第142話 鱗の正体
毒甲百足狩猟の翌日。
俺たちは変わらず雑木林を進んでいた。
街道でもないのに寝台荷車が通れる場所を選択しているシド。
さすがAランクの運び屋カード所持者である。
イーセ王国の温暖な南部。
季節は冬だが、直射日光を浴びると少しだけ暑さを感じる。
雪が積もるウグマの冬とは大違いだ。
雑木林を抜けると目の前に湖が出現した。
かなり大きな湖だ。
シドが寝台荷車を停め、御者席で地図を広げる。
「ラダーまであと三日の距離だ。今日はジャオ・ロンの休息日だからキャンプする。そして、明日の朝からノンストップで一気にラダーへ向かうぞ」
「分かったわ」
「よし、湯を沸かそう。女子たちは風呂に入るがいい」
「ふふふ、お気遣いありがとう」
トーマス工房では、組み立て式の簡易風呂を作っていた。
木製の風呂だが、底だけ二重の鉄板で作られており、鉄板の中は空洞だ。
そのため、直接火をかけ湯を沸かすことができる。
湯船にすのこを入れることで、沸かしながら湯に浸かることができるのだった。
組み立て式の壁を装着すれば、外から見えないようにすることも可能だ。
この組み立て風呂はレイのリクエストだった。
トーマス兄弟は、レイの依頼ということで喜んで開発していた。
「私が風呂を用意するから、アルは食材を採って来てくれ。この辺は美味いキノコや香草が採れるはずだ」
「分かった。行こうエルウッド」
湖の周りを散策。
食べられるキノコや香草、そして薬草も発見したので採取。
なかなかの収穫に喜んでいると、十メデルト先にいるエルウッドが吠えた。
「どうしたエルウッド」
エルウッドの元へ行くと、真っ赤な板のようなものを発見。
両手のひらほどの大きさだ。
「これは何だろう……」
「ウォウウォウ!」
エルウッドは何か分かるのだろうか。
しきりに話しかけてきた。
板を拾い、ひとまずキャンプ地へ戻った。
キャンプ地では、レイとオルフェリアが濡れた髪を手入れしている。
「ありがとう、サッパリしたわ。旅のキャンプ地でお風呂に入れるなんて幸せね。トーマス兄弟には感謝してるわ」
「そうですね。これは冒険者パーティーに売れるんじゃないですか?」
「ええ、そうね。不衛生だと病気にかかりやすくなるから製作を依頼したけど、まさかここまで素晴らしいものになるとは。騎士団でも導入したいわね」
風呂上がりの美女二人。
あまりにも妖艶で、つい見惚れてしまった。
「アル? どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ」
「ふふふ、変なアル」
俺は悟られないように話題を変えた。
「この簡易風呂はもうすでに売れてるよ。折りたたみチェアに次いで、トーマス工房の看板商品になっているのさ」
「へえ、そうなのね」
「でもそうか……。騎士団にも売り込んでみるか……」
「ふふふ、あなた商売人の顔してるわよ」
「だって俺の会社だもん」
その後、採ってきたキノコや香草と猛火犖の肉で、オルフェリアがシチューを作ってくれた。
これも本当に美味しい。
食事をしていると、俺はさっき拾った板を思い出した。
「そうだ、これなんだか分かる? 凄く硬い板なんだけど、木ではないみたいなんだ」
「何かしら?」
「私も見たことがないですね」
シドはシチューを食べる手を一瞬止め、目を見開いた。
たが、すぐに何事もなかったかのようにスプーンを口に運ぶ。
「……アルよ。それは鱗だ」
「鱗? ということは、モンスターの鱗か」
「そうだ」
「シドはこのモンスターを知ってるの?」
「……ああ」
「名前は?」
「ヴェルギウスだ」
「ヴェルギウス? は、初めて聞く名だな」
「竜種だ」
「へえ、竜……。え?」
「「「りゅ、竜種!」」」」
俺とレイとオルフェリアの三人は驚きの声を上げた。
「私も驚いているんだよ」
「ウォウウォウ」
「エルウッドも気付いていたか」
シドがシチューの皿を置く。
そして俺の手から赤い鱗を取り、両面を観察している。
「この色はヴェルギウスで間違いない。燃えるような真紅の身体が特徴だ。私は何度か遭遇したことがあるし、殺されたこともある。奴の縄張りは、それこそ我々が向かう火山地帯なのだが……」
「そ、そのヴェルギウスがなぜこんなところに?」
「分からん。もしかしたら移動中、この湖で水を飲んだのかもしれん。いずれにしても奴の住処はここではない。危険性はないだろう」
シドが鱗をオルフェリアに渡した。
オルフェリアは竜種の鱗ということで、興味深く調べている。
「この鱗はネームドよりも遥かに価値のある素材だ。金貨にすると……そうだな。それだけで金貨五百枚から千枚はするだろう」
「え! これ一枚で金貨千枚!」
「超貴重な竜種の鱗だぞ。硬度は九を超えるはずだ。貴重どころじゃない。国宝レベルだ」
「硬度九超えって……。俺の黒爪の剣よりも硬いのか……」
「当たり前だろう。竜種がネームドより下なんてことはないからな」
偶然とはいえ、とんでもなく貴重なものを拾ったようだ。
それにしても竜種の鱗か。
これまでも竜種の話は聞いていたが、どこか伝説のように感じていた。
それが実物の鱗に触ったことで、はっきりと存在を認識したのだった。
その夜、俺たち寝台荷車の寝台で就寝。
もちろん警戒を怠ることはなく、順番で見張りを行う。
翌朝、キャンプ地を出発。
移動中はノンストップで進む。
食事は寝台荷車に設置されている折りたたみ式のキッチンで、オルフェリアが調理してくれた。
そのため停車する必要がなかった。
不思議なことに、竜種の鱗を拾ってからはモンスターと遭遇することはなかった。
三日後、予定通りラダーの街に到着。




