第23話 揃った二つ
クリスの店を出て、俺はレイさんと別れた。
次に商人ギルドへ向かう。
今回の市場の出店料を払うためだ。
トニーが金貨八枚で購入してくれたので、売上の十パーセントである銀貨八枚を支払った。
ギルドで少し世間話をして、再度市場へ戻る。
そういえばエルウッドがいない。
だがきっと、エルウッドはセレナの八百屋で野菜を食べてるはずだ。
「仕方ないな。エルウッドを迎えに行こう」
俺は市場へ歩きながら、クリスに依頼した剣に関して思い返していた。
通常であれば、クリスは数日から一週間ほどで剣を完成させるそうだ。
しかし、今回は希少鉱石を使用して製作する。
それも二本だ。
一本はクロトエ騎士団一番隊隊長の剣という名誉がある上に、失敗が許されない剣。
さらにもう一本は、通常の形ではない俺専用の特別な形状の剣。
これらを素材から開発して納得いくまで打つ。
そのため、数ヶ月の製作期間がかかるとのことだった。
俺は週に一回この街に下りてくるけど、レイさんは任務が終わると王都イエソンへ戻る。
そのため、剣が完成したら、俺が王都まで剣を届けることになった。
そう、俺は初めて王都へ行く。
俺は自宅があるフラル山と、このラバウトの行き来しかしたことがない。
正直、今からとても緊張している。
そんなことを考えていたら、いつの間にか市場に戻っていた。
自分の出店場所を片付け、セレナの八百屋へ行く。
「アル! もう売れたの?」
「そうなんだよ。今日はトニーが買い占めてくれたよ」
「相変わらず凄いねえ。うちの野菜も全部買い占めてくれればいいのにね。お母さん」
「ふふ、そうね」
セレナの母親、ファイさんが優しく微笑んでいる。
「ファイさん、エルウッドは来てませんか?」
「アル君こんにちは。エルウッドならいるわよ。この子は本当にお利口でグルメね。今日一番お勧めの野菜を食べてるわ」
「はー、全く。ファイさん、今日こそ代金を払います!」
「いらないわよ。アル君もエルウッドも家族みたいなものなんだから。だって、あなたのお母さんと私は親友だったのよ?」
「それを言われると、何も言い返せないです……」
「それでいいのよ。子供は甘えなさい」
「子供って。ファイさん、俺はもう十八歳ですよ?」
「アハハハ」
俺とファイさんのやり取りを聞いていたセレナが大笑いしている。
またしても、俺はファイさんの好意に甘えることになった。
その好意が心地良くもある。
両親を亡くした俺にとって、最も身近な大人がファイさんだった。
というか、エルウッドが遠慮してくれれば済む話である。
なぜならば、エルウッドは人語を理解してる。
これはもう確信犯ってやつだ。
「セレナ。俺は明日山へ帰るから、今日は泊まっていくよ」
「ほんと! じゃあ、ご飯食べに行く?」
「そうだね。行こうか」
「やったー! じゃあ今日はねー」
嬉しそうなセレナと一緒に、商業区へ向かった。
◇◇◇
騎士団の駐屯地へ戻ると、ザインが私の元に来た。
「隊長、紫雷石と銀狼牙はいかがいたしますか? このままアルを拘束しますか?」
「いや、ラバウトで問題は起こしたくない。それに、アルは驚異的な力を秘めているし、エルウッドは古のネームドだ。無理だろう」
「では、どういたしましょうか」
「剣を発注した。完成次第、アルに王都まで届けてもらう。私の予想だと恐らく三、四ヶ月後になるだろう」
「四ヶ月後ならちょうど騎士団の試験もありますね」
「騎士団の試験も受けてくれるといいのだが……。いずれにせよ、確実に王都へ来るように念を押しておく」
「お願いいたします」
「その間に我々も準備ができるだろう」
「ハッ! 滞りなく進めます」
ザインには冷静を装っているが、私はアルの優しさと純粋さに惹かれている。
初めて会った気がしないし、アルから懐かしい温かさを感じていた。
だが、任務は絶対だ。
あれほど真面目で真っ直ぐな青年を騙すなんて……。
私は一体どうすれば……。
「ん? どうされました?」
「……いや、何でもない。紫雷石と銀狼牙が確認できた。急ではあるが、我々は明日王都へ帰還する。準備せよ」
「かしこまりました」
「私は少し出る」
「ハッ!」
◇◇◇
セレナとの食事を終え、宿屋へ向かう。
今回はトニーが予想以上の高値で購入してくれたので、先日宿泊した高級宿に再度泊まることにした。
最近は贅沢し過ぎだろうか。
受付を済ませ部屋へ直行。
高級ソファーで考えを整理する。
数カ月後にクリスからオーダーメイドの剣を受け取って、王都へ行くことについてだ。
王都へ行くこと自体は問題ない。
しかし、その後をどうするかだ。
数カ月後は、ちょうど騎士団の入団試験も始まるらしい。
もしタイミングが合えば、入団試験を受けることもできる。
騎士団を受験する?
もし騎士団に受かったら?
落ちたら?
騎士団は受けずに剣士になる?
冒険者ギルドに登録する?
商人になる?
山へ戻り鉱夫を続ける?
正直分からない。
ただ、俺には少しの蓄えがある。
希少鉱石を狙う俺は、運が悪いと収入はないが、運がいいと一週間で金貨数枚になる。
しかも、ここ数年の収支はプラスだった。
金銭的な部分で将来の選択肢が狭まることはない。
文字の読み書きもできる。
それもあり、騎士団の受験が可能だった。
将来の選択肢はたくさんあるけど、考えることが増えてばかりだ。
つい先週までは、鉱夫として山で暮らしていこうと思っていたのに。
その時、扉をノックする音が響いた。
「誰だろう?」
「ウォンウォン」
「ん? どうしたエルウッド?」
エルウッドが嬉しそうな表情を浮かべている。
扉を開けると、レイさんが立っていた。