第162話 轟音とどろく火球
怪我をしたオルフェリアとヴェルギウスを引き離すため、俺は鱗を掲げ走り出す。
思惑通り、ヴェルギウスは俺を標的としたようだ。
俺は全速力で一キデルトほどの距離を走り、完全に引き離すことに成功した。
まずは安心だ。
ヴェルギウスは上空から俺の様子をうかがっていたが、ついに俺を追い越し、行く手を塞ぐよう地上へ舞い降りた。
物凄いスピードが出ているはずなのに、が巨体故に動きがゆっくりに見える。
強風を巻き起こす翼。
瓦礫が砂埃や舞い上げ、俺の約二十メデルト先に降り立ったヴェルギウス。
圧倒的な存在感だ。
横にいるエルウッドが反応。
「ウオォォォォォン!」
エルウッドの遠吠え。
「グォオオォォォォ!」
ヴェルギウスの咆哮。
ネームドであるエルウッドと竜種ヴェルギウスの会話だろうか。
ヴェルギウスは俺とエルウッドを睨みつけている。
これで完全に標的は俺とエルウッドになったことだろう。
その瞬間、火球を吐き出すヴェルギウス。
躊躇など一切ない。
空気を焼くような轟音をあげ、信じられないスピードで燃え盛る溶岩が襲いかかる。
俺とエルウッドはその場から飛び退き、辛うじて火球を避けた。
爆発音と同時に地面を大きな抉り、クレーターが発生。
地震のような振動を撒き散らした火球から、いくつもの火が吹き出している。
しかし、悠長に観察してる場合ではない。
即座に二発目を吐き出すヴェルギウス。
それも何とか避けたが、あまりにも凄まじい威力に命の危険を感じ、俺の心の中で緊張感が高まる。
火球は俺を追い込むために計算して吐き出しているようだ。
間違いなく、避ける方向を誘導されている。
三発目の火球を避けると、狙いすましたかのように、ヴェルギウスが尻尾を振り下ろしてきた。
「ダメだ! 避けられない!」
俺は頭上で腕を交差させ、攻撃を耐える選択をした。
全身に力を込め、歯を食いしばり、巨大な尻尾の振り下ろしを受ける。
「グッ!」
何とか耐えるものも、俺の足元には大きな凹みができていた。
凄まじい衝撃だ。
普通の人間ならこの一撃で潰されて死んでいるだろう。
俺はネームドの鎧、黒靭鎧のおかげで何とか耐えることができた。
だが、これも数回が限度だろう。
尻尾を鞭のように操り背後に戻したヴェルギウス。
攻撃を防がれたにもかかわらず、表情には余裕が見える。
「わ、笑っている? 遊んでいるのか」
その瞬間、凄まじいスピードで、真横から尻尾の薙ぎ払いが飛んでくる。
俺はジャンプで避ける。
ヴェルギウスは、狙いすましたかのように火球を吐き出した。
火球が向かう先は俺の着地点だ。
「ダメだ! 直撃する!」
あんなものが当たったら死ぬ。
爆音を唸らせ、死を告げるかのように迫る火球。
そこへエルウッドが飛び出してきた。
火球に衝突した瞬間、落雷のような強烈な閃光が発生。
直後に轟音が鳴り響く。
なんと、エルウッドは火球を地面に叩き落としたのだった。
「た、助かった。ありがとう、エルウ……」
しかし、エルウッドもその場に倒れている。
「エルウッド!」
エルウッドは以前、雷の道を放出させ光蟷螂蟲の巣を焼き払った。
その際シドは、エルウッドの雷は空になり、しばらくは使えないと言っていた。
それなのに、今回も雷の道を放出したのだろう。
絶対無理したはずだ。
「エルウッド! エルウッド!」
エルウッドは動かない。
ヴェルギウスは容赦なく火球を吐き出す。
標的はエルウッドだ。
「くそおおおおお!」
俺はエルウッドの前まで走り、腕を交差させ火球を全身で受ける。
超高温の岩石と接する時間を一瞬でも短くするため、全力で弾き返した。
「ぐおぉぉぉぉ!」
鎧が焦げ、髪が燃え、皮膚が焼ける。
焦げ臭さが鼻をつく。
顔が焼けたようだ。
両腕には激痛が走る。
間違いなく腕の骨が折れた。
だが、黒靭鎧のおかげで、なんとか火球を数メデルト弾き返すことができた。
「ぐううう。ダメだ……。次喰らうと死ぬ……」
俺のダメージは甚大だ。
俺はヴェルギウスから目を逸らさず俺は叫ぶ。
「エルウッド! 大丈夫か!」
「クウウン」
「良かった! 生きていたか! ごめん! 今すぐ逃げてくれ! 頼む!」
「クウウウン」
エルウッドも理解したようで、残りの体力を振り絞って逃げてくれた。
「エルウッド! ありがとう!」
「クウウン」
エルウッドはもう戦えない。
この場にいると間違いなく死ぬだろう。
エルウッドには生きてもらわないと困る。
俺の家族だ。
もちろん俺だって死ぬ気はない。
最も動ける俺が引きつけることで、生存率を上げていく。
ヴェルギウスは容赦なく、尻尾を振り下ろしてくる。
俺はダイブで避けた。
「はあ、はあ。もう火球は出さないのか?」
どうやら火球は打ち止めのようだ。
火球を吐き続ければ無敵なはずだが……。
連発できないのだろう。
これで火球の情報を得た。
ここまで六発吐いている。
これ以上あるのか分からないが、今後の参考になるだろう。
「この情報だけでもシドに届けなければ」
だが、尻尾の攻撃は厄介だ。
さっきは耐えたが、もう耐えられる自信がない。
とにかく避け続けるしかない。
シドが言うには、現時点でヴェルギウスに有効な攻撃は、自身の鱗で作ったヴェルギウスの矢だけだった。
しかし、尻尾の攻撃を避けながら弓は射てない。
俺は黒爪の剣を抜いた。
腕に激痛が走るが、必死に剣を握る。
ネームドの剣が竜種に通用するか分からないが、やってみる価値はあるはずだ。