第17話 美しい鬼
四日目の朝。
キッチンで朝食の準備をしていると、寝室から足音が聞こえた。
レイさんだ。
「レイさん、身体は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。昨日ぐっすり寝たおかげね。迷惑かけてごめんなさい」
「そ、そんなことないです」
「アル……本当にありがとう」
レイさんに美しい笑顔が戻っていた。
元気になったようで嬉しい。
「それでは今日はよろしくお願いします」
「ふふふ、鍛え甲斐があるわ」
今日はレイさんに剣を教えてもらう日だ。
朝食を食べ終わり、さっそく稽古開始。
「ラバウトからアルの動きをずっと見てたけど、身体能力に関しては完璧だと思う。いえ、もう人の領域を超えてるわ。剣術を覚えれば、私なんかあっという間に相手にならないだろうし、間違いなく世界最強の剣士になるはずよ」
「そ、それは大げさな」
「あら、そんなことないわよ。だって、百キルクの鉱石を担いで、この山を下りることができる人間がこの世にいると思う?」
俺は世界を知らないので返答に困った。
「そんな人間いないわよ。ふふふ」
笑うレイさんはとても可愛らしい。
この世にこれほど美しく、優しく、そして可愛らしい人がいるのかと、ここまでは女神のように思っていた。
ここまでは……。
稽古が始まると、それはもう壮絶だった。
目の前に鬼がいる。
人生で初めて剣を持つ俺に対し、容赦なく打ち込むレイさん。
それも真剣だ。
今回の稽古のために長剣を二本持ってきていた。
レイさんは真剣以外持たない主義とのこと。
それにしても、これは稽古なのか?
切先は明らかに殺意がこもっている。
細かい傷が体中に刻まれていく。
俺は死なないように、ひたすらしのぐだけで精一杯だ。
これは稽古なんかじゃない。
もう実戦だ。
怖い。
このままだと死ぬかもしれない。
剣術なんて分らない俺は、ツルハシを振るかのように、両手で握った剣を思いきり振り下ろした。
「速いっ!」
レイさんが叫ぶと同時に、刃がぶつかり火花を飛ばす。
山中に響く甲高い金属音。
「クッ!」
これまで俺の剣を軽くいなしていたレイさんが、苦悶の表情を浮かべている。
俺はレイさんの手にある剣を叩き落としていた。
「ふう、ここまでね」
レイさんが落とした剣を拾う。
「アル、やっぱりあなたは凄いわ。今日初めて剣を握った人間に、まさか私が剣を落とされるとは。これが戦場だったら私は死んでいたわ」
「いや、でもこれは稽古だったから……」
「私は本気だった。そして、これこそが実戦なの。実戦とは命のやり取り。まずはこの恐怖を知る必要があるのよ」
「これが……実戦……」
俺は手に持つ剣を見つめた。
手にはレイさんの剣を飛ばした感触が残っている。
これで人を斬っていくのか……。
「アルが何を考えているかは分かるわ。人を斬ることも、殺すことも覚悟がいる。騎士団に誘ったのは私だけど、覚悟を持てないならやめた方がいいわ」
その言葉を聞いて、疑問が頭をよぎる。
「レイさんはその……。人を……、こ、殺したことがあるんですか?」
「……そうね、……もちろんあるわ」
それ以上は聞けなかった。
「だから私は剣を教えないの。人を殺す技だから」
レイさんが剣を教えない理由を知り、無理に教えてもらって申し訳ない気持ちになった。
「アル、すぐに答えを出す必要はないわ。ゆっくり考えなさい」
「は、はい!」
「あと誤解しないで欲しいのだけど、騎士団でもこんな無茶な稽古はしないわ。アルだからよ。ふふふ」
やはり普段ではあり得ない稽古だったのか。
王立騎士団の隊長が、初めて剣を握った相手にいきなり命のやり取りするなんて信じられなかったが……。
だがこれも、俺のことを考えてくれたことだと思い、素直に感謝した。
「剣術が命のやり取りと理解したわね。それでは改めて基礎から教えましょう」
本格的に稽古が始まった。
基本的な構え、型、一騎打ちの礼儀やルール、騎士団の歴史や編成、モンスターの倒し方、これらは恐らく騎士団の入団試験用に教えてくれているのだろう。
これで午前中の稽古は終了。
俺とレイさんにエルウッドを交え、昼食を取る。
レイさんが言うには、俺の力だと一般的な長剣では剣が耐えられないらしい。
俺の尋常ではない筋力を活かすには、もっと大きな剣、例えば両手剣などが向いてるとのこと。
もしくは、自分に合った特注の剣を作ってもいいと勧められた。
俺は自分で素材を発掘できるので、好きな素材でオーダーメイドの剣を作ることができる。
昼休憩を終え稽古再開。
戦闘中に石を投げる、蹴りを入れるなどの邪道も教えてくれた。
騎士の決闘であれば明確なルールはあるが、犯罪組織や暗殺者、モンスター相手には何でもありだそうだ。
とにかく自分の命と、仲間の命を守ることが重要とのこと。
日没間際まで、みっちりと稽古をする。
そして、稽古の最後に真剣勝負を行うことになった。
習ったばかりの騎士のルールで、正式な一騎打ちだ。
今日は稽古初日なのだが。レイさんは卒業試験と言っている。