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第31話 その手にツルハシ 胸に金貨を1

 ラバウトを出発してから十三日が経過。

 俺はイーセ王国の中南部、キーズ地方を北上。


 今日はキーズ地方の最大都市アセンから、北へ約二百キデルトに位置するラドマ村で宿泊する予定だ。

 ラドマは鉱石産業が盛んなので、鉱夫の俺としては楽しみだった。


 街道を進んでいると、荷馬車とすれ違うことが多くなってきた。

 多くの荷馬車が鉱石を積んでいる。

 この近くに鉱石の採掘場があるのだろう。


 それにしても、鉱石を積んだ荷馬車をこれほどたくさん見るのは初めてだ。

 中には十数台の編成で進んでいる隊商もあった。

 俺は珍しさもあり、行き交う荷馬車をしばらく眺めていた。


 ラドマ村には予定よりも早く到着。

 せっかくなので、宿へ行く前に市場を見て回ることにした。


「凄い活気だな。皆鉱石を買ってる」


 村の産業的に、鉱石系の店が特に多い印象だ。

 さらに季節は冬なので、どの鉱石店も燃石の取り扱いが多い。


 燃石はその名の通り燃える石。

 レア二で安価な燃石は、全ての産業において燃料として使われている。

 人々の生活にも欠かせない鉱石だ。


 俺が市場で驚いたのは、燃石を砕いて小さな軽鉄の箱に入れるオシャレな携帯懐炉だった。

 これはまだラバウトに出回ってないアイテムだ。

 半銀貨六枚ほどだったので購入してみた。


「これを仕入れてラバウトで売るか。いや、これ自体をラバウトで生産して売れば利益が出せるかも?」


 商人のようなことを考えていた。

 あれこれ考えながら歩いていると、一軒の鉱石店が目に入る。

 他の店は店先に大量の燃石を置き量り売りしてるが、ここだけは燃石を置いていない。

 よく見ると取り扱いの鉱石自体が少なかった。

 だが、置いてある鉱石に目を向けると、品質の高い鉱石が揃っている。


「なかなか良い鉱石だな」

「あら、分かるの?」


 俺の小さな呟きに店員が反応した。


「そ、そうですね。鉱石は見れば分かります」


 店には女性が一人。

 二十歳くらいだろうか、腰まで伸びた絹のような光沢の銀髪が特徴的な女性だ。

 雪のような白い肌。

 宝石と見間違えるほどの翠色の瞳。

 身長は俺と同じくらいだが、九頭身はありそうなスタイル。

 上品で可憐な美貌に、俺は思わず圧倒された。

 正直、鉱石を扱う市場にいるような女性ではなく、高級な宝石店にいそうな女性だと思う。


「鉱石関係のお仕事?」

「ええ、そんな感じです」

「どんなお仕事なの?」

「アハハ、そんな大層なものじゃないです。ただの鉱夫ですよ」

「え? あなた鉱夫なの?」

「ええ、そうです」


 女性が驚いた表情を浮かべている。

 鉱夫が珍しいのだろうか。

 いや、ここは鉱石産業の村だ。

 鉱夫なんて大勢いるだろう。


「ファステルさん。私以外の男と楽しそうに話してはいけません」

「はああ、ドミニ。あなたに関係ないでしょう?」


 店の女性と話していると、背後から男の声が聞こえた。


「そんな態度だと、弟さんの治療費は出せませんよ?」

「誰があなたに出して欲しいなんて言ったの?」

「弟さんがどうなってもいいのですか?」

「あなたになんか頼らないわ」


 男が俺の正面に立つ。

 身長は俺よりも低く、貧相な身体つきだ。


「ファステルさん目当てで、この店に近づくのはやめてください」

「え? 俺が? いや、今この村に来たばかりなんですが」


 女性の顔に視線を向けると、呆れと怒りが入り混じったような表情に変化。


「ドミニ! いい加減にして!」

「弟さんの治療費も生活費も私が全て払うんですから、ファステルさんは私と結婚するしかないですよ」

「頼んでない!」

「弟さんの命がどうなってもいいと? 待ってますよ、デュフフ」


 男は立ち去った。

 身なりのいい男だが、言ってることはなかなか最低だったような気がする。


「ほんと、しつこい男」

「込み入った事情があるみたいですね。逆に話を聞いてしまったようですみません」

