影響が残ってるのかも……」
シドが操縦桿の周りを落ち着きなくうろつく。
「狂戦士化すると、肉体の限界を超えて戦い続ける。それこそ筋肉がちぎれようが骨を折ろうが関係ない。力を出し尽くし死ぬ。それが狂戦士となった兵隊の末路だ。だがレイは狂戦士から復活した。恐らく狂戦士から復活した最初で最後の事例だろう。だから分からないことばかりなんだ。すまない」
珍しくシドが謝ってきた。
それほどレイのことが心配なのだろう。
もちろん俺も心配だが、シドに分からないことが俺に分かるわけがない。
「シド心配してくれてありがとう」
「当たり前だろう? アルだってオルフェリアに何かあったら心配するだろう?」
「もちろんだよ」
「それと一緒だ」
そう言いながらもシドの表情は少し照れているようだった。
俺はシドの話を聞いて気になった点がある。
「なあシド。レイの強さの秘密って、もしかして……」
「ナタリーが言うには、元々レイは数少ない天才で、教えたことは一瞬で吸収したそうだ。その上、狂戦士で肉体の限界を超えた力を使った。狂戦士は完治したが、身体は覚えていたのだろう。人間というのは意外と対応力があってな。高い負荷を与え続けると、それが当然だと思うのだ。だからレイは肉体的能力が異常に高い。恐らく人類で最高だろう」
「確かにレイは尋常じゃないよ。スピードもパワーも人間とは思えない」
「君が言うか。ハッハッハ」
やはり、レイの身体能力は狂戦士の影響だった。
俺の肉体はエルウッドの雷の道の影響で、常人よりも強化されたという話だったが、レイも同じように強さに秘密が隠されていた。
だが、俺もレイも死ぬほどの鍛錬をしている。
確かにきっかけは外的要因だが、ここまでの道のりは簡単ではない。
自分で言うのもなんだが、俺は世界で最も過酷な訓練をしたと思っている。
俺は珈琲を二つ入れ、一つをシドに渡す。
すると、シドがふと何かを思い出したような表情を浮かべた。
「そうだ。アルよ、実はレイの狂戦士の治療に関しては、バディが関わっているのだ」
「え? 父さんが?」
「そうだ。当時、バディから珍しく手紙が来てな。『狂戦士の少女を診た。恐らくシド様の元へ行くから、血清の作り方や対処方法をアドバイスする』と手紙を寄こしてくれたのだ」
「そういえば、父さんはたまにラバウトで診療してたな」
「ああ、腕の良い医者がラバウトにいると評判になっていたそうだぞ。本人はなぜか山の上で生活したかったようだがな。で、その時に、自分の息子が狂戦士の少女に鉱石を見せた。すると、無表情な少女が笑顔を作ったと驚いていたぞ」
「それって?」
「息子は君しかおらぬだろう?」
「え! じゃ、じゃあ、俺は小さい頃に?」
その時、シドが俺の背後を見て一瞬固まった。
「レ、レイ! いつからそこに」
シドの言葉で振り返ると、入り口にレイが立っていた。
「あ、ああ、ああ……」
レイの瞳からとめどなく涙が溢れている。
「私はずっと暗闇の中にいたの。深い深い暗闇の中にいたの。何も聞こえず何も見えず、ただ頭の中を殺意だけが支配していた。辛かった。地獄だった。だけど……だけどあの時光が見えたの。目の前にはっきりと光が見えたの。当時の私は、あの光に向かってただ進んで生きていたの。あの光と、ナタリーがいたから生きていけたのよ」
レイが俺の胸に飛び込んできた。
「お、俺は……レイと会っていたのか。覚えてなくてごめん」
「……ああ、あの光はアルだったのね。もう、私はもう何度アルに助けられたのかしら。アル、アル」
見たこともないほど涙を流しているレイ。
「君たちの出会いは運命じゃないか。ハッハッハ」
そこへ突然リマが走ってきて、俺とレイに抱きついてきた。
「レイ! レイ! 良かったなあ。アル君で良かったな。うわあああん」
リマも号泣している。
オルフェリアが操縦室に入ってきた。
というか全員揃っている。
「マリン。アル様とレイ様って、最初から運命で繋がってたのね。おとぎ話みたい」
「そうね。そうね。素敵よね。お二人の絆は絶対よ。奇跡の愛よ」
エルザとマリンが涙を流して会話している。
「ローザ局長、本当にこんな出会いがあるんですね」
「なんだ、アガスも興味あるのか?」
「そ、そりゃ……ありますよ」
「しかし、この二人は本当に美しいな」
「はい、仰る通りです」
ローザとアガスも涙を流していた。