第30話 謎の男
翌朝、使用人が部屋に朝食を運んでくれた。
レストランに行かなくていいこと自体に驚いたが、そのメニューの豊富さにさらに驚く。
朝食とは思えない量だ。
余ったら包んでもらいたいと、俺は庶民の考えを発揮していた。
「エルウッド、金持ちの世界って凄いんだね……」
「クゥゥゥン」
エルウッドが頷きながら、朝食の野菜と生肉を食べている。
俺は朝食を食べきれず残してしまった。
出発の準備をして受付へ行く。
残した朝食を包んでもらおうと思ったら、驚いたことに昼食用の弁当を用意してくれていた。
それだけではなく、旅の保存食や必要な消耗品まで提供してもらう。
そして、今回の料金は全て無料とのこと。
もし普通に泊まったら、恐らく金貨数枚するだろう。
カミラさんには感謝しかない。
結局、カミラさんとは会えなかったので、従業員の方々にお礼を伝え出発した。
キーズ地方の最大都市アセンでも、郊外まで来ると閑散としている。
街道は旅人や商人が行き来しているが、街道の周辺は農家や古い家が所々に見えるくらいだ。
しばらく進むと完全に街を出て、徐々に森の中へと入っていった。
すると、街道上に人の流れがなくなる。
不自然なほどの静寂さだ。
「おい! てめえ! ぶっ殺してやる!」
その静寂を破るように、怒声が響く。
「あ、あいつは!」
真っ赤な目を見開いたハリー・ゴードンが、大斧を両手で構え仁王立ちしていた。
鉱石詐欺の報復で、俺を待ち伏せしていたようだ。
ハリーの周りには何人かの死体が転がっている。
「ま、まさか、通行人を殺したのか!」
「てめえ! ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる!」
同じ言葉しか繰り返さない。
怒りで自我を失ったモンスターのようだ。
殺らなければ殺られると瞬間的に悟った。
レイさんに言われた、覚悟を持つ時が来たのかもしれない。
正直これまで迷いがあり、旅に出てから一度も剣を抜いていなかった。
だが、ここで抜く。
俺は片刃の大剣を構えた。
片刃の大剣は剣身が漆黒で、紅い光を発している。
レア八という希少鉱石の黒紅石が素材だ。
しかも俺専用に作った完全オーダーメイドの剣。
この剣で何かを斬るのは初めてだ。
それも斬る対象は人間……。
「ウウゥゥ!」
「エルウッド、下がって」
エルウッドは唸りながらも、素直に言うことを聞いてくれた。
その瞬間、ハリーが大斧を振りかぶり、俺の頭を潰そうと全力で振り下ろす。
「くっ!」
俺はハリーの斧に対抗して、下段から上段へ剣を振り上げる。
力で斧を弾き飛ばそうと思った。
しかし、片刃の大剣の性能は、俺の想像を遥かに上回った。
斧の柄を真っ二つに叩き斬り、ハリーの右腕まで切断。
ハリーの斧と、柄を握ったままの右腕が宙を舞う。
「ぎゃああああああ!」
街道にハリーの叫び声が響き渡る。
「はいー、そこまでー」
突然聞こえた気の抜けた声。
声の方向へ視線を向けると、一人の男が約五メデルト先にある岩の上にしゃがんでいた。
エルウッドも警戒を強めている。
「コイツが昨日、人を殺したと通報があってね。探してたんだが、ちと遅かったか。まあ仕方ねーか。アセンは広いし」
「誰だ!」
「……あちゃー、コイツ街道でも殺ってたんか。この数は……、これはもう確定だな」
俺の言葉を無視して、一人で喋っている。
「まあ、どっちにしても、コイツはギルドの名前を使いすぎて苦情入りまくりだったし。こんなに殺ってたら完全アウトだし」
男はハリーの横へ大きくジャンプ。
そして、いきなりハリーの胸に剣を突き立てた。
「はい終了。アンタは何もしてないし、何も見てないよ。このまま行っていいよ」
男は俺に向かって言い放った。
だが、状況が全く理解できない。
このまま放置するわけにはいかないだろう。
「そう言われてもね」
「あれ? アンタ、ビビってないの?」
「どちらかというと、驚いてるかな」
「ふーん。まあいいけど。ってか、アンタまで人殺しになる必要はないよ。見たとこ、まだ殺したことないようだし」
「分かるんだ」
「まあね、雰囲気で分かるよ。それにアンタ、もしここで殺っちゃったら、いくら正当防衛とはいえ大変だよ? 冒険者カードだって持ってないでしょ? アンタ見たことないもん」
「うん、そうだね」
「なんかアンタ面白いね。アンタならいっか。こっそり教えてあげる。ギルドにはギルド員を処分する機関があるのさ。それに、コイツは犯罪組織と繋がってたんだよね。これ内緒だよ?」
「わ、分かった」
「あとはこっちで処分するから。ほら、行った行った」
「ありがとう」
「ありがとうか……。変なヤツ」
俺は馬にまたがり、男の言う通り出発することにした。
男の方こそ変な奴だと思いながら。
「それにしても、アンタのその剣凄いね」
「ああ、俺の自慢の剣なんだ」
「ふーん」
俺は振り返らず馬を進めた。
しばらく進み、馬上で両手に視線を落とす。
生まれて初めて人を斬った。
その感触が手に残っている。
殺してないが、あのままだったら恐らくハリーは死んでいたはずだ。
ある意味、俺はあの男に助けられたと思う。
剣士になれば、この先絶対人を斬る場面が出てくる。
さっきのように、殺らなければ殺られることもあるだろう。
もう覚悟を持たなければいけない。
俺はこんなに凄い剣を持っているし、師匠はあのレイ・ステラーだ。
剣士としての覚悟を持とう。
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