「気にしないで」

「じゃあ、俺は行きますね」

「私ほどの美貌だと、すぐ男が寄ってくるのよ。本当に面倒」

「アハハ……。そ、そうですね」


 答えに困るが、確かにそう言われても納得できてしまうほど容姿端麗な女性だった。


「それでは俺はこれで」

「あ、ちょっと」

「ん? なんですか?」

「あなた鉱夫なんでしょ?」

「ええ、そうですけど……」

「お願いがあるの。私に採掘を教えてくれないかしら? もちろんお礼はするわ」


 俺は少し悩んだ素振りを見せたが、返答は決まっていた。


「……お断りします。事情もよく分からないし、何より人に物を頼む態度ではないと思いますよ」

「え……」

「それでは……。行こう、エルウッド」


 俺は馬を引いて、エルウッドと歩き出した。

 今日の宿を探す必要がある。


「あの! ごめんなさい!」


 俺を追いかけてきた女性。


「ごめんなさい。確かに失礼だったわ。謝罪します」

「い、いえ、気にしないでください」

「あの、本当にお願いします。教えてもらえませんか?」

「採掘のことですか?」

「はい、どうしてもやらなければいけなくて……。どうかお願いします」


 女性は頭を下げてきた。

 さっきの男の話もあるし、大変なことが起こっているのは分かる。


「分かりました。ではまず、お話を伺いますね」


 日没までまだ時間はあったが、女性は店を片づけ、自宅へ向かうことになった。


 ――


 村の外れにある小さな家に到着。


「私はファステル・エスノー。この村で鉱石を売ってます」

「アル・パートです。こっちは狼牙のエルウッド」

「まあ狼牙! 珍しいですね。……あの、アルさん、さっきは本当に失礼しました」

「いえ、俺の方こそ言い方がキツくなってしまいました。すみません」

「あの、正直に言うと、さっきみたいな男が本当に多くて、もう男なんてうんざりしていて。その……男が大嫌いで……」

「そ、そうでしたか。それは大変でしたね」

「でも採掘はしなければならなくて……。本当に申し訳ありませんでした」

「大丈夫ですよ。俺でよければ力になりますから」


 ファステルさんが淹れてくれた珈琲を口にする。

 少し薄い味がした。


「私は早くに両親を亡くして、この家で弟と二人で暮らしてます」

「そうだったんですね」

「見て分かる通り、この家はボロいでしょう。でも、貧しくても二人で力を合わせて、幸せに生きてきたんです」


 自分の境遇と被る。

 もちろん俺に姉弟はおらず、家族といえばエルウッドだけだが。


「弟は鉱夫をやっていて、彼が採掘した鉱石を私が市場で売ってました」

「ました?」

「はい。先日、鉱山崩落で弟が重症を負ってしまい、鉱石が採れなくなってしまったんです」

「え! お、弟さんはの容態は?」

「この村では治療ができないほどの重症なので、今はアセンの大きな病院に入院しています。手術が必要なんですが、その……手術代が……」

「それであの男が、治療費を出すと言ってファステルさんに迫ってたんですね」

「はい、その通りです」


 弱みにつけ込むとは汚い男だ。

 しかし、ファステルさんほどの綺麗な女性になると、そういった汚い手を使わないと結婚するのは難しいのだろうか。

 恋愛経験のない俺にはよく分からない。

 それよりも、俺は弟さんの仕事環境が気になった。


「失礼ですが、弟さんは鉱夫ギルドに所属していないのでしょうか?」

「はい、そうなんです。この付近にギルド運営の鉱山はあるのですが、弟はまだ十六歳で鉱夫ギルドには入れません。ですので個人で、採掘権がない山で採掘していました」


 大きな鉱山になると、鉱夫ギルドが山の権利ごと買い取るため、鉱夫はそこのギルド員として採掘することになる。

 その場合は給料制で大きく稼げないが、収入は安定する。

 また、事故や怪我に対する保証もあるようだ。 


 俺が採掘していたフラル山は、特に権利の問題はなく誰でも採掘が可能だ。

 ただし、希少鉱石は標高五千メデルト以上にならないと採掘できない。

 あまりにも過酷な環境なため、誰も採掘できない場所だった。

