第186話 共闘
今や隻眼となったヴェルギウス。
残った左目を見開く。
漆黒の眼球と美しい金色の瞳孔が真っ赤な血の色に変化。
そして二枚の翼を大きく広げると、周囲の空気が揺らぐ。
その空気に乗るかのように翼を羽ばたかせ身体を浮かせる。
そのまま溶岩池の上空を一周し、勢いをつけ超低空飛行で俺に向かって突進して来た。
首を真っすぐ伸ばし、大きく口を開いている。
「クッ!」
俺は左に飛んで避けたが、ヴェルギウスは予想していたかのように、右手で俺を強烈に弾き飛ばす。
二十メデルトは吹っ飛び、地面に打ちつけられてしまった。
「グハッ!」
呼吸ができない。
ヴェルギウスは空中を旋回して、今度は上空から俺を踏み潰そうと無傷の右足を構えて急降下。
俺は何とか間一髪で転がり避けた。
恐ろしいスピードで地面と衝突するヴェルギウス。
爆音が生じ、岩盤に大きなクレーターが発生。
こんな攻撃を喰らったら間違いなく即死だ。
呼吸を整えないと危ない。
ヴェルギウスは真っ赤になった左目で俺を睨み、右手を大きく振りかぶった。
叩き潰すつもりだろう。
回避が間に合わないと悟った俺は、全身に力を入れ身体の正面で腕を交差させる。
「グォォォオォォォッ!」
だが、ヴェルギウスは動きを止め絶叫。
「私たちがいることを忘れてない?」
「ウォン!」
レイが尻尾の傷に突きを打ち込み、エルウッドが左足の傷に雷の道を放っていた。
「二人とも凄いぞ! こうなったら最後までやってやる!」
呼吸はまだ回復していないが、あえて息を止めることにした。
俺はしばらくの間呼吸を止めていても平気だ。
一回だけ大きく息を吸う。
すぐに立ち上がり、尻尾に向かってダッシュ。
尻尾の付け根の傷口に、渾身の力でツルハシを振り下ろす。
ツルハシは尻尾を抉った勢いのまま地面に衝突し、岩盤を砕いた。
「グギャャャオォォォッ!」
ヴェルギウスが咆哮を上げる。
「アル! 避けてええええ!」
レイの叫び声が聞こえた。
状況は不明だが、俺は力の限りダイブする。
ヴェルギウスは右手を大きく薙ぎ払い、爪で俺を切り裂こうとしていた。
なんとか爪撃を躱したが、爪の先端が鎧に引っかってしまい、そのまま投げ飛ばされる。
「グホッ!」
三十メデルトは飛ばされただろう。
またしても地面に叩きつけられた。
俺は自分の身体に意識を集中させる。
着地の時についた左腕、そのままぶつかった左肩、肋骨が四本が折れたようだ。
いくら頑丈な黒靭鎧とはいえ、この衝撃は抑えられなかった。
「ぐう、全身の骨を折られた……」
三十メデルト先にいるヴェルギウス。
だが様子がおかしい。
不思議と襲ってこない。
レイとエルウッドが俺の前まで走ってきた。
「アル! 大丈夫?」
「こ、これ以上はキツい。二人は逃げるんだ」
「あなたを置いて逃げるわけないでしょう! 今度は私が守る番よ!」
「ウォン!」
レイとエルウッドが俺を隠すように立っている。
「でも、今回はもう大丈夫だと思うわ。よく見て」
レイの言葉を聞きヴェルギウスをよく見ると、顔を上に向けている。
口から溢れ出す涎と溶岩。
足元を見ると、真紅の尻尾が横たわっていた。
「尻尾を切ったのか!」
「そうよ! あなたは竜種の尻尾を切ったのよ!」
長さ十メデルトの尻尾が根本から切れていた。
「グォォォオォォォッ!」
ヴェルギウスは絶叫し飛び去った。
「た、助かった……。ありがとうレイ、エルウッド」
「あなたこそ凄いわ。竜種の尻尾を切り落としたのよ?」
「無我夢中だったよ。ウグッ!」
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
そこへシドとオルフェリアが走ってきた。
「二人とも大丈夫か!」
「アル、傷を見せてください!」
俺はオルフェリアに自分の症状を伝えた。
オルフェリアは解体師ということで、人体にも精通している。
「そうですね。アルの言う通り、左腕、左肩、肋骨が折れてます。肋骨は六本です。それと、左鎖骨、左脛骨も骨折してますね」
「ぜ、全身か。どうりで痛いわけだ。アハハ。ウグッ!」
「笑ってる場合じゃないですよ! 重傷です!」
◇◇◇
オルフェリアがアルの手当をしている背後で、シドとレイが会話していた。
「偵察だと言ったのに……。結局尻尾を切って撃退か。私ですら君たちの実力が恐ろしくなるよ……」
「あそこまで行ったらもう戦うしかなかったわ」
「ああ、分かってる……」
シドはアルを見つめている。
「ヴェルギウスの戦いはしっかり見ていた。帰ったら戦いを分析する。そして君たちに共有しよう」
「ええ、よろしくね」
「今の状況では尻尾を持ち帰ることはできない。一旦基地へ戻る」
「分かったわ」
オルフェリアに診察されているアル。
その様子を真剣な眼差しで眺めるシド。
「アルはどこまで行くのだろうな」
「そうね。私にも予想はつかないわ」
「もしかしたら……」
「なあに?」
「アルは世界の理を変えるどころか、世界を救う存在になるかもしれん」
「もう、いちいち言うことが壮大なのよ」
「いや、アルに限っては壮大すぎることなんてないだろう
「それもそうね。私のアルは本当に凄いもの」
「私のアルか」
「何よ! いいじゃない!」
「ハッハッハ、もちろんさ。アルみたいな化け物は、レイじゃないとダメだろう」
「ちょっと! どういうことよ!」
シドの背中を叩くレイ。
シドは大きく咳き込んだ。
◇◇◇
レイが俺のもとに駆け寄ってきた。
「アル! 大丈夫!!」
「レ、レイ。ちょっとダメかもしれない。急に痛みが出てきた……。グッ!」
「脂汗が凄いわね。どうしましょう」
シドが俺の前へ歩み寄る。
「アルよ。今から麻酔を打つ。申し訳ないが下山までは自分の足で歩いてくれ」
「わ、分かったよ。ウグッ」
シドに麻酔を打たれると、痛みが消えていった。
だが同時に意識も朦朧となる。
レイとオルフェリアに肩を支えられ必死に下山。
そこで俺の記憶は途切れた。




