第156話 ヴェルギウスの力
「丸い岩? 空から降ってきのか?」
「うむ、そうだ。これもヴェルギウスの仕業だ」
「え! これが?」
「ヴェルギウスの住処が火山ということは説明したな。ヤツは溶岩を体内に溜めることができる。攻撃時にはそれを丸く固めて吐き出す」
「溶岩を吐き出す?」
「そうだ。火球となった超高温の岩を吐き出すのだ。家屋に当たれば火災が発生するし、人間に当たれば一瞬で死ぬ。私もそれで殺されたことがあるからな」
シドは以前、ヴェルギウスに殺されたことがあると言っていた。
「ヴェルギウスは火球や鉤爪の他にも、強力な尻尾の攻撃も繰り出す。そして奴の身体は、溶岩でも溶けない頑丈な鱗で守られている」
それを聞いたオルフェリアの表情が、恐怖で青ざめていた。
「そ、そんなモンスターを倒せるのですか!」
「倒すしかないのだ。竜種と和解なぞないからな」
オルフェリアは黙ってしまった。
「今は何も思いつかない……。だけど、俺はヴェルギウスに負けないよ。そのために調査をしっかり行おう」
「そうだな。アルの言う通りだ」
その夜、レイと合流し情報の擦り合わせを行った。
今回の襲撃は深夜に行われたそうだ。
寝ていた人々は逃げ遅れ、人口二万人のサルガ市民は約一万七千人が死亡。
冒険者ギルドのサルガ支部も壊滅。
街に滞在していた冒険者約三千人はほぼ全員死亡していたそうだ。
ここまでの被害は千年の歴史を持つ王国史にもないとのこと。
「レイ、やっぱりヴェルギウスの襲撃で間違いないよ」
「本当に竜種の襲撃なのね……」
俺はレイに調査結果を伝えた。
レイの表情は重く、少しうつむいた状態でシドに目を向ける。
「シドはどうするつもりなの?」
「もちろん予定通り火山へ行く。だが、今すぐではない。補給をしなければならないからな。現状では無理だろう」
「そうね。サルガの復興は時間がかかるわ。それに現団長が来てから相談するけど、この街をどうするかも決めなければならない。しかも女王陛下までこちらに向かってるそうよ。警備のことを考えると頭が痛いわ」
「なに? ヴィクトリア女王陛下が! それは大変だな」
「シドだって大変じゃないの? サルガのギルドは壊滅したでしょ?」
「ふむ、そうだな。ギルドも建て直さなければならないが、まあそれは私の仕事ではない。とはいえ、総本部へ指示は出すし協力はするがな」
翌日も入念に調査。
レイは相当忙しく、寝る暇もないほど動き回っていた。
シドはギルドの総本部へ連絡を取り、ギルド復興を指示。
そのため、俺とオルフェリアとエルウッドで調査を進めていた。
ひたすらヴェルギウスの痕跡を探し回り、拾った鱗の数は十枚、火球を二つ発見。
サルガ到着から九日が経過。
予定では明日、王都からヴィクトリア女王陛下一行が到着する。
日が落ちたところで、レイが寝台荷車に帰ってきた。
ここ三日ほど戻って来なかったので、余程忙しかったのだろう。
「アル、お願いがあるの」
「どうしたの?」
「お風呂を準備してもらえるかしら。明日はヴィクトリアが来るから少し身だしなみを整えないと」
「分かった。でも、レイ大丈夫? 寝てないでしょ?」
「ありがとう。緊急事態だもの仕方がないわ。ただ、今日はイゴルが休めって時間をくれたの。明日まで少しゆっくりするわ」
救援物資は豊富にあり、水も十分確保できていた。
俺たちキャラバンも水を補給されており、二日に一回は風呂に入っている。
この復興中に最も怖いものは疫病とシドが言っていたからだ。
風呂嫌いのシドでさえ風呂に入っていた。
「私は疫病でも死なないが、他人に移す可能性はあるからな」
シドの言葉を思い出しながら、荷台で組み立て風呂を準備。
風呂が沸いたのでレイに声をかけようとすると、寝台で寝ていた。
「レイ、風呂が沸いたよ」
「え、あ! ご、ごめんさない。寝てしまったようね」
「風呂に入ったらすぐ寝て。後のことは全部やっておくから。俺はレイの身体が心配だよ」
「ふふふ、ありがとう。アルは優しいわね。好きよ」
「あ、いや……」
レイが軽くキスをしてきた。
レイが弱音を吐くことはないが、今の姿を見ると精神的に相当疲れているのだろう。
俺にできることなら何でもやろうと思った。
風呂から出るとレイはすぐに就寝。
翌朝、朝食も取らずに騎士団の本部へ向かった。
折りたたみキッチンで朝食を作っているオルフェリアが、心配そうな表情を浮かべている。
「レイは大丈夫ですかね」
「ほとんど寝ないで様々な案件を指示してるみたいだよ」
「騎士団団長ってもっと華やかな世界だと思っていましたが、レイの姿を見ると本当に大変な職業なんですね」
すると珍しく寝ていたシドが、寝台のベッドから起きてきた。
「まあ、レイの処理能力は特別だからな。冒険者ギルドで最高と呼ばれる人事機関ユリア・スノフ局長や、格付機関マリシャ・ハント局長の能力を超える。人類でもトップレベルは間違いない」
「それほどなんですか? ユリア様はギルドの頭脳と呼ばれてますし、マリシャ様は若くして天才集団のシグ・エイトの局長になるほどで、悪魔のペンと呼ばれてますが……」
「そうだな。彼女たちも恐ろしいほど優秀だが、それでもレイが上回っているだろう。若干二十一歳で王国騎士団団長になったのだぞ? その年齢で厄介な元老院や貴族、宮廷の猛者共を圧倒していたのだからな。ハッハッハ」
レイの優秀さは十分知っている。
だが、優秀だからといって不死身ではない。
睡眠は人の生活で最も大切な要素だ。
不老不死のシドですら、三日に一回は寝なければ辛いというのに。
未曾有の事件とはいえ、レイが倒れてしまったら竜種どころの話ではない。
俺にとって、レイとエルウッドは何よりも大切な存在だ。
レイがいない世界なんて考えられない。
「エルウッド、レイは大丈夫かな」
「クゥゥン」
エルウッドも心配していた。




