表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
313/414

第301話 世界の理

 突然の話で驚いたが、確かにシドの不老不死を知っているという警告が濃厚のようだ。


「ふうう、本当に驚いたな」

「過去に私の不老不死を知った人間はいるが、古代王国に関わることを知っている人間はいない」

「どうして今になって送ってくるんだ?」

「分からんが、まあこんな本を送ってくるってことは……恐らく……暇なのだろう。ハッハッハ」


 シドは呑気に笑っていた。

 しかし、こんなに重要なことを笑っていていいのだろうか?

 俺は気持ちを落ち着かせるため、一度珈琲を口にする。


「それで本の内容は?」

「ああ、これまでの通説を覆す内容だ。公表するかは分からん。まずはここにいる者たちだけに留める」

「分かった」

「簡単に説明するとだな、竜種と始祖は対になる存在で、住処の土地に多大な影響を与えていた。竜種は活動を活性化させ、始祖は沈静化させる」

「竜種と始祖が対?」

「そうだ。分かりやすい例だとアフラ火山だな。竜種と始祖がいただろう?」

「ああ。火竜ヴェルギウスと火の神(アフラ・マーズ)のヴァルディだ」

「そうだ。ヴェルギウスはアフラ火山を活発化させ、ヴァルディは沈静化させる。つまり、アフラ火山の噴火はヴェルギウスの影響で、ヴァルディが抑えていたということだ」

「な、なんだって!」

「君が住んでいたフラル山は世界一高い山なのに、天候は非常に穏やかだっただろう?」

「た、確かに」

「フラル山には竜種がいない。でも君は始祖を見ただろう?」

「ああ、山の神(ル・ヴァティ)を見たよ」


 言われてみればフラル山の天候は常に安定していた。

 山の天気はすぐに変わるというが、フラル山は一年を通してほぼ快晴だ。

 もちろん雨や雪が降ることもあるが、大きく荒れることはない。


「……ま、まさか! じゃあ、昔はフラル山にも竜種がいて、何らかの理由で山の神(ル・ヴァティ)だけになったと?」

「そうだ。竜種がいなくなった理由までは分からんがな。現在は山の神(ル・ヴァティ)だけだから、気候が安定しているのだろう。それに近年はエルウッドが住んでいた影響もあるだろう」


 標高五千メデルトに住みながら、その生活は驚くほど快適だった。

 だが、言われてみると、あれほどの高山であの安定は確かに異常だ。


「我々はヴェルギウスを討伐している。だから、今後アフラ火山の噴火の可能性は低いだろう」

「ヴァルディとエルウッドが安定させてるってこと?」

「そういうことになるな。竜種と始祖は互いに敵対している。活性化の竜種と沈静化の始祖だ」


 そういえば、ヴェルギウスを討伐する際、ヴァルディが助けてくれた。


「だから俺がヴェルギウスを討伐する時、ヴァルディは協力してくれたのか」

「きっとそうだろうな」


 今やモンスター学の権威であるオルフェリアですら、驚きすぎて声も出ないようだ。


「そして、竜種と始祖の個体数に関してだが、竜種は個で始祖は種だった」

「始祖は群れだったのか?」

「ああ。だから始祖の数が減ると、竜種の影響が大きくなる。火の神(アフラ・マーズ)はヴァルディが最後の一柱だったから、近年は何度かアフラ山が噴火した」

「俺が生まれてから何度か噴火している。火山灰がラバウトまで飛んで来たよ」

「さすがに始祖といえども一柱で竜種を抑えきれないようだ」


 そこで俺はエルウッドを思い出す。

 エルウッドは始祖雷の神(イル・ドーラ)と判明していた。


「言われてみると、不老不死の石パーマネント・ウェイヴスの素材となる銀狼牙は種族だったんだよな」

「そうなのだが、銀狼牙という種はそもそも存在しない。狼牙に似ているため、昔の人間が勝手に名付けたのだろう。正式には雷の神(イル・ドーラ)だ」

「え? じゃあエルウッドという名前は?」

雷の神(イル・ドーラ)が不老不死の素材と知られ、人間に狩られるようになった。雷の神(イル・ドーラ)たちを個別に識別するため、当時の人間が名前をつけたのだろう」


 この話を聞いて一つだけ疑問が浮かんだ。


「でもさシド。そもそも人間が始祖である雷の神(イル・ドーラ)を狩ることなんてできるのか? だって、エルウッドは以前三十人もの暗部を全員倒したぞ」

「その通りだ。だが、人間は最も数がいる種族だ。どれほどの犠牲を出そうと目的を果たしたのだろう。命を捨てる者が十万人や二十万人もいれば、竜種や始祖だって狩れるだろう」

「人の命を……」

「数千年前の出来事だ。今よりも狂った人間どもがいたのは確かだな。……私もその狂った人間の……被害者だ」


 シドの声が一瞬詰まった。

 その様子を見ながら、オルフェリアは涙を流している。

 夫であるシドに、オルフェリアがそっと寄り添う。


 レイが自然な振る舞いで、俺とシドに珈琲のお代わりを淹れる。

 こういう時のレイは常に冷静だ。

 その姿と珈琲の香りで、俺は少し落ち着くことができた。


「竜種を討伐した俺が言うものおかしいけど、竜種も始祖も数を減らしているわけでしょ? もう増えないのかな?」

「そのことについても記載があったぞ」


 シドが言うには、竜種と始祖は時代によって増減がある。

 長寿とはいえ生物だから寿命もあるそうだ。

 そして悠久の年月をかけ、新しい竜種や始祖が誕生するとのこと。


「この本の最後の文章が印象的でな。『初めに竜種と始祖が生まれる。竜種が壊し、新たに作る。始祖が育み、終りを告げる。世界は破壊と創造の繰り返し』だそうだ。私はこの文章に惹かれたよ」


 例えばアフラ火山が大噴火すると、一帯が溶岩で覆われ全てが焼き尽くされる。

 だが、その溶岩は樹海を生み、湖を作り、新しい生態系を育む。

 そしていつかまた噴火で焼き尽くす。

 あまりに壮大な話だ。


「世界の理……」

「そうだな。竜種と始祖は、生命や世界の成り立ちに関係してるだろう。だが人間という種族は、竜種や始祖が作った世界すら破壊する。人間が最も残酷で罪深き生き物かもしれん」


 人間の闇を見てきたシドの言葉が突き刺さった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