 そのため、フラル山の希少鉱石は俺しか採れない。


 希少鉱石は採れると収入が大きい。

 しかし、採れないことも多々ある。

 また今回の弟さんのように、怪我をすると収入は途絶える。

 個人の鉱夫は、まさにハイリスク、ハイリターンの職業だった。


「今は採れる鉱石がないので、店に出す鉱石も少ないんです」

「あ! だから、冬の間に最も売れる燃石を置いてなかったんですね」

「はい……。ですので、私が鉱石を採らなければならないんです。弟の手術代を用意するにはこれしかないんです」


 先程、珈琲を出してくれた時に、ファステルさんの手を見た。

 細くて繊細な指は傷だらけで、爪の間は黒く汚れていた。

 きっと自分でツルハシを振ったのだろう。


「あの、お気持ちは凄く分かるんですが、採掘はかなり過酷だと思います」

「はい、知っています。ただ、この村では採掘以外の仕事が少ないですし、最もお金を稼げる職業が鉱夫なので……。もちろん私も昼は市場、夜は酒場で働いて、家で内職もしていますが、全然足りないんです……」

「そうなんですね。あの、手術代はおいくらなんでしょうか?」

「金貨五枚です。それに入院費など含めると、もっと……」

「き、金貨五枚! それは……」 


 今の俺は全財産を持ち歩いているので、金貨五枚は持っている。

 しかし、金貨五枚は大金だ。

 簡単に出せる金額ではない。


 もし俺が出したとしても、根本的な解決にはならないだろう。

 手術が終わっても、弟さんは当面の間仕事ができないはずだ。

 生活費などを考えると、継続的な安定収入が必要になる。


「アルさん、どうかお願いします。お礼はしますので」

「分かりました。ファステルさん、俺でよければお教えします」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、条件があります」

「え? な、なんでしょうか? お金がないので……。お金以外で私にできることなら……。その……な、なんでもしますが……。でも……その……」


 ファステルさんが、強張った表情で下を向いている。

 僅かに肩が震えているような気がした。


「まず、お礼は不要です。あと、言葉遣いも普通にしましょう。年齢だって近いと思いますし。俺はファステルと呼ぶので、アルと呼んでください」

「え! で、でもそれは!」

「これが飲めないなら教えませんよ?」

「わ、分かりました……アル。本当に、本当にありがとう!」


 ファステルの境遇が自分と似ていることから、少しでも力になりたいと思った。

 それに、期間は長くても三、四日だろう。

 王都へ行く時間は問題ないはずだ。

 ただ、今日これから採掘は無理なので、レクチャーは明日からにする。


「ファステル、俺は宿を取ってくるね。明日の朝からやろう」

「え、宿屋? じゃ、じゃあ、弟の部屋に泊まって」

「いや、それは悪いよ」

「いいの。だって朝早いでしょ? それにお金かかるし。夕食を食べながらアルのお話も聞きたいわ」

「……ありがとう。それならファステル、これから夕食を食べに行こうよ。鉱夫は身体が第一だよ?」

「い、行きたいのは山々なんだけど、その……」

「泊めてもらうから俺がごちそうするよ」

「そんな! ダメよ!」


 その時、ファステルの腹が鳴った。

 顔を真っ赤にしたファステル。


「ご、ごめんなさい! は、恥ずかしい……」

「アハハ、美味しいものを食べよう!」

「ご、ごめんなさい……。アル……本当にありがとう」


 ファステルを見ればすぐに分かる。

 彼女はほとんど食事をしてない。

 食事代すら切り詰めているのだろう。

 このままでは、ファステルは間違いなく倒れる。

 採掘なんて絶対に無理だ。


 俺といる間くらいは栄養をつけてもらいたい。


「ファステルは何が好き?」

「え? お野菜かな」

「肉も食べなきゃ。鉱夫は体力使うから、肉を食べないと体がもたないよ?」

「う、うん。頑張る」


 俺たちは街の食堂へ向かった。

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