第296話 新たな毒
翌日、再度会議が開かれた。
メンバーは前回と同じだ。
復帰したレイも出席している。
シドが全員を見渡す。
「まず最初に、今回の案件に関して王妃は不参加とする。あまりにも負担が大きすぎる」
「シド様の言う通りだ。レイ王妃にとって……カル・ド・イスクは悪夢そのものだ」
シドとリマが発言した。
事情を知れば当然の処置だろう。
だけどレイの意思は違う。
「シド、私も行くわ」
「ま、待ってください王妃!」
慌てるシド。
だが、それを予想していた俺は、シドやリマを制す。
「シド、リマ。心配してくれてありがとう。だけどレイも一緒に行く」
「陛下まで一緒になって!」
シドが困惑した表情を浮かべると、レイが立ち上がった。
大きく息を吸い、皆に向かって頭を下げる。
「シド、皆、心配かけてごめんなさい。でもこれは私がやらなければならないのよ。ナタリー最後のクエストをこんな形で終わらせてはいけない」
その言葉を聞いたリマの表情が一変。
衝撃を受けたようだ。
「ナタリー最後のクエスト……。そうか、そうだよな」
リマは薄っすら涙を浮かべている。
現在もナタリーを心から尊敬しているリマだ。
レイと同じ気持ちになったのだろう。
「シド様、アタシからもお願いします。ナタリーの犠牲を無駄にするようなことは絶対にしちゃダメだ」
「お願いよシド。私のわがままを許して」
二人の発言を聞き、シドが天を仰ぐ。
「ふうう。かしこまりました。私もナタリーとは面識がありますし、彼女は一度言い出したら聞かないほどの頑固者だった。その娘のレイ王妃ですから……仕方がないか」
シドが諦めたように呟いた。
「そうよ。私たち母娘は似てるのよ。ふふふ」
カル・ド・イスクのことで激しく動揺していたレイも、今は笑顔が見える。
どうやら吹っ切れたようだ。
冷静さを取り戻したレイなら、もう心配することは何もない。
ちょうどそこで、エルザとマリンが全員に紅茶を淹れてくれた。
二人のタイミングの取り方は完璧だ。
少し間を開けたことで、全員がリラックスできた。
「それでは、改めて当時の状況を説明します」
再度シドが仕切り直した。
数々の被害を出したカル・ド・イスクは、ナタリーを中心にレイやリマたちによって討伐。
ネームドの運搬は研究機関が担当。
だが、運搬中何者かに襲撃されカル・ド・イスクの死骸は消えた。
運搬していた職員含め運び屋は全滅。
調査機関が追跡調査を行うも、足取りは掴めず。
「以上のことから、ギルドの未解決事件リストに載っています。幸いにも当時の資料は全て残ってますので、改めて調査機関に問い合わせます」
シドが事件の概要を説明してくれた。
だが疑問が残る。
「シド。カル・ド・イスクの死骸を盗む理由はなんだろう?」
「目的は毒でしょう。カル・ド・イスクの毒は脅威です」
「その……狂戦士が目的?」
「恐らくそうでしょう。カル・ド・イスクの毒は麻痺毒と防腐作用の他に、生物の残虐性を高める成分を持ち、毒を注入した生物を兵隊として酷使します。実はこのような毒を持つモンスターは、過去にも何度か出現しているのです。とある文献に狂戦士の名はありました」
カル・ド・イスクの毒を浴びた生物は、狂戦士と呼ばれ死ぬまで戦う。
だが今回は死んだと思われたモンスターが動いたのだ。
「狂戦士のことは分かったよ。でも、死んだモンスターが動くことなんてあるのか?」
「ありませぬ。どんな文献を調べても、死んだ生物が動くなんて記述はありませぬのじゃ」
答えたのはジョージだった。
引退したとはいえ、ジョージは今でもモンスター学の権威だ。
ジョージの意見を聞いたシドが手を挙げる。
「私も様々な文献や記録を調べましたが、ジョージの言う通りです。これは私の推測ですが、カル・ド・イスクの毒から新しい毒が作られた可能性も……」
「じゃあ、盗まれたカル・ド・イスクから新しい毒が作られて、百頭のモンスターに使用されたってこと?」
「確証はありませんが、否定できる要素もありません」
すると、紅茶を口にしたレイがカップをソーサーに置く。
「私たちがカル・ド・イスクを討伐したのは十二年も前よ? 今頃になって出てくるものなの?」
「開発に時間がかかったのでしょう。研究の世界では十年など一瞬ですから」
それは不老不死のシドだからだろうと言いたくなったが、もちろんそのことは極秘だ。
その後も議論が交わされた。
ラルシュ王国の領土内で発生した理由は不明だが、ここにいる全員が国際的に活躍しており、犯罪組織から恨みを買っている。
特にレイは莫大な懸賞金をかけられており、組織からの恨みや報復が考えられないこともない。
だた、君主となった今の俺やレイを襲撃すれば、国際問題に発展するのは間違いない。
それに、俺たちへの恨みだけで、これほど大規模な計画を企てるのだろうか?
そもそも、カル・ド・イスクの死骸が盗まれた十二年前のレイは騎士団加入前だし、俺なんてまだ十二歳の子供だ。
どう考えても、俺たちへの攻撃のためにカル・ド・イスクを奪ったなんてことはあり得ない。
俺はひとまず、ここまでの考えをまとめた。
「皆聞いてくれ。今回の件は相手も目的も分からない。だが放置はできない。我々の領土で発生したんだ。百頭ものモンスターが同時に首都アフラを襲ったらどうなると思う? それにネームド、さらには竜種まで操られたら?」
誰も答えない。
その結果が容易に想像できるからだ。
「この国は終わるわね」
沈黙を破りレイが答えた。
「そうだ。これは国家の存続に関わる。もしこの毒を人間に使用したら、戦争だって起こるかもしれない」
全員が真剣な表情を浮かべていた。
「とにかく情報が欲しい。シドとローザは改めてギルドの過去資料を漁ってくれ」
「「承知いたしました」」
「オルフェリアとジョージはモンスター学の観点から、狂戦士を徹底的に調べてくれ」
「「かしこまりました」」
「レイとリマはカル・ド・イスク討伐時の状況を精査してくれ。だけどレイ……無理しないように」
「「仰せのままに」」
「ユリア。外交ルートで周辺国へ連絡して欲しい。注意喚起だ」
「承知いたしました」
「だが、デ・スタル連合国に連絡は不要だ。ラルシュ王国から最も遠い国だから、今回のモンスターの驚異はないだろう。それに……」
皆も恐らく気付いているはずだ。
黒幕はデ・スタル連合国だということを。
するとレイが挙手した。
「待って、デ・スタル連合国にも連絡しましょう。こちらが全く気付いてないと油断するわ。わざわざ忠告したように見せるのよ」
「なるほど。そうだな、そうしよう」
シドが下品な笑顔を浮かべている。
「さすが王妃。えげつないですな。王妃との情報戦は私でも御免被りたい」
「うるさいわね!」
シドが久しぶりに毒舌を吐く。
これがいつもの姿だ。
全員笑っていた。