第144話 紫雷石の正体
ランプをかざすと、光蟷螂蟲の姿が見える。
こちらを睨みながら、威嚇するように鎌状の前足を動かしていた。
「うう、気持ち悪いな」
「そうだったわ。アルは蟲類が苦手なのよね」
「あの足や羽がどうにも……。レイは平気なの?」
「ええ、モンスターは平気よ」
「それは頼もしい。でも、なんで屋敷の庭にモンスターが出現してるんだろう?」
「そうね。それが今回の謎ね。まずは討伐しましょう」
「分かった」
アンティマントが四枚の羽を高速で羽ばたかせると、耳障りな低音が響く。
「アル! エルウッド! 斬るわよ!」
「分かった!」
「ウォン!」
レイは一閃でアンティマントを切断。
俺も一撃で両断。
エルウッドは鋭い爪で硬い外骨格の首を斬り裂いた。
正直、俺たちはCランクモンスターを苦にしない。
三人で三匹のアンティマントを瞬殺。
だが、奥の暗闇から羽音がまた聞こえてきた。
「また来たぞ!」
「アル! アンティマントの羽音で仲間を呼び寄せるのよ!」
さらに大量のアンティマントが飛んできた。
「キリがないぞ!」
「こうも呼び寄せられたら厄介ね!」
次々に飛んでくるアンティマントをひたすら斬っていく。
すでに三十匹は斬っただろう。
それでもまだアンティマントは襲ってくる。
「レイ! 近くにコロニーがあるんじゃないのか!」
「そうかもしれないわね」
「飛んでくる方向はあっちだ! 行ってみよう!」
俺たちはアンティマントを斬り捨てながらも、五十メデルトほど走る。
見取り図では馬小屋があった場所だ。
しかし、目の前には馬小屋を完全に覆う、土色で縞模様の巨大な塊があった。
三階建ての建物くらいの高さがある。
「アル! アンティマントのコロニーよ!」
「こ、これが? 大き過ぎないか……」
「私もこんな大きいコロニーは初めて見たわ」
「どうする?」
「この規模だとラダーの街が危険ね。とはいえ、この巨大なコロニーを潰すのは難しい。準備が必要よ」
「一旦引く?」
俺たちは話しながらもアンティマントを斬り続ける。
もう百匹は斬っているだろう。
次から次へと襲ってくるアンティマント。
徐々に空が明るくなってきた。
本当にキリがない。
「ダメだ! これは終わらないぞ!」
「エルウッド! ここは私たちが受け持つから、シドへ伝言を頼めるかしら!」
「そうだな! エルウッド! 頼む!」
「ウオゥゥゥゥゥゥゥ!」
突然、エルウッドが遠吠えをする。
「どうした! エルウッ……ド!」
エルウッドを見ると角が青白く光り、小さな稲妻がバチバチと音と立てていた。
「ま、まさか、雷の道か?」
エルウッドはそのままコロニーへ走り出す。
コロニーを守るアンティマントは、一斉にエルウッドへ襲いかかった。
だが、アンティマントがエルウッドに触れる度に、大きな音と光が発生し、その場に崩れ落ちていく。
一瞬で数十匹のアンティマントが死んだ。
エルウッドはそのままコロニーへ飛び込んだ。
直後にコロニーの隙間から激しい光が漏れる。
そして落雷のような轟音が鳴り響く。
「きゃっ!」
「ら、落雷?」
耳鳴りが残るほどの音だ。
「エ、エルウッドは大丈夫かしら?」
「もしかして、雷の道を放出したのか?」
しばらくすると、エルウッドがコロニーの外壁を突き破り飛び出してきた。
そして、俺たちの元へゆっくりと歩き出す。
角が生え変わり、成体となったエルウッドには風格があった。
エルウッドの背後にあるアンティマントのコロニーから、一本の煙が上がる。
煙の数が二本、三本と増えていき、コロニーが発火。
一瞬で大きく燃え上がった。
「アンティマントのコロニーは木や草が素材となっているのよ。とても燃えやすいわ」
「そういえば、エルウッドが成体になった時、シドが雷の道の放出に気をつけろと注意してたな。こういうことだったんだ」
「ウォンウォン!」
エルウッドが笑顔で俺たちの元へ戻ってきた。
まさか成体になったエルウッドに、これほどの能力があるとは驚きだ。
「エルウッド、ありがとう」
「ウォン!」
「でもさ、無理しないでくれよ!」
「ウォウウォウウォウ!」
その時、俺の背後から足音が聞こえた。
「エルウッドが、アルの方こそ無理するなと言っているぞ」
振り返るとシドがいた。
オルフェリアも一緒だ。
「シド! オルフェリアまで!」
「帰りが遅かったので来てみれば。なあ、オルフェリア」
「ええ。まさか、これほど巨大なアンティマントのコロニーを全滅させるとは……。信じられません」
二人に今回の経緯を説明すると、シドがエルウッドについて詳しく教えてくれた。
「成体となったエルウッドは、紫雷石がなくとも角に雷の道を溜めることができるのだ」
「紫雷石がなくてどうやって?」
「そもそも成体になったエルウッドの角は、紫雷石が元になっているだろう?」
紫雷石とは、石の中で雷を作り出すことができるレア十の超希少鉱石だ。
数ヶ月前、エルウッドを成体にするため、紫雷石を使用して角を生やした。
俺はシドの話を聞いて、ふと気付く。
「はっ! 紫雷石って……もしかして鉱石じゃなくて、成体になった銀狼牙の角の化石じゃないのか?」
「うむ、よく気付いたな」
紫雷石を使うことで、エルウッドに新しい角が生まれた理由を理解した。
化石になった銀狼牙の角を触媒としていたのだった。
衝撃を受けた。
まさか紫雷石が銀狼牙の角だったとは。
以前シドが「紫雷石はもう世界にないかもしれない」と言っていたが納得だ。
「エルウッドが幼体の頃、紫雷石が雷の道を作り出していたよね」
「うむ、そうだ」
「ってことは、成体となった今、エルウッド自身が雷の道を作り出してるってこと?」
「そうだ。紫雷石と同じだ。だが、化石ではなく角は生きているから、空気中からも少しずつ雷を吸収しているようだ」
「エルウッドの身体に負担はない?」
「大丈夫だ、負担はない。あくまでも角に溜まった雷の道を放出するだけだ。多用はできんがな」
紫雷石のこと、そしてエルウッドの角の秘密が判明した。
まさか今のエルウッドが雷の道を放出できるとは思わなかった。
その雷の道の影響で、激しく燃えているアンティマントのコロニー。
かなりの勢いで燃えているが、他の建物に飛び火する心配はなさそうだ。
俺たちがアンティマントの残骸を片付けていると、騎士団の姿が見えた。
消火隊のようだ。
きっと街からこの火が見えたのだろう。
「クロトエ騎士団です! カーション男爵邸とは存じておりますが、消火のために入りました!」
二十人ほどの騎士が消火活動にあたる。
火の勢いが収まってきたところで、一人の騎士がこちらに歩いてきた。
その騎士は目を見開き驚いている。
「レ、レイ様! アルも一緒か!」
「トレバー! 久しぶりね!」
クロトエ騎士団の九番隊ラダー区小隊長トレバー・レビンだった。
約一年前、霧大蝮討伐で世話になった騎士だ。




