第148話 墓参り
俺はレイの様子を見ながら山道を進む。
しかし、いつもの登山ペースで問題なかった。
途中の樹海では、この付近の主でCランクモンスターの赤頭熊と久しぶりの再会。
モンスターとはいえ、このグリーズは俺に懐いていた。
用意した肉の塊を渡す。
喜んで食べるグリーズの様子を見ながら、レイが俺の肩に手を乗せてきた。
「アルって使役師の才能もあるのね」
「使役師?」
「ええ、モンスターに命令して使役する職業よ。高いレベルになるとネームドすら使役できるわよ」
「モンスター? そ、そんなの無理だよ!」
「何言ってるのよ。今も目の前でグリーズが懐いてるし、そもそもエルウッドとも共闘してるじゃない」
「エルウッドは家族だよ」
「ふふふ、そうね。アルの恐ろしいところって、自覚がないところよね」
「ちょっと!」
「ふふふ、本当にアルらしいわ」
「ウォウォウォ」
エルウッドまで笑っていた。
樹海を出ると本格的な登山となる。
坂を超え、いくつもの崖を登る俺たち三人。
レイは途中呼吸が乱れることもあったが、最後まで俺のペースについてきた。
そして俺たちは、太陽が頭上に来る頃に自宅へ到着。
「レイ、まだ正午だよ。このペースで登山できるって本当に凄い。シドの言う通りだね」
「ふふふ、アルに負けないように頑張ってるのよ」
自宅の中へ入る。
さすがにこの場所には誰も来ないので、一年前と変わりはない。
とはいえ埃は溜まっている。
俺はまずは掃除を始めた。
ベッドの布団も天日干しする。
「レイ、休んでいて」
「大丈夫よ。私も手伝うわ」
部屋が綺麗になったところで、見晴らしのいい場所に建っている両親の墓へ向かった。
「父さん、母さん、帰ってきたよ。またすぐ出るけど、俺たちは元気にやってる。安心して。そうだ父さん。シドがよろしくって言ってたよ」
しばらくの間、両親にここ一年の出来事を報告。
レイも一緒に祈ってくれた。
家に戻り水を確認すると新鮮な状態だった。
どうやら常に雨水や雪水が入ってきており、循環していたようだ。
風呂を沸かし、レイに入ってもらう。
そして俺も風呂に入る。
温暖な地域とはいえ、標高五千メデルトでは雪が積もる。
暖炉に火を焚べ、食事を取る。
「明日は丸一日採掘だ。クリスの依頼通り竜石と緑鉱石を狙う」
「久しぶりの採掘でしょ? 勘は鈍ってない?」
「アハハ、大丈夫だよ。十二年間もここで採掘してたんだから」
「ふふふ、そうね。明日は私も一緒に行くわ。久しぶりにアルの採掘を見たいもの」
「分かった。明日中に採掘を終えたいから、ちょっと無理するかも。標高六千メデルトから採掘を始めて、採れなければ標高を上げていく」
明日の予定を話し、レイとベッドへ入る。
この家にはベッドが一つしかない。
「明日は日の出と同時に出発したい。ちょっと早く起きるね」
「分かったわ」
「じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
――
翌朝、日の出前に起床。
朝食を取り採掘の準備。
そして、久しぶりに自分のツルハシを持つ。
鍛冶屋のクリスに作ってもらった二十キルクの特注ツルハシだ。
フラル山の希少鉱石は、これくらい重いツルハシじゃないと採掘するのが難しい。
加えてこの標高だ。
通常なら呼吸すらままならない。
そのため、フラル山で希少鉱石を採掘できる人間は俺以外にいないのだった。
支度をして出発。
まず標高六千メデルトの採掘ポイントへ来た。
さっそく採掘開始だ。
「この標高で二十キルクのツルハシを振り続けられるなんて。相変わらず凄いわね。ふふふ」
レイが呟いていた。
レイは腰くらいの高さの岩に座り、エルウッドと俺の採掘を見ている。
以前もこんなシーンがあったと思う。
するとエルウッドが唸り始めた。
「ウゥゥゥ! ウォンウォン!」
「どうしたのエルウッド?」
レイがエルウッドに問いかける。
同じタイミングで、何かが羽ばたくような大きな音が聞こえた。
「ん? 何の音だ?」
頭上を見ると、巨大な影が恐ろしい勢いで迫っている。
見えるのは大きな二枚の翼と、鉤爪がついた二本の足。
「まさか鉤爪鷲竜! アル! 伏せて!」
レイの叫び声が聞こえるのと同時に、俺はとっさに地面へダイブ。
俺を捕獲し損ねたアトルスが上空へ舞い戻る。
だが、上空から俺の動きをしっかりと見ているのが分かる。
アトルスは空の王と呼ばれている危険極まりないモンスターだ。
以前、帝国の街道でアトルスに遭遇したことがある。
同じ個体か分らないが、この大陸での目撃例は少なく、ましてやフラル山で見たことなんて一度もない。
「フラル山にアトルスが出現するなんて初めてだ!」
◇◇◇
鉤爪鷲竜
階級 Aランク
分類 竜骨型翼類
体長約五メデルト。
二枚の巨大な翼を持ち、翼を広げると十メデルト以上にもなる大型の翼類モンスター。
四肢型鳥類に見えるが、れっきとした竜骨型翼類。
二本の太い足の先には三本の大きく鋭い鉤爪、踵には一本の大きな鉤爪を備えている。
大きく湾曲したクチバシは先端が鋭く、強固なモンスターの甲殻も貫く。
上空から獲物を狙い、鉤爪で獲物を捕獲する。
人間や動物はもちろん、大型のモンスターですら簡単に捕獲し空中へ連れ去る。
竜骨型翼類では頂点の存在。
空の王と呼ばれる。
生息地は南の海を超えたモンスターが生息する島と言われており、この大陸で目撃例は少ない。
首から上は純白の羽毛に覆われ、胴体や羽は美しい群青色、腹部から尾羽は頭部と同じ白色。
巨大なクチバシと二本の足は鮮やかな黄色、鉤爪は艶がある黒色をしている。
美しい羽は王族や貴族、上級商人の高級服飾などに使われる。
また、扇やペンとしても用いられ、非常に高値で取引される。
◇◇◇
これまで標高六千メデルトのこの地で、モンスターなんて見たことがない。
だが、大空を駆けるアトルスにとっては庭のようなものだろう。
「クソッ! どうする!」
「翼類は弓がないと厳しいわ! アル、ひとまず投石で対抗して! 接近されたら私が剣で対応する!」
レイが星爪の剣を抜き、俺の元へ走ってきた。
背中合わせとなりお互いの背後を守る。
「牽制して逃げてくれればいいのだけど……」
レイが背中越しに呟く。
俺は地面から拳よりも大きな石を二つ拾い、いつでも投げられるように準備。
「来るわよ! 引きつけて投げて!」
「分かった!」
アトルスが上空から再び攻撃を仕掛けてきた。




